8/11/2017

ケトンダイエット、高血圧、中性脂肪過多、糖尿にも効ありと聞く飽食の国 アメリカ食事療法第2弾

戦前、戦中、戦後を通し、日本飢えの時代があった。その後神武景気、バブルエコノミーを過ごし、食生活は豊富になるどころか、いかに飢えをしのぐかでなく、如何に美味しく食べるかというメディアばかりでなく、人々の焦点は移ってきた。むしろ食を中心に日々の暮らしが回っている。外へ出る時もどこで、いつ、何を食べるかを考えて生活をする。外食産業ばかりでなく、家庭生活でも、料理番組、食材産業が巨大な経済を動かすまでになってきた。

それとともに健康面でも「飢えの時代」にはあまり考えられなかった、糖尿、中性脂肪過多、高血圧、アレルギー等々、食からおこる疾病が多くなった。

やがて特に女性の興味は、老若にかかわらずいかに痩せるか、食事療法で健康を維持するかに食への注意が移動し、ダイエット巨大産業が外食産業に追い越せ追い抜こうとしているようだ。

かくいう私も、ここアメリカでよく聞くようになったダイエット食事療法を息子に勧められ始めた。今まで何度もダイエットを試みたが、どれも志半ばでやめてしまった経験を持つ。また今回メニューから忠実に実行してみて分かったが、今までのダイエットは自分流に解釈して実行していたから失敗に終わったかもしれないし、長続きしなかったと思い当たることもあった。

さて、そのダイエット療法を、ここに紹介する。
Ketogenic Diet:ケトン体を脳内に食事飲料で増加させる食事療法
そしてそれをサポートするのが
Bulletproof Coffee である。

Ketoダイエットは体重減量ばかりか、高血圧、糖尿傾向にも効果があるとされている。

またヨーロッパの医療サイトの紹介をアメリカのヘルスサイトや日本の医療サイトのケトン体の説明とともにここに記す。
米国のヘルスサイトやそのダイエット療法を推奨サイトでは、
ケトン体は自然な基礎代謝の段階だとし、脳内でも脂肪の代謝を組成する器官で、脳内でも食欲を増加させたり抑制するホルモンを調整する器官であるとしている。
が、日本の辞書によると:ケトーシス: ketosis)は、
糖質および脂質の代謝障害により、体内のケトン体が異常に増量し、臨床症状を示す状態

要するに 炭水化物を極力減らし、タンパク質のココナッツオイルやギーなどの高質の脂質を摂取することで、脳内にこのケトン体を増量させ、自分の脂質や糖質を食べさせる機能だと思われる。具体的なリストは文末に


What is Ketosis, and is it Healthy?

Ketosis is a natural metabolic state.
It involves the body producing ketone bodies out of fat, and using them for energy instead of carbs.
You can get into ketosis by following a very low-carb, high-fat ketogenic diet 
In addition to fast weight loss, ketosis may have several health benefits, such as reduced seizures in epileptic children (2).
Ketosis is quite complex, but this article explains what it is and how it can benefit you.

What is Ketosis?

Ketosis is a metabolic state in which fat provides most of the fuel for the body.
It occurs when there is limited access to glucose (blood sugar), which is the preferred fuel source for many cells in the body.
Ketosis is most often associated with ketogenic and very low-carb diets. It also happens during pregnancy, infancy, fasting and starvation (3456).
To go into ketosis, people generally need to eat fewer than 50 grams of carbs per day and sometimes as little as 20 grams per day.
This requires removing certain food items from your diet, such as grains, candy and sugary soft drinks. You also have to cut back on legumes, potatoes and fruit.
When eating a very low-carb diet, levels of the hormone insulin go down and fatty acids are released from body fat stores in large amounts.
Many of these fatty acids are transferred to the liver, where they are oxidized and turned into ketones (or ketone bodies). These molecules can provide energy for the body.
Unlike fatty acids, ketones can cross the blood-brain barrier and provide energy for the brain in the absence of glucose.
BOTTOM LINE:Ketosis is a metabolic state where ketones become the main sources of energy for the body and brain. This happens when carb intake and insulin levels are very low.

Ketones Can Supply Energy for the Brain

It's a common misunderstanding that the brain doesn't function without dietary carbs.
It's true that glucose is preferred and that there are some cells in the brain that can only use glucose for fuel.
However, a large portion of your brain can also use ketones for energy, such as during starvation or when your diet is low in carbs (7).
BOTTOM LINE:When the brain isn't getting enough glucose, it can use ketones for energy. The little glucose it still needs can be produced from protein.
ケトーシス: ketosis)は、糖質および脂質の代謝障害により、体内のケトン体が異常に増量し、臨床症状を示す状態。ケトン症とも呼ばれる。血中のケトン体が増量した状態をケトン血症、尿中のケトン体が増量した状態をケトン尿症、乳中のケトン体が増量した状態をケトン乳症と呼び区別する。臨床症状を伴わないケトン体の増量はケトーシスとはみなされない。
ケトーシスは単一の原因による発生は少なく、その原因は種々存在する。単胃動物ではケトン体は肝臓でのみ合成される。肝臓でのケトン体の合成亢進は下記の場合で発生する。
  1. 大量の脂肪酸が肝臓に流入すると、脂肪酸のβ-酸化による過剰なアセチルCoAからケトン体が合成される。
  2. オキサロ酢酸の不足などによりTCA回路でのアセチルCoAの処理能が低下するとアセチルCoAはケトン体として蓄積される。
  3. NADPHの低下などによりアセチルCoAからの脂肪酸合成が傷害されるとアセチルCoAはケトン体として蓄積される。
ケトーシスは分娩前後の乳牛に発生が多く、その主な原因として、エネルギー要求量の増加による低血糖が考えられる。 症状としては元気消失、乳量の減少などがみられ、ときに神経症状を示す。症状により消化器型ケトーシス神経型ケトーシス乳熱型ケトーシスに分類される。血中のケトン体、遊離脂肪酸の上昇、グルコーストリグリセリド、総コレステロールリン脂質インスリンの低下が認められる。治療にはビタミンB群、インスリン、キシリトールなどを添加したグルコース液の輸液が行われる。肝機能障害がある場合には、メチオニンパントテン酸などが使用される。
参考文献

  • 日本獣医内科学アカデミー編 『獣医内科学(大動物編)』 文永堂出版、2005年。ISBN 4830032006
実は、このダイエット療法を始める前に、まず手始めにブレットプルーフコーヒーから始めた。脳科学の研究をしながら自らも実践している息子からは、エネルギーが湧いてくるし、集中力が増すからとの理由でを勧められてたのでketoダイエットの2週間前に始めた。
すると確かに食欲は抑えられ、1日お腹が空かないのに、エネルギー不足にならないという結果を得た。が体重減量は最初の数日に1−2キロ減量があったのみだったので、一緒にこのketoダイエット療法もやってみる気になった。

まず、ブレットプルーフ=コーヒー飲料の紹介を:
高品質(コーヒー豆は往々にして、古くてカビが生えていることが多いので、新しい豆で高海抜で取れたものが良質とされる、ブレンドでない単一場所のコーヒー豆)のコーヒー
高品質のバター(草を食んだ牛からできたできるだけ無塩バター)
ピュアーココナッツオイルを ジューサーで砕くとカフェラテができる。

これを朝一杯飲料すると、
ブレットプルーフ=コーヒー推奨サイトの原文を紹介する。What is the Bulletproof Diet?
このコーヒーは体内脂質を減量させ、筋肉力を維持し、代謝を低下させる
血糖値やホルモンのバランスを助け、体内エネルギーを高め、認識力集中力を維持できる
The Bulletproof Diet supports fat loss and muscle maintenance, all while lowering inflammation. It’s also designed to help balance blood sugar and hormones, plus increase your energy levels and cognitive function.
The thousands of people who have tried the Bulletproof Diet have reported things like:体験者は以下のことを報告している
More energy/Better focus and concentration/Fat loss/Muscle gain/Better mood/Increase in overall happiness/No more food cravings/Better performance at work/Better performance at home (wink wink)
This is not your grandma’s low-fat diet. Instead, you’ll focus on eating high-quality, nutrient-dense foods that fuel your body.
ではコーヒーをどうして作るか:What is Bulletproof Coffee?
  1. It all starts with the beans. Brew 1 cup (8-12 ounces) of coffee using filtered water with 2 ½ heaping tablespoons of freshly ground Bulletproof Coffee Beans. Use a French Press for ease of use and to preserve beneficial coffee oils that paper filters keep out.
  2. Add 1 teaspoon to 2 tablespoons of Brain Octane Oil. You’ll learn much more about Brain Octane Oil below, but keep in mind that this stuff is powerful. Start with 1 teaspoon per cup and work your way up to 1-2 tablespoons over several days.
  3. Add 1-2 tablespoons of grass-fed, unsalted butter or grass-fed ghee. You read that right. It says butter. Don’t worry. This mixture also makes the creamiest, most delicious cup of coffee you’ve ever had. Oh, and make sure your butter is unsalted. Salty coffee is gross.
  4. Mix it all in a blender for 20-30 seconds until it looks like a foamy latte.
では、炭水化物をへらせといっても、一体何を食べずに、何を食べたらよいかのリストがあるので、紹介する。
(貴兄のなかには既に低炭水化物ダイエットを実践、もしくはご存知のかたもおられるだろうが、すこし脂質の量がちがう)
Do Not Eat 食べてはいけないもの:
  • Grains – wheat, corn, rice, cereal, etc. 穀類:小麦粉/コーン/米類/シリアル
  • Sugar – honey, agave, maple syrup, etc.糖類:はちみつ /シロップ類/砂糖等
  • Fruit – apples, bananas, oranges, etc. 果物;りんご/バナナ/オレンジ
  • Tubers – potato, yams, etc. いも蔗糖類:ジャガイモ/さつもいも/いも全般
Do Eat 食べるもの
  • Meats – fish, beef, lamb, poultry, eggs, etc.肉類:魚/牛肉/ラム肉/鶏肉/卵等
  • Leafy Greens – spinach, kale, etc. 葉物:ほうれん草/ケール等
  • Above ground vegetables – broccoli, cauliflower, etc.地上の野菜(根菜でなく)ブロッコリー、カリフラワー等
  • High Fat Dairy – hard cheeses, high fat cream, butter, etc.高脂質:チーズ、生クリーム、バター等
  • Nuts and seeds – macadamias, walnuts, sunflower seeds, etc.ナッツ類:マカデミアナッツ、くるみ、ひまわりの種等
  • Avocado and berries – raspberries, blackberries, and other low glycemic impact berriesベリー類:アボカド、ラズベリー、ブラックベリー、など
  • Sweeteners – stevia, erythritol, monk fruit, and other low-carb sweeteners >甘味料:果糖でできた甘味料(低炭水化物の甘味)
  • Other fats – coconut oil, high-fat salad dressing, saturated fats, etc.脂質:ココナッツオイル、脂質の多いサラダドレッシング(ランチョ)等
To see more specific advice on what (and what not) to eat, click here >
Keto ダイエットは脂質が多く、タンパク質は適度に、炭水化物は抑えた食事療法です。脂質70%、タンパク質が25% 炭水化物5%になるように工夫してください。タンバク質は脂質を落とすために必要です。
Try to remember that keto is high in fat, moderate in protein, and very low in carbs. Your nutrient intake should be something around 70% fats, 25% protein, and 5% carbohydrate.
Typically, anywhere between 20-30g of net carbs is recommended for everyday dieting – but the lower you keep your carbohydrate intake and glucose levels, the better the overall results will be. Protein should always be consumed as needed with fat filling in the remainder of the calories in your day.
私のketoダイエット結果は4週間後に報告できるような結果がでればいいんですが。











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7/27/2016

インバウンドビジネス: 海外ビジターを日本に迎える 先ずインフラ施設整備

インバウンドビジネス:海外ビジターを日本に迎えるには、
先ずインフラ施設整備を

数年前より個人的見解をブログ上で、facebook 上で、さらにはJapan Tourist Bureau観光局に「海外からのビジターを受け入れるにあたって設備整備をもっとしてほしいと」発信してきた。下記のように海外から日本へ帰国して気になった点を指摘した。
するとかなりの反応があった。日本に拠点をおく旅行社社員に多く読まれたと伝え聞く。
当時の私の指摘を振り返ってみると:
  1. 車椅子、ベビーカーのアクセス、公共交通機関が飛躍的に整備され拡充される中、スーツケースも含めたランプアクセスが絶対的不足している。地下鉄でもエレベーターがなかなかついておらず、古いものに敢えてエレベーターアクセスを入れるとホームの隅っこにあって見つけにくい
  2. 日本語以外の公共機関、公的私的の表示やサインがなく、まごつくこと、またそれにともなうスマフォやタブレットでの駅構内での日本語以外の対応が全くない
  3. wifiの設備を大幅に増幅させ、日本以外の国のスマフォ・携帯電話でもアクセスできること(日本以外ではどこの国でも同じ周波数が使われるが、日本のみが周波数の範囲が違うのでどれも使用できない)
  4. お金をかけないでも日本国内を旅行出来るような宿泊所や交通機関があってもいい。長らく円高が続いた後で円安になった途端、海外旅行者がうなぎのぼりに増えた。確かに中国、韓国、台湾の経済力貨幣の交換レートがよくなったのも、その原因である。外食はかなり安価でもできる。しかし現実には高価な通訳案内がつくパック旅行でしかなかなか国内をまわれない仕組みになっている。まわりたくてもどうしていいか、日本国内どこの主要駅でも右往左往している外国人観光客を見かけては、声をかけ道を教えてあげる。表示を訳してあげている。日本語以外でも比較的英語表示のある新幹線はパックツアーじゃなく個人で移動できるが3万円近くするレールパスを使うもしくは運賃が決して安くない。安価な在来線、高速バス、レンタカーで高速道路を利用となる日本語がどうしても必需となる。個人旅行とくにお金をかけないバックパッカーでも旅行出来るという国は、イコールその国がいかに経済的にも国として観光客に開かれているかというバロメーターになると考える。例えば、昨年の夏私自身も行ってきた、最近旅行者に開かれたキューバやミャンマー(ビルマ)は国内・海外資本の高級ホテル利用でしか旅行できなかった。
  5. さらに日本語以外の情報が極力限られている。英字新聞、しかしもっとこれだけ他言語、海外からの移民が雇用され、その子弟の教育の窓口を広げることが社会問題となっている以上、もっと各国語のラジオ局、テレビ局があってもよいではないか。欧米の言語でのマスメディアの媒介がもっと増えてもいいのではないか。 
  6. 日本は韓国や中国、台湾同様、携帯ですべてがまかり通る携帯中心国だ。こした暮らしぶりになって久しい。携帯アクセスが日本の携帯プロバイダー会社が提供する周波数と海外のそれと違うので、海外の携帯が日本国内では使用できない。ではもっと、安価で日本の携帯を借りられるようにできないものか。
  7. 最後に日本の暮らしの中になくてはならいコンビニストアでのメールオーダーの商品の受け渡し、宅配便の発注。これらは非常に便利だ。この便利なサービスをもっと日本語以外でも利用できるようにすすめてほしい。 たとえば旅行者なら、スーツケースを空港まで送れるサービスの拡充や、お土産の宅配便サービス利用など、日本へ帰国するたびに日本の宅配会社が国内の北海道や沖縄の離島まで隅々とした充実したサービス網におどろかされる。これをもっと他言語でもできないかと願う。

としたこところ、要するに日本がこれから観光立国として、また経済的にも発展する要因は多言語国家として発展していくことではないかと考える。
上記にリストしたものを一つ一つ検証していくことにしたい。今年の夏に改善されたものがいくつかあった。ランキングに参加中です。こちらもお願いします。 にほんブログ村 海外生活ブログへ

7/26/2016

考える力、感じる能力 ”sense” and ”think”

July 23, 2016

Ruth Ozeki ‘ A tale for the time being” をオーデイオブックで聴いて
大学で哲学を学び、この夏休みにアメリカの禅堂で住み込みで働きながら修行するという息子の友人が勧めた著書を読み終えた。読後感いっぱいの内容の濃い著書には、父親の仕事で幼児のころからアメリカで育った主人公が、その父親の事業の失敗で日本に戻り、日本の高校で卑劣なイジメにあいながら、寺院に暮らす得度したひいおばあちゃんからエンパワーメントをもらう様子が描かれている。主人公のためちゃんがダメな父親だと思っていた男から考える力と感じる能力が人にとっていかに大事かを諭されるといった下りもある。
考える力は現代のマス教育(多数の生徒を一度に教え込もうとする教室における教育を指す)における学力テストでは記憶する能力がどうしてによって優劣を決定されることが多いし、往々にしてそれでいかにその人の人生が決まってしまうかのように取られる。私は大学で言語を教えている、自分の生まれ育った第一言語以外の第二言語、第三言語を学習するには記憶によるものととられがちだ。しかし果たして記憶ばかりだろうか。これは言語を学習するばかりでなく、数式や公式、法則を覚えるばかりが数学じゃないのは誰でも分かる、そこから法則から導き出されなければならないものがあるのは、周知のことである。が言語を学ぶときもこの考える力が要求される。つまり記憶したものをTPO(時、場所、機会)に置き換えて当てはまる作業、そしてその応用、さらにはそこから総合的に自ら学んだものを総合的に判断して新しいものを生み出していく能力こそが考える力としておきかえられるのではないか。こうした力が現代社会の若者に求められていると声高に叫びたい。
日本でもアメリカでも東アジアの中国、韓国、台湾でもこうした質の良し悪しに関わらず、大量に児童、学生を教育し、テストの点数、偏差値のよいものが人生の勝ち組になれるとばかりの学びの場を与えてきた。そうしてできた成人した教育者、政治家、企業家、クリエーターはさらに同じようなクローンを生んでいく。それは道徳しての善悪の判断を殺めさせる。人として、人類世界の発展に貢献できるかというのは、一個人一つの国の物質的豊富さに依るものではないだろう。この判断こそが ’感じる能力’だと言いたい。’考える力’が記憶力優先、テストの結果重視のマス教育の結果だとしたら、’感じる能力’ 経済発展を重視する人々の欲望が私たちからその能力を剥ぎ取った結果だと考える。コンピューターを操作するのもこの経済発展物質的に豊かな暮らしへ、固執またそうしたものへの嫉妬などの感情の表れではないだろうか。
私たち人はこの’感じる能力’があるから、考えて生きられるとさえ思う。最近、私の周りにも「老い」が身近に感じられる機会が増えてきた。その度に自分に、また身近なものに「長生きする秘訣は、食事管理も適度な運動も大事だろう。しかしもっと本を読み知的刺激を取り入れること「考える力」と「感じる能力」をいかに保つかを大事にしてほしい」と力説したい。

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7/25/2015

北米東海岸ニューイングラン地方、森の村の行政サービス

カリブからまた夏限定でモンタギュー村に帰ってきた。ここは北米の田舎町でも、60年代の米国カウンターカルチャーの流れを組む村だと以前にも書いた。俗に言うヒッピーのコミューンがあり、車で2−3時間のボストンやニューヨークから流れてきた農村に帰ろうとするBack to the nature・  Protesting Vietnam Warの学生たちがきて農業と19世紀からの工場町に上記のように新たなコミューンが加わり2重構造の村になった。

1970年代当時だれも疑問視さえしなかった原発に、このコミューンの若者が村人の家一軒一軒をまわり近くに計画された原発とは一体何なのか、そしてその原料や機能の面で永久的なその危険性がつきまとうと反原発運動をおこした、という歴史をもつ村である。またそれに加えて近くには総合大学のマサチューセッツ州立大があったり、日本の歴史とも関係が深いウィリアムクラーク、新島襄、内村鑑三が卒業したアマースト大や、数々の大統領夫人が出た女子大スミス大、マウントホリヨーク大があったり、大学教授らが州のやり方に反発し自ら創設する学位取得があるハンプシャー大があるので、学生が多い一方、学生時代を終え、そのまま居座り家族をもったり、持たないままコミュニティーにいるものが多い一方、農民の子孫や工場労働者もいる。

村民の多くはプログレッシブ(革新)だからあらゆる人種も民族も文化も同性愛の人々も混在するが、その広がりは北部の大都市ほどない。というのも職がないから、住みたくても現金収入先が非常に少ない。最高峰の教育、博士号をもっていて農業を営みファーマーズマーケットに出店して僅かの身銭を稼いでいるというのも多い。細々とコミュニティー紙を発行している、普段はボストンやNYシティーで仕事をし週末だけ家族の元に帰ってくるものもいれば、2−3世代前におじいちゃんや曽祖父母が大金を元に財団を作ったので、そこから低収入をもらっているトランスとファンドつまりオールドマニー出身の住民もかなりの割合いる。昔から大金持ちでもないものや、新しく移民としてやってきたものもいるにはいるが、白人以外の人口

がいるにはいるが、ほとんどが近くの大学に通勤通学する住民であって、圧倒的な白人中心の村だ。白人の人たちは世代を超えて教育の場でも職業でも優先されてきたから、いくら数十年前から背景の多様な住民、革新的な住民が引っ越してきても、その子供たちが成人しても住民全体から見ればまだまだ目立たない。企業や大学の教授募集やスタッフの募集には百人という応募があるのは当たり前だと、友人の大学教授が嘆く。しかしこんな村にもここ数年、東南アジア系移民を中心に大学関係者でもない白人以外の住民が増加してきて目立つようになった。

市町村の収入は州のレベルから言ったら最下位であるが、その割に行政サービスが整っていて、環境もよい、文化もある程度享受できるそんな村の生活を紹介しよう。モンタギュー村のインターネットサイト

先ず村の予算は各戸に課せられる固定資産税と企業・事業種に課せられる企業税が主な収入源だ。ここに昔からある小規模の工業団地の隣にある小型飛行機専用の飛行場利用料が加わる。また州から各市町村への分配も多少ある。それ以外の収入税は国税だし、消費税は州の財源となるから、住民は確定申告を国用と州用に申告しなければならない。そして市町村からは固定資産税の請求が役場から送られてくる。また車庫税や犬の登録料、街灯や消防も市町村ごとに請求がくる。これらをモンタギュー村ではインターネットで支払うことが可能。大抵支払期限の3〜4ヶ月前に送付され、年に2分割されて請求される。
州の中では350ある市町村の中でも一人当たりの年収が316位と最下位にちかいが、全米的には平均的な年収といえよう。

市町村名  平均一人年収 各戸の年収 家庭の平均年収 人口 戸数  

Montague


$26,889   $45,342    $70,444  8,422 3,715
ちなみに米国全体の数値は

United States
Country$28,155$53,046$64,719311,536,594115,610,216

このほかに、モンタギューには図書館と19世紀の名残の工場街に運河がありその環境博物館が村の施設利用収入になる。市町村によってプールや運動施設からの収入があったりする。

この夏から来年の夏までモンタギュー村の収入の見積もりと予算の規模は:
Revenue Estimates for  FY2016
Tax Levy Prior Year Limit  $14,144,902 前年比2.5%増  $353,623
New Growth  (さらなる資産追加)$120,000
Debt Exclusion  (借金繰越)$677,864
Subtotal Tax Levy $15,296,389
各戸の平均年収の割には、村の収入源がかなりある。これはかなりの戸が広い家に住み固定資産税を支払っているからだろう。村の議会は無給の代議員・ボードメンバーが定期的に集まって決めているが、町民投票の議案もある。近隣の村には全村民が意思決定に加わる総議会によって決議される村もある。

次に北国には不可欠な冬の除雪や道路工事を司るハイウェーイ事業部、さらに住民の生活には欠かせない水道部(といっても村には上水道も一部を除いて下水道もないが、各戸の井戸が枯れないための水源地が村で確保されている)、そしてゴミ収集・資源リサイクル事業部、さらに土地の登録の不動産管理事業部などがある。村一番の大企業は日本の住友金属の子会社のみ、私立の病院以外は企業という企業はない。よって各戸の固定資産税が主収入源となる。書き忘れたが、具体的な数字は分かりかねるが、村唯一の工業団地のとなりに小型機専用飛行場があり、そこから空港使用料がわずかながら入る。

役場は週に1日住民の便宜をはかって夜間も開かれている代わりに金曜日は閉鎖される。週4日制である。公営図書館も週に三日〜四日開かれるだけで、その運営費も州から助成金をもらって、幼児たちへの読み聞かせなどのプログラムが開かれるのみである。

リサイクルステーション
リサイクル事業は近隣市町村より便利だと自負する。2〜3年に一度値上がりするゴミ収集のステッカーを大きなゴミ箱に貼って早朝に家の前にだしておけば、週一回取りに来てくれる。そして一週間おきに使用後のビン・缶・プラスチック、さらに一週間おきに紙類をリサイクルバケツに集め家の前に出しておくと、無料で収集される。もしこうした州一回家の前で収集してくれる日を忘れてしまうと、週に二日、リサイクル・ステーションセンターに、自分でリサイクル資材を持ち込む。車ごとトラックの脇に行き、仕分けされた大きなリサイクルトラックの荷台に放り込むシステムになっている。

除雪や夏の道路の掃除は結構、こまめに公道で車が走りやすいよう除雪車と道路清掃車が巡回する。村にオンブズマンといった行政や村の運営を監督するプロはいないが、村でミニコミ誌 を発行しているし、民間ラジオならぬテレビ局があるので、悪政をすればすぐにここらで叩かれるし、批判の目にさらされることになる。

村には昔の工場街地区があり、社宅を改造したアパートが連立している直線で200mばかりダウンタウンがありスーパーや金物屋、ピザ屋、駄菓子屋などの商店、銀行、パン屋、郵便局、クリニック、歯医者、バー、レストランやアンティークストアが並ぶが商店街というほどでもない。しかしこの近辺の街にユニークなサービスもある。それは「サバイバル・センター」といって余剰の乾燥物や缶類の食品や衣服、処分に困った家庭用品をもちこみ、必要な人がそこからもらってくるというサービスである。運営はボランティアと寄付金・助成金で人事や施設運営が賄われる。

ユーニークなコミュティーシアターなる劇場が商店街の端に近年改築再開された。60年代には活気があったようだが、建物そのものが朽ち果てていたため、数年前に州に助成金を申請し改築され息を吹き返した。夏休みや年間を通して子供達の演劇活動に利用されている。

サバイバルセンター
すっかり観光の目玉になっている昔の水力製材小屋Book Mill が古本屋、カフェ、洒落たレストンラン、土産屋、中古CD、アートギャラリーが滝の周辺にあり人を集めている。
週末、週日大勢の地元民で賑わうBookMill
私は近所の路上においてある無人の24時間営業、25年前から延々と続く有機農法の路地野菜売り場で卵、野菜、ヨーグルト、牛乳を普段から購入。ここでは現金、小切手の他、クレジットカードが利用でき、今夏真っ盛りには豊富な野菜と近くから産みたての卵、メイプルシロップ、牛乳、生花、ヨーグルト、などが冷蔵庫に入って販売されている。小切手、カード、現金を自分で秤で測って、計算し、自己申告制でお金を置いておくシステムになっている。

そんな村に最近、ますます昔からの友人が近隣の市町村から越してきた。
村の中心のコモン付近には図書館と教会、むかし小学校だったGrangeがあり、そこを抜けると環境保護区が広がる。ここでは小川で人々が水浴をし、犬が鎖をつけずに散歩ができるため、多くの人々が訪れる。
近年、洒落たカフェが最近お目見えした。フォトギャラリーの横に一軒、コミュニティー野菜花畠の近くに一軒、10年ほど前からあるライブハウスの横に一軒できた。やはり町の住民というより近隣から犬を連れて、あるいは自転車で、ラップトップコンピューター片手に人々が訪れる。外のパテオで犬が日陰でのんびりと昼寝をし、美味なカフェオレを横にコンピューターを叩いている。今は工業用には利用されず水量を調節するためのみ利用される運河の横に自転車道も完備された。

そんなモンタギュー村は
近隣の市町村からの移住者にますます人気が出てきた。

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7/22/2015

アメリカの健康食品、サプリメントのからくり

今度はSpirulina (昔日本で流行ったクロロフィルに味が非常に酷似、世界の特定の湖に生息する藻の一種、フラミンゴはこれを主食にするからビンクだとか)ですと。

ここ数十年、日米いろいろな健康食品がブームになっては消えていく。アメリカではどこのオーガニック食品や自然食品店でもサプリや健康食品コーナーが棚を埋め尽くす。ここらモンタギューでは田舎の生協や雑貨屋さんにまで下記の健康食品やサプリがほとんど入手可

そのサイクルは日本での三日坊主飽きやすい健康オタクの人々の周期よりはるかに短期だったりする。ざっと覚えているだけでもこんなにもあった。そして効能も果てしなく続く。以前はこれらは食品とみなされ、このモンタギューのあるマサチューセッツ州では食品には消費税がかからないから、これら健康食品やサプリ栄養食品は関税の対象ではなかったが、数年前に州法で消費税の対象となった。

Kombu cha (どれにもこんぶ茶と書いてあるが原産ウクライナではコンプ茶といわれているそうだ。日本で40年ぐらい前に流行ったウクライナ産紅茶キノコ)
Flex Seed (フラックス・シード体内で作られないOmega を豊富に含んでいる)
Coconut Water (ココナッツの中身;ポタシアム、つまりカリウムが豊富に含む、こむら返りや急激なスポーツのあと足がつる時、筋肉の収縮をはやめるため即効)
Acai (ヒマラヤでとれる細胞活性化作用がおおきいミネラル含有)
Chia seed (中南米の山間が原産
Cacao Powder (チョコレートの原料、カカオ豆を粉末にした、血液をアルカリ性に替える)
Green Tea (緑茶のエッセンス、いわゆるお抹茶)
Wheat Grass (日本の青汁に相当するようだが、青汁ほど苦味はない、アルカリ性食品)
Tarmeric(ウコン、カレー粉の主原料、肝臓をきれいにする)
Whey Protein (乳酸食品からとられたタンパク質)
Ginger(生姜、血液をきれいにする)
Probiotic (乳酸菌、善玉菌として整腸の働きがある)
Fiber (繊維食品の粉末)
Bee Polen ( 蜂が集めてきた花粉;花粉アレルギーに効き目があるようだ)

我が家の棚には「体にいい」、「ダイエットに効果あり」いわれ、話がうますぎると思いつつも買ってしまった上記の健康食品の他に、下記のサプリメントも所狭しと並ぶ。これは友人たちの台所や洗面所の棚をも占有しているようだ。しかし日本の宣伝文句とちがうのは、「xxさんが試してとても効果がありましたよ、あなたも試してみませんか」だけではなく、ハーバード大学医学部で秘密裏に研究されていました。研究結果は門外不出でしたが、特別に皆さんだけにこの情報をあたえます。とアカデミックな研究結果で効能が保証されています。「しかもその研究機会はそんじょそこらの大学研究所じゃありません。」とアイビー大学の名前を織り込む。さらに「今日は特別、あなただけに教えましょう」と視聴者の選ばれたという優越感意識を煽る。 一度でも間違えてそのプログラムの宣伝ビデオがフェイスブックや無料メルアドのサイドバーに出てきたビデオをクリックしてしまうと、最後まで見ていないと、なぜか元の場面に戻せなかったりする。

Zinc(亜鉛、風邪のひき始めなどに摂取、免疫力を高める、医学学会でもビタミンcより免疫力に効くということだ)
Echnesia (ムラサキバレンギク草、風邪を引いたときによいとされる)
Lysin(いわゆるアミノ酸で、口内炎などに よく効く)
Magnesium(筋肉の緊張をほぐす、これが不足すると不眠、糖尿病、頭痛、偏頭痛、高血圧、肥満、倦怠感、不安などになりやすい)
Vitamin B12(冬季日光照射時間が少ないとこれが少ないなり鬱状態になりやすい)
Vitamin D ( 骨や歯に重要なカルシウムの吸収をたすける、免疫力アップ 
Nettle (アザミ課の植物で、鉄分を多く含有)
Valerian Root (ストレス緊張をほぐす)
Ginko nut (銀杏の実、頭をクリアにして脳の働きをます)

ああ、また騙されたと反省することしきり、今回はEbookだったのですぐに読んで、すぐに半日後に返品した。そのデジタル本の内容やビデオになんら新しい情報はない。「血液をアルカリ性にするためのこれらの食品、サプリを摂取うしなさい。そうすれば免疫力アップ、化膿することもなく、アレルギー体質改善、さらに皮下脂肪が減少しますよ」とのこと、あなたは信じますか。
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7/15/2015

夜明け前のキューバ, Cuba: at the Crossroad to the Globalization. English is at the bottom.


初めてConventional Tourist (パッケージの海外旅行)キューバへ行ってきました。宿も交通機関もすべて自分で手配できたけど、国内移動はオプショナルツアーに参加し地方の海外旅行客専用のホテルに宿泊しました。


社会主義国キューバが生き残るために、盛んに外貨を取り入れ、現代ワイヤー文明にまもなく参入します。


1959年キューバ革命勃発。1961年米国政府はキューバとの外交関係を断絶し、少量ながら続けていたキューバ産砂糖の輸入も全面禁止した。CDA(Cuban Democracy Act、キューバ民主化法)が米国議会を可決。米国籍企業の海外支店がキューバと貿易することを禁止する。米国市民がキューバに旅行することを禁止。キューバ人亡命者が家族に送金することを禁止する法律ができ、キューバはますます窮地に追い込まれる。一方1962年キューバにおけるソ連のミサイル基地の建設とミサイルの搬入が明らかとなり、核戦争の危機寸前になったが危機を米国ケネディ政権とソ連でなんとか回避(キューバ危機)。これにより、アメリカとキューバの関係は一挙に悪化した。
キューバの暮らしは米国との貿易に支えられてきたが、その多大な生活物資の輸入先は米国からソ連、さらに反米の近隣ニカラグア・サンディニスタ政権、パナマのノリエガ政権とシフトしていった。物質経済は壊滅状態は免れたが、米国企業を排除し米国資本の石油精製会社、製糖会社、電話会社、銀行・商業・工業の大企業を国有化していった。よって1973年までに26万人以上がキューバを去った。

しかし人民の生活レベルでは社会主義・共産主義同盟国の他国が崩壊していった1990年がある意味ターニングポイントであった。1989年ベルリンの壁崩壊、東西冷戦終了、 パナマ・ノリエガ大統領が米軍の侵攻にあい拿捕され、1990年2月ニカラグア共産党ダニエル・オルテガ選挙に敗れニカラグア共産党崩壊。ソ連崩壊後ゴルバチョフ大統領もキューバ訪問をして原油のキューバ向け輸出削減1989年以前の40%輸出からから1992年7%に削減。数少ない輸入先の経済が壊滅状態でキューバ国内の物質が欠乏し、電力源の頼みの綱であったソ連からの原発輸入もチュルノブイリ事故で原発建設計画が頓挫し、油がなくなって建設・工事・製造の電力も乏しくなった。そこへ新しく輸入先を南米に求めたが、ベネズエラとも雲行きが怪しくなり、さらにスペインとの外交政策を模索していたところ、国内の急進的な革命に反対していた知識階級をカステロ政権が首謀者4名を死刑宣告したために、反人道政権にスペインは支援できないと、国内の生活物質はますます貧窮。よって自給経済を推進し、一方、カストロ政権のこうしたやり方に反対する知識人たち2万以上の人々がマイアミに亡命していった。

貧窮は極めたキューバ人民の暮らしは、2度の経済措置緩和政策がとられ、2001年米国からの食糧輸入徐々に再開され、なんとか持ち直す。さらに2009年オバマ米大統領がCDAトリチェリ法の緩和(国内から一般市民への送金制限とキューバ市民の面会のための入国規制の撤廃)を決定。実質フェデロカストロは引退したため、弟が大統領職を継続する。昨年2014年12月後半に米国オバマ大統領がキューバとの国交を回復すると宣言した。この大統領宣言遡ること1ヶ月前に我が娘、キューバへ行きたいと言い始めた。「この目で資本主義とはどういったものか、それ以外の経済状況の国からながめてみたい」と申す。

一方、夫と私の新婚旅行をかねて1990年正月パナマでノリエガ米軍に拿捕されんとしている時、夫と私はニカラグアの首都マナグアにいた。そしてニカラグアの全国国民共産党大会になぜか参加しオルテガ大統領にであった。その彼もやがて大統領の席から引き摺り下ろされたわけだが、そんな思いをめぐらしながら母は娘の希望するキューバ旅行を計画。

アメリカ・フロリダ州マイアミやタンパ市からすでに直通の定期航路が再開されていた。が数ヶ月先までも航空券は売り切れなので、今回はジャマイカとキューバの間の小さな島国ケーマン諸島経由でキューバ首都ハバナ入りした。飛行場は首都にしては小さいが人でごった返していた。ケーマン諸島からの機内で同席したジャマイカからのビジネスマンに助けられ貨幣交換と宿泊先までのタクシーとの値段交渉成立。この若きジャマイカのビジネスマンはキューバ国相手に農業用の化学薬品を売っているという。日本ではキューバという国は農業自給自足国と言われているが、彼に外国人として農地や農政策を見て、農業は自給自足されていると賛成するかと聞いたら、「そうとも言えるかもしれないが、どこの基準で食糧が足りているとするか、スタンダードと定めるかが問題だ」と言われた。その後10日間キューバに滞在し、ツアーではあるが地方も回って確かに彼の回答は適切だと感じた。今まで回ってきたアジア諸国、北欧、北中米諸国国内では収入や資産で階級によって何をして不足するかはその尺度はまちまちだ。

しかしあえて私的観察からモノ申せば、その物質供給具合は1990年当時のニカラグアよりはるかに豊富であった。しかし街を行く車や農作業、輸送手段、保存の技術は1960年代のままだった。街には50年代の排気ガス規制のなかった当時の米製シボレーが鼻先を右往左往に走り、その横を座席もないようなタクシーが我先に煙もうもうと過ぎ去り、そしてリキシャがその間を縫うように行き交う一方、外国人旅行者を乗せた中国製エアコンとテレビ付き大型バスが道を我が物顔で通っていく。それがハバナの街灯の当たり前の様子。そして田舎はこの大型バスかロバが人や荷物を運んでいる。

驚いたのは、米国ではよく悪天候によって電柱が倒れ停電なるが、少なくとも私たちが宿泊したハバナ居住区の住居やビーチの外国人専用ホテルや、エコツアーに利用した国立環境保護地区内の国立ホテルでは電気は常時流れていた。ないのはワイヤー、電信である。
電信インターネットが再開する
のをまつ銀行の客達
街頭で人が並んでいるのは食糧配給のマーケットかと思いきや、銀行の営業再開を待つ人だかりであった。人々は外国からの家族友人の送金を待っていたり、貨幣交換をしようとする一般キューバ人や外国人旅行者であった。スリランカでも東南アジアでも欧米系のvisa, mastercardは当たり前のようにある程度のホテル・レストラン・お店で使用できるが、まだまだクレジットカードをバリデートするのに不可欠な電信電話線が不安定なため、ファイブスター級の高級ホテルでもどこでも現金が売買手段である。また銀行もこの電信ワイヤーがないと仕事が滞ってしまう。「ただいま電信ストップしています」とガードマンに言われて、銀行の周りでたむろしながら待っている様子がハバナ市内のあちこちで見られた。

食糧:最初ハバナに到着してAir B & Bというネットで見つけた自宅を解放しますというサイトから一泊30ペソのアパートの一室に何泊した時は、決して品数が豊富と言えないスーパーで食料を買い込んで自炊した。三食とビーチバー初めすべての飲み物が無料の外国人旅行客のホテルにはブッフェがあった。ツアー中のレストランやトイレ休憩の土産屋で食事をした。その量やメニューの豊富さには驚かされた。しかし一般キューバ人はどんなものを食べているんだろうか。大家さんは退職した核物理学の大学教授であったが、電気は極力節電し、食糧は配給がある時に買うといった暮らしをしているようだった。
またハバナや地方都市の地元の人が行く食堂やカフェを覗いてみると白いコッペパンにハンバーガーが主であった。ちょっと洒落て首都ハバナのモールにはフライドチキンが売っていたが、その種類は2種類看板には6種類ぐらいから選択できたはずなのに、実際にカウンターに行くと大と中の2種類から選べるだけだったり、スーパーに電気が煌々とともっている割には食料の品数がなく一列7mすべて一種類のクッキー箱が陳列されていた。
3食豊富な食糧を提供する外国人旅行客用ホテル
そして出口でガードマンのチェックを受けるマーケットには、確かにコンビニや八百屋、路地売りより食品が多種あり肉売り場が別室になっていたが、野菜はすべて缶詰、そして肉魚類も冷凍されたものが陳列してのみであった。レストランで食す肉もそうだったが生であればほぼ塩漬けにされている。保存にはエネルギーがかかるし、輸送にもガソリンが必需であるため、その燃料が限られていれば、塩漬け、缶詰は当然の結果なのだろう。

 キューバュ人にも外国人旅行客にも人気のビーチ、バラデロに数泊し、そこを拠点にエコツアーやミュージックツアー、葉巻工場に植民地支配下時代の旧トリニダト市街、さらにいきなりカメラ持ち物はバスに置いていってくださいと前置きがあってチェ・ゲバラのお墓をお参りするハプニングがついた一泊二日のオプションに参加した。一人130ペソで1日目の昼、夕食、2日目の国立環境保護地区内の国営ホテルの朝食はとても美味ですべて食べ放題であった。すべての食事はオブションツアーの料金に含まれ、最低5回は止まったであろう土産屋やトイレ休憩での無料のウェルカムドリンク(最初のうちはどれにもラム酒が入っているのに気がつかず、コーラ、レモネード、ミントウオーターをごくごく飲んでいたら、後でアルコール飲料だと気づいた。どうりで頭がクラクラしてきた)の歓待をうける。
ホテル内のクリニック
社会主義と宣言したカストロ政権が最初に手をつけた事業の一つが、それまで米資本の企業や個人資産だったプライベートビーチを国有化したことだった。医療技術の向上にも務めた。ニカラグアをはじめとした諸外国からの医療研修先になっていたようだ。しかしそれは1980年代の話。今は病院や医師が特別に高度の医療技術を身につけているとは思われない。というか欧米の資本主義先進国の医療技術とは進歩の速度がちがうのであろう。国有化されたビーチにはたとえ一泊3食付き一部屋130ペソのキューバでは高額のホテルでもすべてのバーも含めたビーチ施設、カタマランヨット、カヤックなどマリーンスポーツは無料であった。


 私たち母娘が旅行していた週に中国の高官がキューバを表敬訪問をしていた、きっとキューバ市場に自国の商品を売り込みに来たのだろう。キューバに必要なのは、通信施設の安定、そして乗用車・作業トラックの輸入や、60年代のままになって潮風で傷んでいるコンクリート建築の改築が急務であることが見て取れる。その建築材料の輸入が優先課題と思われる。ハバナ市街の目抜き通りにある国会議事堂が急ピッチで改築されているのを見るにつけ、そう思われる。
ハバナ市内の目抜通りの建物がいかに60年代のまま傷んでいようと、レストランやホテルの食事が保存食であるため、塩辛かろうが、十分に綺麗な国で旅を堪能できたと自負する。そこはまだ外国人旅行客に最近開かれた国である。バックパック旅行や貧乏旅行の受け入れ皿はない。ある程度現金を落としていくことが不可欠な旅行であった。そういえ意味でConventional Tourでしか旅を許されない国でもあった。
それがこの国を支えていることが実感した。
最後にエコツアーでロシア製ジープにのって、コーヒープランテーションを案内し、滝下を先導してくれたガイド曰く、「キューバの最大の収入源は第一に海外からの送金です。これに国家はかなりのワイヤー送金税をかけます。そして第2が観光です。外国人観光客の慈悲で私たちの生活は成り立っています」とさらに具体的な数字として、キューバは識字教育が徹底しているその識字率は米国をしのぐと言われているが、そうした教師たちの平均月収は400−500ペソ(400−500米ドル)です。そのため教師たちの離職率が増加し、彼らは実入りのいい観光に転職しています。ツアーガイドのレンさんに10ペソ、エコツアーの案内人に10ペソのチップを私オプショナルツアーを後にした。
この国の貨幣は2種類ある。コンバーターブル外貨交換可能なキューバペソと国内ペソ。外国人旅行客はこの外貨交換可のペソをどこでも利用するが、国民は電気代などの支払いにはこの外貨効果ペソをそして一般生活物資は国内ペソで支払うようになっている。これらを一つの貨幣に統合するのが今、最大の政策課題だそうだ。そしてもう一つ気になったのが、このレンさんも他の数人か話した現地人もチェ・ゲバラをとても尊敬していて、いつの間にか国中央のサンタクレア市郊外の彼の棺が収めてある記念館に連れて行かれたが、同じ革命指導者であるフィドロ・カストロの名前は彼らからは聞かされなかった。これをして社会主義国が成功だったかどうかの判断にはならないかもしれないが、そん人々の心の内をみると、一抹にも社会主義経済の人々の心情を測れたが気がした。もちろん彼らは資本主義からやってきた旅行客の前線に立つものたちであるから、資本主義への憧れがさらに強かっただろう。

最後の晩はまたキューバのソーシャルクラブバンドを聴きにクラブへでかけた。スペイン植民地支配、奴隷繁盛時代から積み上げられた文化の濃厚さに驚かされた。国立キューバんアート美術館で音楽クラブでキューバの懐の深さに触れた。











Cuba: at the Crossroad to the Globalization.  

Cuba was my first conventional tourist destination with my daughter. Prior to visiting Cuba, I have been traveling around over 20 different countries.  When we travel to a foreign country, we always try to figure out how to stay in budget Room and Board, communicate with non-English speakers, interact local people, and accepting challenges all different food/music, and learn a few words in their native languages. 

Unfortunately, Cuba was not ready to have foreign tourists to travel alone, a trying keep low budget. They have built four- stars exclusive hotels to accommodate tourists in Havana, beaches, and old colonial cities.  There is no way for Cuba avoids exploring themselves in today’s World Economy.  Farewell to the economic system of socialism; Cuba is about to enter dawn of the Capitalism.  Everything is wired or virtually; banking system, social networks, and business.   The world today is fully wires. That’s what Cuba needed most to join the world community with globalized economy. 

In 1959: Cuba revolution, 1961 Cuban Democracy Act passed US Senate. Practically US government shut down people’s traveling, prohibiting any trading with Cuba, and sending money to Cuba from US.  In October 1962, the Cuba Missile Crisis, was close call for bring the world to the blink of nuclear war fare. Since then Cuban and US diplomatic and business relationship have been shut down completely.

Before the Cuba revolution, Cuban people’s living condition had been totally dependent on imported food/goods from US and exported sugar to the US. After this economic embargo, the biggest Cuba’s trading partner shifted to Soviet from US.  Soviet supplied Oil and imported sugar from Cuba.  Cuban revolution nationalized all American sugar factory, telephone provider, banks, manufacturer, industry, and private beaches.  This rapid switch to socialism cause many Cuban leave their country.  Dissidents, unemployed workers, homosexual were tortured and executed.  Because these difficult situation, 2 million upper-middle class1Cuban left the country between1959 and 1993. US agreed to receive political exile in 1965. 

People who stayed in Cuba had another life-threatening event, which happened between1989 and 1990. The Soviet Union collapsed. America invaded Panama in December 1989.  General Noriega, who had provided one of Cuba’s lifelines to the capitalist world, and was forced to hand himself over to the US authorities.  Worse was to come. In February 1990, Nicaragua, another close Cuban ally country, lost their socialist president in their national election.  The final and definitive blow for Cuba came on September 1991. Gorbachev giving into pressure from the United States, announced that the 7,000 Soviet troops stationed in Cuba would be withdrawn… The crisis of the Cuban people had begun in 1990 when the oil supplies from the Soviet Union failed to arrive…  In 1989 some 13 million tones of fuel had been imported at very favorable rates.  A year later, the figure had dropped to only 9.9 million tones. (Gotta; pg286-287)

 The public food distribution collapsed and inflation rate skyrocketed, transportation was cutback, and electricity was restricted. Food and fuel were both in desperately short supply, and although outright starvation was kept at bay, Malnutrition-unknown in Cuba for generations-became widespread. (According to Gotta: pg 288 Food imports were halved between 1989 and 1993. In the same period the imports of fuel declined by 72% and overall imports by 76%) Cuba refused to take US food donation.  In 1994, as a result Cuba opened the country to international tourism, entering into several joint venture hotels and tourist, agricultural, industrial projects, on top of legalized the use of US dollars.   There were two separate economies, US dollar-base economy and the peso-economy. Later in 2004, the Cuban government announced an end to this policy:
from November U.S. dollars would no longer be legal tender in Cuba, but would instead be exchanged for convertible pesos (since April 2005 at the exchange rate of $1.08) with a 10% tax payable to the state on the exchange of U.S. dollars cash.  This way they had international currency in US dollars.  The Cuba government started to charge large tax to wire money into Cuba.  This double economic system is maintained even now.
 
In December 2014, US President Barak Obama made executive order to lift the embargo against Cuba.  A few weeks before, my daughter had expressed her wishes to go to Cuba to observe their economy and see the differences between Capitalistic society and Socialistic society.  

To interject my personal experience, in 1990 on New Years Days, I had an opportunity to be sitting at the National Communist Convention in Managua, facing President Daniel Ortega, who a month later lost his re-election. This was at the same time Panama’s president, Manuel Noriega, was abducted by US.  My life experience happened to be close to these major events among those countries. Those countries collapsed their socialism.  Twenty-five years later, our very own daughter asked us if she could go to Cuba.  I thought that would be interesting comparison and addition to my observation.

Six months has passed since Obama lifted Cuban embargo. We as Japanese /US tourist did not see any problem to visit Cuba except the flight to Havana was sold out several months advance. So we flew from Florida to Havana via Cayman Island. 

Because there is strong resistance toward current Cuban government among Cubans living in Miami, Miami refused to have the Cuban Consulate.  Meanwhile, Tampa city, Florida invited to have the Cuban Consulate and plan to have a daily ferry route between Tampa and Havana. Fortunately we met a young Jamaican business man who comes to Havana four times a year to sell Agricultural chemistry to the Cuban government.  I was curious about his opinion regarding Cuban sustainability, about which I had read in the Japanese media and in writings from an American botanist. His answer was that Cuba has still long way to produce enough food to fulfill the standard of modern agriculture.   

My short observation:  As of June 2015, Cuba has more materials than Nicaragua had in January 1990 after ten years of the Sandinista administration. Havana city in 2015 had many 1950’s convertible Chevrolets spreading tons of exhaust.  Seatless Taxis with passengers squatting on the floor ran between those Chevrolets.  Of course, lots of bicycle-driven rickshaws were crisscrossing through the vehicular traffic. One big difference in the Havana of 2015 is the presence of huge Chinese AC tourist buses occupying many sight seeing spots. Meanwhile in the countryside these large Chinese tourist buses are the only form of transportation found on the roads alongside the donkey carriages.

To be honest I was a little surprised that we did not experience any power shortage.  Yes, communication or wire service is a big problem in hotels, restaurants, banks, telephone, and WIFI service.   Wherever you see a crowd of people waiting in a line or wandering around, that people must be waiting for banks to reopen.    

Food:  We stayed at a private apartment which we have found via Air B & B Internet site service.  We bought food at the super market or mall and cooked ourselves.  In downtown Havana,  super market selling cans of vegetablefrozen meat/ fish, and dry products.  I could not find a single store selling fresh vegetable and fruits.  Meanwhile the restaurants and hotels have variety of food and fresh vegetable/ fruits.  I wonder where they get their ingredients; there must be special route to get food. For instance, a few stores, markets, and groceries where we stopped there were beautifully decorated isles of same cookie cans on the entire shelf.  We also stopped by the local café a few times.  They only served hamburger with very salty meat on hamburger buns. There was virtually no variety on the menu. It was a quite contrast to see how rich and varied foreign tourist restaurant menus were. Our landlord was a retired university professor.  He showed us how rarely he could get a chicken and a bottle of water from the store. As foreign tourists, such things were much more available to us. He told us we should conserve the electric power due to the price of electricity was enormously expensive for residents. Later I heard the average monthly salary of teachers was 300~400 peso, so lots of teachers leave there job and become tourist guides which gives easy access to have cash flow.  

Preserving and transporting food uses lots of oil and energy.  We, as coming from US, are used to having refrigerated trucks carrying fresh produce or frozen meat. But in Cuba it is very expensive to have fresh meat or bring fresh food to the store /residence.  If you have limited sources of oil or electricity, the food preservation is a big issue. Most of meat we ate was preserved with a very high degree of salt.

Varadero Beach was very popular among Cuban and foreign tourists. It located one hour drive from Havana.  Castro had taken this beach away from the American private owner and nationalized it.  All the beach facilities were accessible to anyone without fee. Sailing boats, sea kayaks, paddle boats, beach parasols, beach chairs, and even beach bars were included in the hotel fee. Recently, four-star and five-star hotels have been quickly built along the beach road.  100 peso to 250 peso per nights and per room was charged included three meals and all the drinks and snacks and above mentioned facility.  National tourist bureau offers dozens of exclusive tours.  These beach hotels have delicious buffet food all the time in their main cafeteria, or beach snack bar.  During optional tours, whenever we stopped for the washing room, snacking, or sightseeing, and adventure, we were welcomed with complementary rum drinks and free delicious local food. 

While we were traveling in Cuba, high rankings Chinese government officials also visited Havana.  They must have been trying to make trade and manufacturing agreements with the Cuban government.  Current needs that I see in Cuba are: a secured telecom /wire system, automobiles/trucks for transport and infrastructure of buildings, roads, and residences in addition to the current tourist facilities.   

Well no matter how salty the meat is, and no matter the lack of emission controls for the cars, we certainly enjoyed the rich Cuban culture and beautiful landscape.  Cuba surely has much to offer to visitors.

Regarding the renown Cuban medical system of education and practice: Cuba 
Today has not been able to keep up with contemporary trends in medicine due to economic constraints. We shall see what Cuba decides to do with their historic commitment to medicine as they assess their overall economic challenges.

As I have mentioned above, the political leadership of Cuba has decided to first open the country for tourists who can afford those fancy hotels and restaurants. It will take time to open the country for more backpackers or budget travellers.  This could be one factor, which would cultivate a more consumer-culture like we see in the US.

However, my biologist friend told me that she learned from a recent environmental conference, Cuba has most non-contaminated water in the world.  I wish they would keep these beautiful waters and land, even while welcoming massive number of visitors to the country and develop the cities.

One thing I was puzzled about was that all tourists guide we met, talked only about Che Guevara not Fidelo Castro, actual implementer of socialism, and all the monuments are Che’s statues, who started their revolution from foregin country, not Fidelo.  Che was their hero, but not Fidelo.  People extended their affection to the heroic figure of Che, but not as much toward Fidelo Castro. I am not entitled to evaluate whether the socialistic economy succeeded or not from my own traveling experience.  However, I noticed there was an envious and sour feeling among people.  Who face the tourist from the wealth capitalistic country. 


Bibliography:
Gott, Richard: Cuba A new history; Yale University Press 2004, New Haven,

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol45/


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