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6月, 2010の投稿を表示しています

メキシコ湾海底採掘油漏れ問題 その2、バイオエネルギーの考察

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ワールドカップに乗じているうち、とうとう アメリカはアルジェリアを制して、決勝進出を決めた。 しかし外は真夏の陽気、子どもたちもいくら夏休みだからといってワールドカップ観戦ばかりはしていられない、早速サーフィンへ、日光浴へ大西洋岸に繰り出している。 メキシコ湾の油漏れはすでに対岸、フロリダ半島のメキシコ湾側に達し、やがてキーウェストからカリブ海の島々、そしてフロリダ半島から暖流にのってこちら米大陸東海岸、 さらには南米、ヨーロッパ大西洋岸に広がるだろうと予想されている。 ここで怖いことを米議会の公聴会で聞いた。(先ほどから何時間もそのニュースソースを添付しようとしているがテク問題なのか、でも興味のある人はこちらでご覧下さいhttp://www.msnbc.msn.com/id/26315908/#37887518) というのも、現在メキシコ湾岸の油漏れに対処している技術は 70年代のサンフランシスコ湾岸のオイル漏れに 対処した技術と大差ないということ。 米国会議員の質問は「通信技術はダイアルから、iphoneの世代になっているのに、未だダイアル時代と同様の技術しかなく、それ以外になす術がないのか」と、するとオイル会社は「残念ながら」とこたえたようでした。しかもオイル会社は地球規模でドンドン同様に海底に穴をあけて、油を得ようと掘り続けている。   メキシコ湾における原油の流出は史上最大規模での流出が続いています。27日には 漏れた油井の弁を通して泥を注入するTop Kill作戦が取られましたが、BPは失敗に終わったと発表 しました。(以下は毎日新聞によるその報道です) 高圧で吹き出す油のために、泥を思惑通りには注入することが出来ず、海面から高圧で圧送された泥は海に流れ出てしまったようです。とにかく、流出を続ける油井をふさぐことには失敗したのです。 当面は、漏れ出した油をポンプで吸い取る原始的な対症療法が続けられることとなりそうです。  次なる方法は、油井に取り付けられた弁の上部を切断し、そこから油を回収する方法です。 5月30日10時23分配信  毎日新聞 【ロサンゼルス吉富裕倫】米メキシコ湾沖の海底油田事故で英国の石油メジャー「BP」は29日、重い泥を注入して油井を封鎖する試みに失敗したと発表し た。次の対策を始めるまで4日〜1週間

ワールドカップが南アではじまった

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夏休みが始まった、そしてワールドカップがはじまった。 ここアメリカでも、スポーツバーで、街角のカフェで サッカーファンならずとも、スクリーンの前で 応援エールのかけ声があちこちで聞こえ、街に、家々に興奮した人々の熱気が伝わって来る。 アメリカでのサッカーは、野球やフットボール、バスケにくらべて下火なんて 国外では信じられている。 いやいや、なにをなにを 小中高どこの学校もサッカーファンは,課外活動やサマーキャンプ等でも他のどんなスポーツをもしのぐ。 しいていえば、そうしたイメージがあるのは、プロ野球チームやプロアメフトチーム、ブロバスケにプロホッケーチームの陰謀といわれている。確かにプロサッカーのスポーツ番組の放映は上記のスポーツ観戦にくらべて少ないが、子どものサッカー人口、親の熱心さは野球他どのスポーツにも勝る。 移民の国、アメリカで一世といえば日系人の場合は、日本でうまれたあと、米国へやって来た移民を指すが、 米語でいうファーストジェネレーションとは、アメリカで生まれた最初の世代という意味だ。 オバマ大統領しかり、アメリカで活躍しているサッカーちびっ子も このファーストジェネレーションが活躍する。 とくにアメリカでのプロサッカー熱はガーナ出身でアメリカへ8歳で移民してきたアドゥーが14歳でプロ入りしたときに、かなり盛り上がった。かれは既に10歳でその才能が認められ、インテル・ミランなど欧州列強からもオファーがあったそうだ。このアドゥーをめざせとばかりに、数年前からサッカー熱はますます盛り上がって来た。8年前にもこの近くでワールドカップ女子の試合があった。息子たちはわざわざスタジアムまで観戦に行き、すっかりサッカーの虜に鳴って帰って来た。しかしそのときより先日W杯直前の(ワールドカップに客を呼び込む為の親善試合)ナショナルアルジェンチンチームとナショナルアメリカチームの試合はさらにチケットが売り切れになる満員盛況だったようである。 日米のちびっこサッカーに息子が参加していたことを振り返ってみても、サッカーママはどこの国もとても熱心だ。省エネと時間の問題で、遠征試合に息子の送り迎えを他所の親によく頼んだ。 しかしこちらも頼んでばかりでは申し訳ないと、たまには送りましょうかと、 アメリカでも日本でも申し出ると、どの親も毎回子どもの

学校では卒業式のシーズン

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5月末から6月初めにかけて、いつも我が家ではめまぐるしい日程がつづく。卒業式のシーズンだから。 今年は娘が小中一貫校の中学を卒業し、高校へ入学、 そして息子が高校最終学年へ突入。 アメリカの学校も、高校の卒業式は日本の小学校の入学式位、人生の一つの区切り目として 様々な行事が催される。 子どもたちが通うのはアメリカでもオールタナティブな学校 公立の学校より、各行事が華々しいが、予算もないので親や生徒スタッフがすべて手作りで凝った行事を 準備するのが習わしである。みな親として教師として、コミュニティーと卒業生を送り出す準備をする。 庭や野原の花々を摘み花瓶にいけていく、蔦をからめて花木のトンネルをつくって卒業生の行進に花を添える。 テントをはり、室内楽ならぬ在校生のアンサンブルでコーラスともにメロディーを奏でて送り出す。 校庭のミントでレモンとアイスティーや、クラッカー、チーズ、果物を用意し、 いよいよ式典がはじまる。 先生の自作の詩で今年も卒業式は始まった。 それから先生が生徒をロースティングする、愛情をこめて一人一人大げさにからかう、 これがどうしても私には理解出来ない。

アラグアンキン語族の長老の話しでは、空がいかっている? 神・空のきまぐれ

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嵐の爪痕は10日経た今もまだ痛々しいです。根こそぎえぐられた大樹が道路脇にころがっていたり、 線路を横切って両脇に高く積まれていたり、 先回の投稿記事に コメント をいただいたように、本当に無事で良かったと胸を撫で下ろしていました。 一昨日息子と歯科医からの帰り「ほら、みてあの大樹よく母家を避けて倒れたよね」なんて話していたら、彼曰く下級生の家では木がドライブウェイーに倒れて来て車をベシャンコにしていたとか、 息子はちょうど嵐の夜は眠れなくて、妹の部屋の窓のすぐ外にある、メイプルの大樹がきしむのを聞いて、 部屋の窓を割って落ちて来ないか心配だったとか、 いつもなら夜中に雷がなったり、地震でもあろうもなら真っ先に飛び起きる私ですが、 先週の嵐ばかりは停電になったからと早めに床につき、寝入ったばかりだったのでしょう、その間に雷はさらにはげしくなり、嵐は通り過ぎて行ったようでした。でもその数時間後の明け方3時ごろ目覚め、どうしても仕事の関係で電子メールをチェックして送信しておかなくては行けないことが気になって、もそもそと手探りでおきだしました。隣町の24時間営業しているドライブインでワイヤレスインターネットを使わせてもらおうとおもむろに暗闇の中、車を走らせようとしたのです。途中どの家々の電気もついておらず、イタチは茂みから出て来るし、また迷い鹿にでもであったら車が大破ですから大変とおそるおそる車を走らせていると、何本も道路に転がっていた枝を踏んで行ったようでした。 そこまでして、たどりついた長距離トラック相手の高速沿いのドライブインも停電中。こうなると何がなんでもメールチェックを終わらせ早く家路を急ぐしかないと、さらなる街に向かったら、電気はついていたけど、やっている店はワイヤレスならぬwifiがない、、、などと明け方5時まであちこち彷徨って、目的も遂行出来ずかえってきたはまだほんの少し前。 息子との車中の話しにもどして、彼が言うには「でも嵐は家の保険で修理出来るし、所有物としての車もそれでカバー出来るけど、雷はAct of Godだから保険が下りないんだって」えええ、知りませんでした。Act of Godとは神の気まぐれとでも訳しましょうか、予知不可能な不可抗力の災害で次の様なものがあげられます: Examples of an act of

米国のインフラ整備の大幅な遅れ、そのつけが,,

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イヤーすごかった。またまた嵐がマサチューセッツ州を吹き荒れました。 毎年、秋頃道々に生い茂った木々の枝を電力会社が、または州道であれば、州政府が 枝払いをします。それは大量な木材となるのに、 粉砕して、家々の庭にまかれるチップ材となることが多いようです。 ここ数週間のうちに吹き荒れた嵐は、そんな枝払いの比ではなく、 落雷で吹きすさぶ大風で、大樹が見事に根こそぎもってかれたり、 根元で枝分かれした大樹の一方の枝が折れて道を塞いだり、 電線を切り、さらに携帯タワーをも倒していきました。 20年前のレーガン政権が政策でインフラ整備より 経済発展を優先させました。そのつけが今橋や道路で、鉄道で、ライフラインが崩壊しつつあります。 以前にも書きましたが、インフラ整備の欠損で 米国の暮らしは、あちこちで麻痺寸前です。 道路、鉄道、電線、電話、公共水道ガスなどなど、、もう私たちの暮らしはこのどれがなくても 機能しなくなっています。 我が家は井戸水を利用していますから、電気がないとポンプで水が吸い上げられず、 今回の停電では飲み水と調理水をなんとか 隣町のお店で確保し、道を挟んだ小川から水を汲み取って トイレへ持ち込む、シャワーならぬ水浴びも多少冷たくても小川で、、ということにあいなりました。 さらに冷蔵庫のものが腐るといけないと、氷を近くのコンビで買いたくてもどこも売り切れ、 発電機を持ち込んでようやく生活ラインであるインターネットと、冷蔵庫に接続させます。 ろうそくに慣れていない目なので、夫婦の仕事やこどもたちの宿題の調べものは、インターネットにかなりおせわになっていますので、短期間の発電機でまかないます。 電話も留守電、ファックス機能がついていないシンプルな電話にとりかえました。 それでも隣町は無事だった様で、そこまで封鎖された道をかいくぐって、仕事や用事をすませに車を走らせます。 すっかり電気、ガソリンに頼り切った生活に改めて気づきます。道路が封鎖されたら何もできない、 停電は3日つづきました。あちこちの嵐の爪痕を眺めながら、もう一度暮らしの根本を考えてみたくなりました。 アメリカのインフラ整備の遅れは莫大な軍事費につぎ込んだつけといわれています。 国民経済の発展のためにメインテナンスより、どんどん新しいものを