12/20/2008

ホリデーシーズンに、アメリカインディアンの友人と考える人と人のつながり、


(ラモナ・ピーター、インデイアン名 Nosapocketノサポケット)の転載、
部族のあつまりパウワウより copyright@ramona





ボストン南部、


イギリス人がメイフラワー号で宗教の自由を願ってやって来たボストン南部、プリモスロックのすぐ近くに先祖代々住んでいる。そのイギリス人たちに野生の動物やカボチャなどを与えた部族の子孫で、ワンパノグ国マシュピー村の中心的一員だ。メディソンマンの親父さんにかわいがってもらった縁で、親父さん他界後も親交を続けている。

彼女は アメリカの華々しい歴史の裏にある、部族の悲しみを語ってくれた。
インディアンの諸部族の歴史は,美化されて語られてきた。
彼らインディアンの土地の上に
アフリカから狩られて来た奴隷の労働の上に
現在のアメリカの繁栄があることを、
ホリデーシーズンにもう一度、戒めてみたい。



ヨーロッパから,欲望と,病理を持ち込まれ,
金やスパイスの物欲をほしいままに略奪された歴史である.
スペイン王様の命令や,
ローマ法王庁の「キリスト教徒でなければ,人にあらず」という言葉をたてに,
まるで獣狩りをするように、インディアンが虐殺され続け,略奪された過去に
今でも部族全体が苛んでいる.




過去から延々と続くつながりから,どうやって癒していけばいいか
を二人で語り合ってみた.
過去は過去,現在は現在と断ち切ることが
今を生きる私たちにできるだろうか.
この世の苦しみは,死んでしまえば終えられるのだろうか.
罪は懺悔をすればチャラになるのか.
悪事をはたらくと,罰があたるのは,来世でも償い続けるのだろうか.
そんなことを二人で話していると、
どこでテレパシーを感じたのか、
ハワイの共通の友人から、話している最中に彼女の家へ電話がかかってくる。
この友人も、もともと当地出身で今はカウアイ島に暮らす。
なんでもお見通しな女性である。

私たちの思いは、今度は在日問題に飛ぶ、
日本の植民地政策によって、強制労働、強制売春、土地を取り上げられた人たち、
その上、日本で被爆した人々、私たちは彼らの子孫にまでも責任が取れるだろうか。

西アフリカの友人にも思いを馳せてみる。
ブルキナファソに現在、帰国している彼女は、アメリカでドイツを始めとした欧州で、日本でも先祖の癒しを行ってきた。彼女の部族の長老によれば、病は延々ともとがあるもので、現在の痛みを和らげても、薬でごまかしても、
元をいやさなければ、また病が続くと言っている。

ホリデーシーズン,神聖なる気持ちで
身を清め,新たな年を迎えるにあたって,
今一度考えてみたい.縁のあるものに思いを送っていこう。

私自身ここ数年,ごたごたしていたので年賀を失礼したり,
電子カードで済ませてきたが,
今年は,昔のアドレス帳をとりだし,ホリデーカードを書きながら
古くからの知人とのつながりに思いをはせてみた.

にほんブログ村 海外生活ブログ 国際生活へ

にほんブログ村 海外生活ブログへ

12/13/2008

OBAMA からの手紙ーメディアに出てこないアメリカ

次期大統領のオバマ氏と彼のチームが今までのどの政治家とも違うのは,
徹底した市民の声を拾うことだろうか.

友人へも,我が家へも,選挙前から,
オバマ夫人から.選対から個人的に
「これからもがんばります」とか,
当選後も
「夫が,これから勝利演説に向かいます.その前にあなたに,一言御礼を申し上げたく,メールを差し上げます.
夫が当選できたのも,皆様のご支援があったからです.皆様とともに,未来を作っていきたいと思います.ともにがんばりましょう.大訳」とミッシェル・オバマから,あのシカゴの公園で大聴衆かが,なかなか出てこないオバマ家族を待っている最中(当ブログ第一日目参照)の11・4・08の11時過ぎに来た.

その後も,「わたしバラクとジョーは,この国が直面しているチャレンジをしっかりこの目で見据え,機を得たことに希望を抱くています.私たちはすべてのアメリカ市民,たとえ選挙では他の立候補者に投票した人々とも,大きなゴールに向かって,この国をリニューアルしていきたい所存です.あなたのエネルギーに満ち満ちた大いなる希望と声に耳を傾け,皆さんがその目で確かめたいアメリカのチェンジをともに作り上げていきましょう.」
と来たもんだから,複数の友人が

是非にと協力を申し出,私もたまたまそこにいたせいもあって,
「ねえ,どの部署で協力する,
ヘルスケアー,平和,経済立て直し,女性問題,市民の声をあつめる,,,などなどのプラカードと自分の名前をいれて,
写真入でボランティア応募をしてしまった.

すると,今度は「オバマ次期政権によくぞ,連絡していただきました.
新政権の閣僚がほぼ決まりました.この新政権は来年1月20日の大統領指名式典で産声を上げます.
これからも,あなたの声を新政権に反映させてください.
新政権への質問,コメントは,またこの政権を新しいアメリカを作り上げていくのに,関わっていただける方は,
以下のサイトへ please visit the online Office of the President-elect for more information and to get involved:
www.change.gov
すでにもう草の根の運動をとおして,変化をもたらしていただいている方,今後も,地元で活躍を続けながら,国レベルの政治討論にもご参加ください.定期的に以下のサイトを訪ねて意見を反映してください. 11月4日の次期大統領選の当選は,あくまで私たちのこれからの仕事の始まりに過ぎません.私たちは共に,かつてない,歴史上最大の国レベルのネットワークを作り上げてきました」we hope you will remain active in your community and involved in national policy debates. Please continue to visit
www.BarackObama.com   regularly.

We've built one of the most comprehensive nationwide organizing networks in history, and our victory on November 4th is only the beginning of the work we will do together.

そして,法律学教授だったある友人のサイトには,
ある日のマルチンルサーキング師の演説の後の,
リラックスした一コマの写真に,うつる
彼の靴底に穴が開いているズームアップと

オバマ氏の穴が開いた靴底の写真(現代美術館に展示されてた写真だそうな)
を対照させている.地に足の着いた政治活動,人々共に国を作っていこうとする
大統領.
どこかの国と政治家に聞いてほしい.

かつて,これほどまでに市民の期待を一心に集めた大統領がこの国にいただろうか.
みなの期待と躍動を肌に感じる.
また別の知り合いが,オバマの子供時代の写真と共にこんなフレーズを送ってきた.

Just goes to prove you can be anything you WANT to be…

「何も特別な子でない,だれでも,夢をもてば,願いがかなえられることを証明してくれた]

よろしければ,ここをクリックしてください.

12/07/2008

こどものからだ、ヒトの育成 





ゆとり教育を受けさせたいという訳ではなく、
こどもが豊な感性とこころをはぐくみ,
ヒトとしての成長をコミュティーとともに
考えていける教育環境をと
アメリカへもどって来た。



上の息子が小学校に入学したのは、アメリカのシュタイナー教育をうたった幼稚園部から高校まである学校だった。

それまで日本の保育園でも、さくらんぼ保育園の系列で,竹林の中からだ作り、特に運動会では機械音を避けるため、グランドピアノまで外に持ち込んでまでの運動会、テレビ音をよせつけない環境だったので,スムースに転入できた。

小学校から、外国語としてフランス語、ドイツ語がカリキュラム内にある一方で、フォームドローイング、水彩、手編み、裁縫といったアート系のクラスがおおく、コーラス、ストリング、オーケスと音楽系に、農業、家畜の世話,養蜂、自然観察が中学年から始まる。表現を身につけるオイリュトミーや体育としての空間バランスクラス(和えろダイナミック)クラスも週に2日づつあるので、アメリカの他の学校と比べてアカデミックの教科が足りないと心配する親もいる。

しかも成績はクラスの中の位置づけではなく、一人一人の生徒が何をがんばり、何を注意するかを5段階評価ではなく、絶対評価をしていく。この成績は中学部まで子どもにはみせず、親が何を伝えるかに注意がある。

そんな学校にかよう我が子どもたち、
それでも高校,中学になると、自分がクラスの中で相対的にどの位置にいるか、
自分の成績が5段階や100%の評価でどのくらいの絶対評価を受けているか気になってくるらしい。

とくに息子は向学心からの競争心が旺盛なので、文章でこと細かく判断されるより,数字で評価されることも要求する様になって来た。


先日希望者のみ、SAT日本で言うセンター入試 (大学共通入試で、科目ごとではなく、理解/分析力、書く力,数学を総合評価する)近くの公立高校まで模試を受けにいった。

普段、息子は自分の学校の諸先生から評価もいい。
しかし彼としては,対外的に自分はどの程度評価されるのか気になるらしい。

既成の教科書を使わないで、自分でイラストをいれ、レイアウトを考えて自分だけの教科書づくりがある。ノートまとめ、レポート提出の宿題があって,学習習得確認のクイズが単位ごとにある.
(単位とは3−4週間がひとつのカリキュラム単位で,
幾何学、歴史、文学、化学,物理、図形学、生物、国際政治、演劇、などなどを
午前中,2時間休みなしで勉強していく)
しかしこれとて,対外的に評価される学力テストとは様相がちがう.

私が教えていた公立学校のように2ヶ月もかけて、大学入試予備試験のSATをいかに受けるかで授業をつぶさないので、その対策がわからないらしい。

つまるところ、時間の制限内で問題を解くという事が苦手のようである。
また時間的なストレスをあまり受けていないので,簡単な問題なのに、深く考えてしまう。

SATは日本のセンター入試と同じで、一度に大量の生徒を単時に評価しなくてはいけないから、
落とし穴や、統計の結果でどんどん子どもたちを段階分けしていく。

息子は自分の結果が思ったほどでなかったので、かなりおこっていた。
先生に対して,テスト対策のための授業をするよう不服を漏らす。

この一定の時間内に問題を分析し、思考力、応用力を駆使して、
総合判断する能力は訓練すれば、ある程度上達するだろう。
それが日本を始めとする東アジア諸国の教育熱であり、アメリカの昨今の大量教育組織内に多く見られる学力判断テスト重視の教育事情だ。

しかしそれらの教育は,子供たちにいったい何を課すのだろう
こうした一定の時間内に問題を即答できるようにする訓練は、

いったい子どものからだ作りに脳の発達にどんな結果をもたらすか?


この訓練というしろもの、日本では塾や、補習、受験校が非常に情熱を費やす代物。
アメリカでは、プレップ受験校、公立学校がこれにあたる。

この訓練は、取りも直さず、体全体にストレスとなって
ホルモンにまで、影響すると以前から考えていた。そしてたまたま日本から近くの大学院に博士として研究にやって来た医師に興味半分で尋ねると、「思春期の男性/女性ホルモンはかなりストレスと密接に関わっている事がわかってきた」とのこと。
現に、勉強勉強でおわれている進学校の同年齢の子は、言動も精神的に幼いのに、声変わりも初潮が’妙に早く、背丈もひょろひょろと伸びている子が多い。

このストレスをあまり受けて来なかった我が子どもやその友だちは、背丈や上背はあるのに、
成長ホルモンが、他の学校の子より、開花するのがずいぶん遅い。
思春期になるのも、背丈や体が急に伸びるのも、
できるだけ遅い方が良いとシュタイナー学校では説いているようだ。

ちなみに世界中に広がるfacebookというインターネットネットワーク(日本のミクシみたいなもの)
シュタイナー学校卒業生が7000人以上もグルプーメンバーがいるブログをみると、
かなりの各国(アフリカ,ヨーロッパ,オーストラリア、北米,南米)の卒業生がクラスメートの
背の低さを訴えていた。

いつも純粋にどうしてだと、先生や親に疑問を投げかけ、
先生や親たちは、この問いに真剣に応じる。
「また後でね」「今忙しいの」とは言わず、
「それは面白い視点ね、一緒に考えてみよう」とか、
「あなたは、どう思う?」と切り返してみたり、
「こうして見たら、違う見方ができるかも」と
答えを出すんじゃなくて、提案するし、少人数クラスだから、考えや答えを
ひきだしていく。

たとえこどもが即答を求めても 丹念に気長に話をする。
このシュタイナー教育の特徴として,テレビ電子機器をできるだけ、長い間遠ざけることが
家庭にのぞまれる。これらの電子機器も、ストレスの原因だと考えられる。電磁波の心配だけでなく、
まだ、自分で受ける情報を制限できない幼児には、かなりのストレスを課す。
こうした教育思想をはじめた、シュタイナーは、こんなことも言っている。

子どもの時にどんな教育をうけたかで、
大人になって、とくに
40年以上の壮年になって、体に現れてくる。

ゆとり保育、ゆとり教育は、大学受験で
結果が出ないこともあるだろう、
でも詰め込み教育は、ストレスとなってのちのその子の人生に
からだの影響となってあらわれるのでは、ないだろうか。


にほんブログ村 教育ブログ 海外教育へ 娘の誕生パーテイーで、はしゃぎ回る無邪気な女の子たち。まだまだ幼い。

にほんブログ村 海外生活ブログ 国際生活へ video

12/02/2008

カモにネギ

もらってきた残りものの七面鳥をきれいに仕分けして、
スープ用、サンドイッチ用と小袋に入れていると、突然電話。
電話の向こうで友人は興奮気味に

「あれ、しめたわよ。どうするの〜〜〜?」
「え!エ!本当にやったんですか?」
「責任とって、早くとりに来て」

解説しますと、
友人宅は湖のほとりで、カモがいつも300羽以上大群をなしてやってきます。
野生のカモをパンで飼いならしている彼女。
このカモを見て、日本でのカモ鍋を思い出した私、「おいしそう」と一言
どんどん、彼女の庭先やら、温室まで入って来てしまうカモたち、
冬越えで、南へ飛来なんて関係なのでしょう。
時々やってくる、庭仕事の職人さんがご丁寧に篭までつくっていってくれ、。。。
そして
くだんの電話の会話。

私、実は子どもの頃、親父さんが狩人と山鳥を捕って来て、
血も滴る 羽をこれからむしろうとする鳥を見て、
卒倒しそうになります。

とかいいながら、鶏肉や七面鳥は大好物という勝手のいい、私の舌ですが。

夫がきちんと丸の鴨を羽をむしって、きれいに肉屋さんにならんでいるようにしてくれるだろうという目論見で、彼にもらいにいってもらいました。

でも、やはり我が家にトリが来ると
私は「ギャー、ギャー」騒ぎ回り、寝室から出て来れない有様。
ガキじゃあるまいしと、夫に悪言つかれても、なんとしてもだめです。
子どもたちまで騒ぎだす始末。

翌日、夫が庭先でインデイアンの友人に手ほどきを受け、
de-feather したようです。(私はずっと、キッチンで鴨南蛮うどんの準備をしていました)
苦労したにも、関わらずとれたのは胸肉のみで、片手にのるぐらいの大きさだそうです。
やはり養殖と野生では、肉の弾力も、脂具合も、どこについているかも全然違うようです。

実家ちかくの岐阜の合鴨農場で、脂身の多いロースト鴨をよくたべていましたから。

後日談としては、
お肉をお裾分けに、カモを頂いた友人宅へいったら、
あれだけ常時いたカモが いなくなっていました。
今日は12/1、12月になって、やはり南へ飛来したのかしら。
カレンダーどおりに行くのね
なんて感心しました。(が、実は遠くから警戒していただけのよう)

湖上にわずかに残ったカモの一群も近寄らなくなって、遠目にえさのパンを見ているだけ、
沼の陰に隠れたり、木の上で様子をうかがっていました。

ごめんね、カモ。賢いアナタたちなのにあんなこと。
悪気がなかったのよ。
ネイティブ=インデイアンの友人曰く
「SEE,what you ask for the Universe」

11/29/2008

サンクスギビンギにみる、世の中の移り変わり

以前、日本から父がやってきて、まず感心したのは、アメリカ料理のデザートの量の多さ。

今年も、アメリカ人の夫の家族は今年も、パイにすごく力入れていました。

パイの写真がないのが、残念!!
義兄、義姉、義妹、義父、義兄の兄弟両親、姪、甥が全員で20人位集まりました。
パイメニューは以下の通り

レモンメレンゲパイ
パンプキンパイ、
チェリーパイ
アップルバイ、
チョコレートパイに、
アップルケーキ、
バンプキンマーブルケーキ
チョコレートマーブルケーキ、
チーズケーキが並びました。
他にもデザートにクッキー、
パンプキンナッツブレッドと
バナナブレッドが色とりどりとテーブルを飾ります。

また主食は詰め物の七面鳥の丸焼き2匹に
添え野菜として
カブ
スクワッシュ(西洋カボチャ)、
サツマイモのマッシュして味付けしたもの、
マッシュポテトのチーズ焼き
シャーロット玉ねぎのクリーム煮、
ターキーの詰め物2種、
クランベリーソース、
生野菜スティックとディップ、
グリーンサラダ、
シュリンプカクテル、
オリーブ、

私はいつもおいしくディナーを何皿もいただいて、パイには手が出せませ、
そして残り物のお土産を楽しみにしています。。。

しかしなんと結婚して20年近く、
いつも私が丁寧に持ち帰るのを尻目に
どんどん食べ残しを捨てていたこの家族が、
(まだ大皿に残っているものも、これだけばかり残していても仕様がないねといって、何人分もどんどん捨てていきます。)
しかし、今年はスープ、ペット用にと、もらって行く骨までなし。

とうとう飽食アメリカも終わったか。と皆の変わりようを眺めていました。
率先して今まで骨を捨て、添え野菜をボンボンゴミ箱に放り込んでいたて義兄はスープ用にさっさと湯を沸かして鍋に放り込み。
義妹や、あちら方の両親や兄弟まで、皆さんタッパ持参で、取り分けて持って帰っていかれました。


横道にそれますが、
人間関係がドライだと言われるアメリカでも、
やはり遠慮しあう嫁、姑、親戚関係はあります。
夫の家系はアイリッシュとドイツのカソリック。年に4−5回サンクスギビングに、クリスマス、イースターに、夏の建国記念日にと寄り合います。しかも、夫は義理堅く、亡くなった実の母親や姉の相手とも面倒を見ているので、もう親戚だらけの関係に一年が過ぎていきます。
甥姪の誕生日に、結婚記念日、そして私たち夫婦は仏教徒なので、命日や年忌も執り行います。冠婚葬祭の付き合いはこちらにもいろいろあります。

家族のつきあいはこれぐらいに、
サンクスギビングの食事の残りがもらえなかった今年、がっくりしていると
友人からの電話で、近所やお世話になった人を呼んでターキーしたけど、
いっぱい余って食べきれないから取りにおいでとのこと、
飛んでいきました。彼女も一人暮らしで、処分するのは忍びないようで。
招待客たちは10kgのターキーの胸のササミを皆、すこしだけ食べて帰っていったらしい。
残りは二人で山分けしました。

残りの七面鳥は、
まず丁寧に細切れにします。
ホワイトミートは肉汁といっしょに合えてたり、ドレッシングとあえて、サラダに。
ダークミートは薄く切って、サンドイッチ用に (クランベリーソースとマヨネーズとマスタードでサンドイッチに)
残りの骨と骨の間のお肉は炒め物に、
皮はペットに、
骨はスープ、特にカレーがおすすめです。
ごちそうさまでした。

飽食といわれたアメリカも我が親戚に関しては、終焉がきたようです。
こうした人が集まる年中行事のご馳走は、どこの階層でも、どこの家でも、似た様な風景でした。

インディアンのコミュニティーの食事も、
ホームレスのスープキッチンも、教会も、
以前はどこも豪勢で七面鳥を白身をすこし食べて、後は捨て、
添え野菜を食べ散らかし、
パイやデザートで自分が食べれるだけとればいいのに、
多くの人が一口かじって、後は捨てていました。

(しかし家庭で食べるランチや普段の夕食は、ずっと平均的日本の家庭より質素だと思います。すごい豪邸でも、中産階級でも、サンドイッチだけだったりします)

どこでも、少しづつ人々の意識は変わってきていると信じます。

また、食後の大人の会話にも、政情変化とともに移りかわりが。

レーガンやブッシュに投票していた、保守の義家族は、
オバマに期待するというコメントも飛び出しました。自分たちの生活を守るため、
「民主党に投票すると資本主義の根幹を揺るがされて恐怖だ」といっていっていた、義父や義兄が黒人のオバマを、
社会主義的な保険政策だといいながら(彼らの住むコネチカットは、この保険業で栄えていました)
オバマの民主の革新的政策を認める発言がちらほらと聞こえます。

また、夫は若いとき母親の再婚相手の義父(昔アラバマで先祖がプランテーション大農園を所有していたことが自慢)の家に黒人の幼なじみを連れて行ったら、家の敷居をまたぐなと言われたそうです。そうこの嫁ぎ先では長いこと、人種問題も、政治の話題もタブーでした。しかしその義父も数年前には、「自分にとって日本と言う国
は長い間「ママさんの国」として2次大戦、朝鮮、ベトナム戦の米兵のリフレッシュするためだけの国だった、しかし日本はこうして一人の女性を我が家の一員として送ってきた。日本を一つの国として認められることに、そしてその嫁に感謝する」とサンクスギビングの感謝の辞を述べてくれました。

その義父が最近、第二次大戦での活躍に対して州から叙勲をうけ、わたしは「それで義父さんは、日本と戦ったのね。おめでとう」と茶目っ気たっぷりに言ってあげたら、彼も笑ってました。肩を並べて話しができること、そして認められたことに感謝。

にほんブログ村 海外生活ブログ アメリカ東部情報へ

11/25/2008

冬支度と サンクスギビング

雨がシトシト、ザバザバ、ふっています。

シトシトと ふっているようにも見えれば、
ザバザバ ふっているようにも、聞こえます。

シトシトと見えるのは、冬も本番かー
昨日までのようにマイナスの温度に下がれば、きっと凍るだろうなと考えて、コンピューターを打ちながら、見ているからです。。

ザバザバと聞こえるのは、
もうすぐサンクスギビングだ、用意しなくっちゃという、自分への警めの気持ちがはいっているときです。

まず、冬タイヤに変えなくては、このごろタイヤがよく滑っていましたから。Snow Dayや Cold Dayで学校が休みになるここらあたりは、本当に路面も凍ります。今年はもう、北海道でも、マイナス20度だそうです。去年は、南のコネチカット州やニューヨークの方がよく雪が降ったそうです。
4輪駆動か、スノータイアが必須です。スパイクは我が州は使えません。昨日犬の散歩用に手袋も出してきました。

庭のトランポリンもブランコも、ピクニック用テープル等も片付けます。

薪ストーブもパチパチもえています。パチパチと火のこの音と、雨のシトシトと二重奏です。

サンクスギビングは、例年通りコネチカット州の義兄の家でご馳走を持ち寄ります。
でも、私はいつもなぜか、砂糖やバターを遠慮してしまうせいか、アメリカ風にならないので、義兄弟や義妹さらに甥、姪、の作るカブと、カボチャと、小タマネギのクリーム煮とターキーの詰め物に舌鼓をうつのみです。

いつもパイは、レモンメレンゲ・チェリー・パンプキン・アップルパイと数種出て来て、へきえきしますが。アメリカにもどってきたばかりの10年前、子供たちはチョコレートケーキも食べれなかったのに、今はこれらのアメリカの味が大好物です。
おまんじゅうよりは パイを好むようです。

皆さんは、どんなサンクスギビング料理でおもてなし、それともおよばれですか?

私はサラダと、オードブルのシュリンプカクテルでも作りますか。


そろそろ仕事に戻ります。

にほんブログ村 海外生活ブログ 国際生活へ

11/22/2008

シュタイナー学校のホリデーフェアー






















初雪がちらほら舞う中、今日は子供の通う学校のお祭り。毎年サンクスギビングの前の土曜日に、ホリデーフェアーがある。7年生と10年生になる我が子は、ポップコーン売りに、下級生の子守りに、友達とつるみにと人混みにまぎれて行ってしまった。で今年は、全くの運転手だったので、写真がない 2007年の 学校新聞より。
From left  top: Pocket Lady親や先生の手作りのオマケが入っている、Pony Ride 子馬や馬車へ 
Ginger Bread house 毎年子供や大人がすべて食べれるものばかりでお菓子の家作り
/今年我が娘は友達と竜宮城に挑戦, Winter Queen冬将軍ならぬ冬の女王が雪をちらつかせていく
 Fairies 森の妖精たち Bonfire & Town Crier キャンプファイヤーの周りでは生演奏とお知らせおじさん

相手を認め合う夫婦には、異文化間も同文化間も同じ

最近、国際結婚をしてアメリカで住み始めた友人へアドバイスをしてみた。
しかし、すれ違いや、意見の行き違いはどの夫婦にも、多かれ少なかれある。
それをどう乗り越えられるかなんて、秘訣はないと思う。

以下は彼女へのアドバイス。二人で人生決めて、また二人でとことん話し合ったって、まず漕ぎだしてみないと。あえて国際結婚が同じ国籍同士で法の下夫婦になるのに、決定的に違うことは。国籍が違えば、成り行きで結婚しましたということは絶対あり得ないこと。
成り行きでは、結婚届は出せないし、住むところも思い切って決めないと、夫婦同居はかなわないこと。成り行きで一緒に暮らし始めて、いつの間にか夫婦やっていましたなんてことには、どちらかが違法で住居しない限り無理。それとて、かなり勇気もいる。

だから、とことん二人で話し合うことは、必要になってくる。
とくに言葉のコミュニケーションを重んじる国の人間が相手だと、いろいろ説明しなくてはいけないから、自己表現は重要になってくる。こんなこと考えて夫婦やってます。

昔の日本での学部論文は「異文化適応ー国際結婚の考察」でした。
もちろん、結婚5年前の私には、まさか自分が異文化結婚するなんて考えてなかったし、まさか海外で生活するなんて計画もなかった。

でも教授連に聞かれたのは「結論として、君は国際結婚は難しいかね」と。
わたし「本人が異文化にいるという認識を持って進めるより、どのように物事を捉えるか、時間をやりくりするかという文化という領域じゃなくて、個人対個人の心理的要素ととらえる方が、もっとも新しい生活に適応していく上で大きいと思う」というような、まったく専攻の人類学の離れたことを応えたような覚えがある。

昔の論文はどうでもいいけど、こちらも結婚して20年その間すれ違い多々、でも今もやはり相手を人としてどこまで尊敬できるかがキーだと考えている。

一人一人、人生の捉え方、モラルも、お金の価値観も使い道だって違うし、何を大事にしていくかが、育ってきた環境が違うんだから、もろもろが違ってあたりまえ。たとえとことんまで話し合った結論だって、いづれ変わってくるだろう。でもあなたが彼を人と尊敬していれば。彼もそんなあなたにAcceptされて、あなたの彼の出した結論へたどり着いたまでの足跡をみとめてくれるだろう。お互いを尊敬し、相手を認めて、はじめて二人の人としての成長があるでしょう。 夫婦ってお互いに足引っ張り合うこともあるけど、一人が人間として成長していく過程は、それを認めた相手も成長していくよい試練だよね。

あなたが、いっていた「何が何でも、。。。ハングリー精神云々」の話って、そんな風に相手は考えていない、道徳観が違うと思う。少なくとも、私の年代は、ボーっとしてると「たるんでいる」とか「なせばなる、何事も」なんて訓戒を叩き込まれ、すぐに精神を鍛錬して、何事にもことにあたれ、がむしゃらに生きてみろといわれてきた。

アメリカ人のわが夫は、日本の実家の父に結婚を日本流に申し込みにきたとき「お前は私の娘に何を望むのか」と聞かれて、「リラックスしてほしい」と一言でした。
いまだに、私の目から見れば、がむしゃらじゃない彼を見るといらいらするけど、怠慢なのとリラックスを履き違えて来てしまったのは私かなと振り返ること多々。
夫婦でビーチへバケーションにいっても、あちこち見て回ろうとする自分の姿は、確かにかれからみれば、リラックスできない人種らしい。
なんかアメリカの夫たちは「がむしゃら」にやっているように人に見られるのは、格好いいことじゃないと思っているのではなかろうかとさえ、思えてくる昨今です。

11/17/2008

わー日本の政治家も面白いことやるね,麻生のニコニコ動画出演,小沢のネット生出演

11/09/2008

オペラ「ドクターアトミック」原爆製作科学者や関係者の罪の意識と神の啓示

あこがれのメトロポリタン=オペラへ行ってきました。
Doctor Atomic’ 原子力爆弾製造した科学者で、4国語を操りサンスクリットを原書で読むオッペンハイマー博士と、彼を崇拝する平均25歳の若さの研究者、なかなか天気が協力してくれないと憤る軍部と、すでに地上に何が起こるか愁いていて、祈って踊っていたテワ・プエブロ・インディアンの人々が織り成す、
最初の原爆テスト前の心の様をオベラに表現しました。4年も資料集めにかけ、当時の関係者を一人一人検証しただけあって、かなり事実に基づいているでしょう。
ピューリツアー受賞者ジョン・アダムスがオペラ制作を引き受けた折、アメリカの恥部と、アメリカ人の原爆を最初に武器として使ったことにまつわる罪の意識にライトを当てたかったといったそうです。

オバマとだったら話し合ってもよいといったイラク首脳も、このジョンアダムスも今なら、オープンに話せる。と機運が出てきました。
戦後63年にかかってようやく人々が、公で話せる感情ではないかと、アメリカ人の夫ものたまいます。
立見席と追加公演が出るほどの評判でした。


NYタイムズより、プレビューと制作者インタビュー
http://www.nytimes.com/2008/10/12/arts/music/12gure.html?_r=1&scp=1&sq=Metropolitan.opera%20Doctor%20Atomic&st=cse&oref=slogin

11/07/2008

マッケインの宣言、お疲れ演説、

『American People spoken clearly, アメリカ国民は、明確な意志をしめした」と最初で、マケイン氏が支援者に語ったときは、感心しました。それにしても、ライバルも潔く認めるほどの大差でしたね
散々,悪言をはき,醜い揚げ足取りを展開していたのは,あなたでしょうと,民主党応援者が7割以上のリベラルな友人,家族はいっていましたが.

かれらオバマを応援しているものも、まさか本当に勝てるなんて、思っていなかった人も周りには多かったです。過去2回選挙結果を改ざんされたトラウマを引きずっているから。また、どこかで何かが起こるかもと、かなりオバマ陣営にも最後まで緊張と、現選挙システムに対する疑心暗鬼が横行していたのは、事実。アルゴアの時を思って感慨にふけっています。

11/06/2008

オバマフィーパー 因縁のシカゴで百万人が涙す。Obama on Stage w/ over 1M people in Chicago

オバマ・フィーパーのかげに日本の片思い OBAMA Feaver Japan's counter reaction??

こちらは、オバマフィーパーで、平和への道へ進んでくれるかなと、みな明るい期待に胸膨らませています。


今まで保守的な州だったバージニアやコロラド、ニューハンプシャー、ノースカロライナなどなど,
若い人たちの希望を一手に数字に集めているのに対して、投資家の思惑が集まるウオール街の反応はよくありません。翌朝、早速マスコミがこぞって「蜜時はおわった、オバマの最初の数ヶ月、試されている。彼がどうこの金融街を扱うか、引き締めてかからないと」とそれぞれコメンテイター、評論家などなどは声を揃えて冷淡に見ています。きっと、彼ら自身も希望に涙しながらみていた一人だろうに。

マサチューセッツの片田舎の我が家にはケープルテレビを受信していないので、こんなときにはテレビニュースのかわりにコンピュータースクリーンにて何局も同時に見ることになった。便利になった。いつも世間様を冷静視している高校生の息子とともに家族でコンピューターに釘付けだった。

それにしても、
日本国内の人々が思うほど、アメリカ国内では、日本がどんな反応するかなんてあまり興味がないということがつくづく分かった。当日夜11時過ぎのマスコミのオバマ勝利宣言から、11時半のマッケインの敗北宣言、そし12時半のオバマ自身の家族とともどもの舞台挨拶まで、各メディアが世界各地の反応、取材を報告していた中に、CNNもNBCもNPRもデモクラシーナウもどれもこれも、ヨーロッパ各国の様子や、中国、アフガニスタン、イラク、ケニア、オセアニアの様子は伝えても、日本の反応も、政府のコメントも何も伝えてこない、次の日の朝でさえ、あっさりすぎるほど、ネットワークが日本の反応を取材したというニュースが伝わってこない。アメリカにいて、日本のニュースをコンピューターであれこれ検索しても、新聞ニュースを並べてみても、日本の反応は、あまりアメリカに影響がないと思い込んでいるの? 対岸の火事じゃなくて、十分に影響のあることなのだけどな。
他国で災害時にあった時に、まずよその国の出方を見る政治家と経済界の態度が一般人にも反映されているって,
思い込まれているのかな、こんなにリポートがないと、わずかに駐日大使がコメントしていたのが目に入っただけ。これはどういうことでしょう? 日本の片思いなのか、日本がどう思おうと関係ない、間の抜けた政府が何をほざこうと相手にしていないということでしょう。残念です。

日本の反応もしりたい、誰か民間の反応をもっともっと知らせて。


初めてブログしてみました.まずは,下もクリックしてトライしてみてください.
にほんブログ村 海外生活ブログ 国際生活へ