12/22/2009

「西の魔女が死んだ」今年私が観た一押しの映画

アヴァターを映画館で観た日の朝、ふとこんな映画にインターネットでであった。
そのメッセージは強烈だった。アメリカでも映画化の話しがあるとか。

13歳の女の子が魔女修行にいそしむ、
やがて「生と死」の輪廻も分かりかけてくるストーリーだったが、
その中にこんな下りがあった。

「おばあちゃん、魔女になるにはどうすればいいの?」
「そうね、早寝早起き規則正しい生活と、自分のことは自分で決める力をもつこと」
,,「これは魔女修行で一番大事なレッスンの一つです。魔女は自分の直感を大事にしなくてはいけません。しかしその直感に取り憑かれてはだめです。マイは自分の思っていることが真実だといいたいんです。疑わない。あまり上等じゃない魔女たちは、妄想に取り憑かれて自滅して行きましたよ。
どうかわかってください。,,,(略)
大事なことは、いまマイのこころは疑惑や憎悪でいっぱいになっていることだです。」
「私は真相を知ることで憎悪や疑惑がなくなって行くと思うの」
「そうでしょうか、憎悪や疑惑はまた新しい憎しみや怒りをうみだすだけです。そういうエネルギーの動きはひどく人を疲れさせるとおもいませんか。」
とおばあちゃんは孫娘マイを諭す。憎しみや怒りはつかれさせるということはとてもうなずける。

そして「死ぬこと」の恐怖に取り憑かれた孫娘を発見して、こんな話しもする。

「人が死んだら、どうなるのか、おばあちゃんが信じていることを話しましょうね。死ぬということは魂が体から離れて、自由になることです。たましいは 体がなくなってからも、ながい旅を続けなければなりません」
「じゃ、たましいが私なの?」
「マイ(孫娘)はたましいと体がいっしょになって、マイなんですよ。」
「じゃ、死んだらこうやっていろいろ考えている私の意識はどうなっちゃうの?私はそれが消えてなくなっちゃうのが一番怖いの」
「よくおなかがすくと怒りっぽくなる人がいますね。それって、からだが意識に影響を与えて怒りっぽくなるわけでしょ、その体がなくなるんですから、死んだ後のマイが今のマイと同じだとはいえませんね」
「だったら体なんていらない、なんだか苦しむために体があるよう」
「たましいは体をもっているから、いろんなことが体験できるんです。いろいろな体験しなければ魂は成長できないんです」
「成長なんて、しなくったっていいじゃない」
「本当にそうですね、でもそれが魂の本質だからしかたがない。草や木が光に向かってのびて行くように、魂も成長したがっているんです」
「それに体があると楽しいこともいっぱいありますよ」
「マイはラベンダーと日差しのにおいのするシーツにくるまった時、幸せだと思いませんでしたか。
寒い冬に日だまりの中でひなたぼっこをしたり、暑い日に木陰で涼んでいるとき、
幸せだと思いませんでしたか。はじめて逆上がりができたと時はどうでしたか」
「おばあちゃんが死んだ時、マイに知らせてあげますよ。。、、魂が体からはなれましたよって証拠をみせるだけにしましょうか、マイが怖がらないように」

http://www.dramacrazy.net/japanese-movie/the-witch-of-the-west-is-dead-watch/5660

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12/20/2009

限りなく地球の原生林にちかい惑星の話し、アヴァター3D映画を鑑賞して

息子に勧められるままに
夫婦で映画'Avatar' (ひだりサイドバー参照)観に行った。最初はただのコンピューターゲームの延長線上のお話だと思っていた。

しかし後半では思わず話しにのめり込み、
ちかくで涙する人もいた。
自然と対峙して、人類は生きて行けないという
メッセージがこめられ、ジャングルの動植物と共生する住民と
草木も生えなくなった未来人類が資源をもとめて
闘う話しだった。

宮崎駿の「風の谷のナウシカ」や少し前の記事で紹介させていただいた
岡田淳著「はじまりの樹の神話」さらに実話を下にしたマリドマソメ著「ぼくのイニシエーション体験〜男の子の魂が育つとき」のそれぞれの本の底流に流れているものに通じるテーマがそこには描かれていた。

私たち人も自然の一部、周りの木々も、草花も、獣もすべて、自然というエネルギーを媒体として共生しているというのである。あたりまえのことかもしれないが、見落としがちになっているメッセージだと感じた。
ストーリーの中には、
野生の馬のような獣に力を借りて、それを乗りこなして駆け巡るシーンが出てくる。
乗馬というより「ナルニア王国ものがたり」にでてくる「Horse and his boy」編の男の子を操る馬を連想させる展開で、まず馬の気持ちを理解し、馬にも自分は危害を加えないことを理解してもらい、はじめて人と馬が一体となることができる。という相互信頼を底流とした乗馬作法がヴィジュアルで描かれていた。

また相手を理解することで歩み寄る、そして信頼を築きあげるのは、この宇宙のはて話しとて同じことであるらしい。
ジャングルの住民はいう「私はあなたを恐れていないから、信頼できる」と。
動植物が相手であっても同じで、信頼関係をそうして築いている。
「生と死」でも、
死を恐れていないのは、また生を担って戻って来れると信じきれるから。
エネルギーの還元も、人の輪廻も同じレベルで語られてもよいのではと思われてきた。

すればエネルギーの還元をすこし突き詰めれば、再利用、再資源化できないエネルギーや物質は
やがて私たち自身も脅かすことになるのでは。



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冬至リサイタルの模様と、こちらの気候

先週、この冬一番の寒さ華氏16°(氷点下10度以下)まで下がった夜、
高校生たちが冬至で年末の夜を祝った。
寒さがひとしお厳しい夜に
上から下まで黒の衣装を身をまとい、
まず女生徒が聖歌隊で登場。
そして11年生のイタリア詩人ダンテの詩の朗読があり、
「ストーンスープ」の即興劇で観衆と一緒になって劇をつくり、
さらにアンサンプルの演奏と、鹿の角を使った冬将軍のダンス、そして各国語のクラスの発表だった。

普段から毎朝、授業前にコーラスの練習をして本番にそなえた聖歌に、
仏語、独語、スペイン語にまじって、日本語のクラスは少人数ながら和気あいあいとがんばってくれた。
初級でも、俳句をつくったり、谷川俊太郎の詩を朗読したりした。
練習時間が雪で中止になり、インフルエンザで欠席する生徒が多い中、
生徒はここまでやってくれた。

この場をかりてお披露目したい。

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12/09/2009

米国に本部をおく世銀、IMF、国連の崩壊か?それでもクリスマスの季節がきた

ワシントンDCに本部をおく世界銀行、国際通貨基金IMF さらにNYはマンハッタン島のど真ん中にある
国連本部の崩壊が近い、みなアジアとくに中国から経済新興国から借金をしようと、
必死になっていると。世界経済の重心がシフトするということか。

クリスマスのシーズンにはアメリカではあらゆる寄付金のお願いメールが、クリスマスカードとともに届く。
環境団体が無料のアドレスシールを同封して、自分たちはこれだけのことをしてきた、認めて欲しい。
また子どもたちの学校からは、建物がまだ十分出ない、先生の給料が満足でないとお願いメール、
さらにクリスマスを祝うのは、キリスト教者だけなのがこちらの慣例だが、このときばかりはユダヤ教の友人や、アフリカ系の友人たちもあたらしくホリデーとしてクワンザなるものをつくって、夜毎ローソク一本,一本を点して、聖夜を祝い、ギフトの交換をしたりする。だから、一年お世話になった人にお歳暮ならぬプレンゼントや御礼を渡す習慣が定着しているから、ボーナスを渡す会社を最近あまり聞かない国だが、それでも人々は寛大な気持ちになるらしい。

クリスマスと言えば、この
ジョンレノンの’Happy Xmas-War is Over'思い出す。

So this is Xmas,
And What have you done
Another year over,
And a new one just begun

And so this is Xmas
I hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young

A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Xmas
For weak and for strong
For rich and the poor ones
The world is so wrong
And so happy Xmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight

A very Mery Christman
And a Happy New Year
Let's hope it's good one
without any fear

来年こそは、すべての人々が戦争に巻き込まれる恐れのない
よい年でありますよう。


http://www.youtube.com/watch?v=fvNRHrKyaX4

アメリカ合衆国は多くの戦争を起こしてきた。
自国の利益のためにわざわざ、よその国へ自国の軍隊を送って、自国の一部の人々を富めるために

以下にご覧いただくミュージックビデオはその資料を見せながら、
ジョンレノンの歌声とともに「War Is Over」と訴えている。



元海外特派員、ベンジャミンフルフォード氏は東京にいて、
こんなことを警告している。

以下転載 フルフォード氏のブログ 12/9/09 日付けより
「世界をお金で支配することにより覇権を握ってきたオジサン達は、現在大変な不安と恐怖に陥っている。彼らはあまりにも長い間(100年以上)お金を「賄賂」という形で多くの国の権力者や指導者達にばら撒き社会を管理してきたが、まさかそれが出来なくなる日が来ることを夢にも思わなかっただろう。日本の場合、日本国民から710兆円を盗むため汚染された政治家などに数千憶をばら撒いた。しかしこれからその710兆円を返してもらうために動き出している勢力が確実に力を増している

、、さらに  12/5/09日付より
「アメリカが倒産している理由も伝えた。日本と中国政府のデータを見ればわかるように、現在誰もアメリカ国債を買っていない。オバマが昨年中国から一兆ドルを借りたが、それを全部使い果たしもうこれ以上借りることは出来ないのだ」

そして
12/2/09の「国連、世界銀行、IMFとEUの崩壊が近い」と題したブログで

世界の金融システムの中心が欧米からアジアに移行したことにより、国連、世界銀行、IMFと欧州連合は崩壊していくだろう。既にこれらの機関は毎日のようにアジアに資金援助を求めるため電話を掛けている。しかし彼らは世界環境と人類に沢山の被害を被らせた汚染された機関なので、絶対にお金を渡すべきではない。

これらの機関に代わる全く新しい機関をゼロから作り直す必要がある。中国は新しい国連をラオスに作りたいようだ。その場合植民地時代の不公平で不自然な国家の行いを見直すべきである。

世界の一番重要な金融街がロンドンから香港に代わろうとしている。中国は既に世界銀行を抜き、世界の発展を遂げている。日本もIMFに代わる全くの新しい機関を作ろうとしている。

欧米の国々が永遠に続く意味のない戦争を続ける限り、世界の貿易や金融界からどんどん孤立していく。しかし欧米が闇の支配から完全に解放されれば、優れた科学や技術を用い人類や地球に大きく貢献することができる。」転載終わり。
かなり偏った視点にみえるが、後がとれている事実であるようだ。信憑性もある。戦争がデモクラシーの
ためとか、いっていたが、原油欲しさだったことは、すでにアメリカも認め、
自国の利益を優先した結果だったことは周知の事実になった。

もうどこまで欧米の金持ちの私利私欲のために一般人は、犠牲になってきただろうか。大衆コミュニケーションの新聞やテレビと言ったニュースに頼らない、真実がもっと明かされる日が近いと信じたい。

また多くの若者が、一般市民が戦争で命を落とさない日がくることを祈らずにはいられない。

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12/02/2009

便利さと手軽さに流されて、「毛皮は必要ですか」ブログを読んで

政治時事問題に頭を突っ込みすぎて、討論はいいけれど、
相手が何も分かっていないとばかりに持論を展開するばかりでは、
足下を忘れがちになっている自分を自戒。
昨日の「水、風を身近に感じるか?」のつづきをば、

水の流れ、空気の動きが感じられないくなってきたのは、都会に住んでいなくても、私のように森に囲まれてても、
あり得る。いやむしろ清水が流れ、森に囲まれているがために、日々仕事にこうしてブログ書きに、世界の動きをかいま見んために、自然との共生を忘れ、身近な獣たちの息づかいが聞こえなくなって、
車で日々1日150kmも動き回るなんてことがざらになってくる。

動物虐待の記事を目にした。
「シルクな暮らし」ブログさんの言葉をまず転載したい

人間を重視するならば、自然環境にもっと気配りが必要だし、
動植物のことを真剣に考える必要があると思うのですが。
人間はエゴな生き物です。
『癒し』に走る『卑しさ』に、気がついていただきたいものです。

そして彼女のブログより転載した
「毛皮は必要ですか」をご覧いただきたい。

___転々載

毛皮は私達が普段着ている洋服や服飾小物にも多く使われています。
例えば上着の襟、フードの縁取り、袖口、裏地、帽子、ブーツ、マフラーには安価なウサギ、犬、猫、タヌキなどが特に使われる場合が多いです。
高価な物に限らず、安価な服にも使われ、100円ショップでも売られる程毛皮は手軽なファッションとして扱われています。
こうした毛皮製品の裏にある動物たちの実態をあなたは知っていますか?

毛皮になる動物は狭く汚い檻に閉じ込められ、心身に異常をきたした末、わずか7ヶ月で殺されます。
殺すときは動物たちの恐怖や苦痛よりも毛皮が傷付かないこと、そしていかにお金をかけないかが重要視されます。
毒物による毒殺、首の骨を折ったり、棒で殴り殺したり、口と肛門に電極を差し込み電流を流しショック死させたり、首をロープで吊り下げ窒息死させたり、溺れ死ぬまでホースで口から水を入れ続ける、など残酷な方法で殺されています。
死ぬと毛が抜け落ちる、毛が硬くなるという理由で生きたまま毛皮を剥がれることも珍しくありません。

"ラビットファー"
安価な毛皮として最も私達の身近に出回っている毛皮です。
そして、ペットとしてもよく知られている動物です。
私達が手にしている毛皮も私達が可愛がっているペットと同じように生きていたこと、毛皮は生きたウサギから剥ぎ取った命そのものであることを私達は意識しなければなりません。




"犬、猫の毛皮"
ほとんど知られていませんが、日本でペットとされる犬や猫も中国などから輸入され、『ラビットファー』や『フォックスファー』という表示に変えられ売られています。

"ハラコ"
財布やバッグ、ベルトなどに使われている人気素材です。
『ハラコ』とはつまり『腹の子』、雌牛が臨月の時に腹を裂いて取り出した子牛のことです。
腹を裂かれた母牛もハラコとして毛皮を剥がれる子牛も命を奪われます。
もうすぐ無事出産しようという臨月の母子が毛皮のために殺されるのです。


この現実を知ってもあなたは毛皮を買いますか?




<私達にできること>

・毛皮を買わない
 (フェイクファーかリアルファーか調べてリアルファーは買わない)
・服飾メーカー、デザイナーに毛皮を取り扱わないよう意見を送る
・毛皮の悲惨な実態を多くの人に伝え、
 購入しないよう声をかける

毛皮のために苦しみ殺されていく動物たちを助けるには、あなたの力が必要なのです。
ーーー転々載おわり

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12/01/2009

「水を 風を 身近に感じられますか」

サンクスギビング後は,日本の正月休み中にも通じるもったりした雰囲気がある。

ふっと張っていた気が抜けたような、冬の寒さがどこかで待っているような、けだるさがある。そのもったりとした雰囲気の中、森をあるいてみた。
温かい初冬の昼下がり、犬と散歩に出た。
数キロの森の中を淡々と歩いてみる。いつもの好奇心が芽生え、ここを行ったらどうなるだろうと
朽ちかけの立ち入り禁止の看板を横目に、どんどん森の奥へ奥へと入っていった。

子供によく読んであげた岡田淳の「はじまりの樹の神話」(理論社刊)の下りを思い出す。
大人も子供も感動を覚える本だ。
太古から大樹とともに現代の森にやってきた少女が、自分を見失っていることに気づく下りだ。

〜空気が動いているのを感じるか? ーー土の下で、水が流れるのを感じるか?ーー(わたしは)木が空気をきれいにすることを感じる。土が水をきれいにすることを 感じる。ウサギがわたしをみておびえていないことを 感じる。そこに住むことを土地が許してくれたことを 感じる。誰が作ってくれたのかわかっている家に住んでいることを 感じる。ーー

森を我が家の雑種犬マリーは狩りの習性もあって、どんどん単独で入っていき、私は落ち葉を踏みながら後へ続く。すると清水の音が聞こえてきた。清水も一筋だけでなく、何筋もあるような音だ。澄んだ清水の色は川底の地層を反影している。やがて風も出てきた。風はアンサンブルとなって耳に響いてきた。どうも風の動きは空気と何かががふれあう時にだす音のように聞こえてくる。
空気が動いているのを感じるというより、空気と私の鼓膜が、またはその上の衣服がふれあう音が聞こえてくるだけだ。
空気がどことも接触しなければ、音は出てこないのだろうか。これは一つの思想が一人歩き始めた時とも似ているのではないか。異なった意見と衝突するから、雑音がでてくるとも考えられる。

さて、話はまた自然の中の散歩に戻す。

自分の足下の土のその下の層、のまた下の層で流れる水は感じられない。粘土層ですっかり澄んでいる清水を口に含んでみる、だけど川底の土の下の層までは感じられない。

でも木が空気をきれいにしていることが感じられるような気がしてきた。
次に近くの大木に耳をあててみる。するとある木はとても居心地がいいのに、別の木は何も感じられない、むしろ受け入れられなかったような気配を感じた。

西アフリカはダガラ部族の友人から聞いた話と、アマゾンのシャーマンの話を植物学者が聞き取り書いた本の内容が頭の中をめぐる「同じ薬草でも、一本一本の習性とタイミングがある。ある薬草は今は忙しいから後にしてくれと、病人の癒しを手助けすることを断り、ある薬草は何それと一緒だったら癒してあげられるかもしれないと提言してくれる」という植物との会話である。ならなぜ、今癒してくれと病人はその薬草にせっつくのだろう。普段癒せる力のある薬草や、和漢生薬であっても、いつも癒せるとは限らないという話だと私は受け取った。植物も生き物、動物も、人間もそれぞれの思いとうらはらに相性とタイミングもわきまえなくては、せっかくの癒しも毒となるだろう。

結局この日は海に通じる近くの大河に行き当たらずに、戻ってきた。

どうも私はこうして耳を傾けた暮らしを忘れてしまっていたようだ。自然との共生、いろいろな考えの人々との共生、すべてを白紙にしてもう一度見直す時にきているかもしれない。

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