時代を語る〜その1、アメリカの富裕層の集まるバブルの中から、バブルの外から
2015年の幕開けですな。ここのところ、フロリダに住みはじめてから、貧富の差や人種の隔たりを感じる。 一昨年の夏から夫とこどもを北部へ残し、単身リゾート地フロリダの大学で教えている。といっても去年から下の娘は大学寮生活をはじめ、今年大学卒業年の息子もNY市郊外で大学生生活を送っているから、残したというより巣立っていった。夫はマサチュセーッツ州でも全米中の裕福層が高等教育の充実さと住み易さで集まている大学町で、これも私学で教鞭をとっているから私の仕事先についてくる訳には行かない。私はここメキシコ湾を臨むビーチ沿いの街に全米中の億万長者が年に数週間過ごすための別荘億ションの並びで仕事をしている。 その富裕層の豪奢ぶりは、開発、観光という名の下に年々加速度がましている。物質面での豊かさは社会全体の豊かさの向上とは言えるだろうか。豊かさの 傍らで、連邦政府肝いりの医療制度が変革したものの、相変わらず貧者は生活苦からのがれられない。暮らしぶりを市町村の単位で守るはずの福利厚生は「福祉」「社会主義」という名目で、資本家同士の競争意識を削ぎ落とすとばかりに充実していない。だからますます富めるものは最先端の技術や医療等の恩恵を受けられるが、ほとんどのものが必ずしもそれらを受けられないし、貧富の溝は深まる一方だ。これら貧者の富裕層に対する怒りや憤懣が、この国には蔓延する。もうアメリカドリームというあこがれはない。それに輪をかけて、人種間のセグリゲーション、隔離化も広がり、もう一発触発の騒ぎを昨年も何度もおこした。ある大学の市民運動史を教える教授によれば、60年代の市民権運動が盛んだった頃より、現在はさらにセグリゲーションが浸透しているという。それはこの南部の中でも観光地フロリダにおいて、まさに肌で感じる。 大学の研究所 上記の写真は近所にある富裕層の別荘地、街の中心にあるヨットハーバー、下段の写真は私学の大学の寮や構内の様子である。娘達の友達の話を聞かされると、その桁外れの豪華さには驚かされる。例えば、同室学生はカリフォルニア州マリブ出身(豊かな家並みはハリウッドを勝る)で高校時代にBMWを親を買ってもらい乗り回し、それを大学まで宅配便で運んでもらったり、息子の下宿先の友人はロックフェラー家(その資産は国家予算をしのぐ)のライバル家の子女であ...