2/28/2011

SNS 恐るべし。twitter 革命にfacebookに始まる一国の民主化へ。しかしブログは恐るに足らないと米国の外交誌

朝日新聞がよく引用する、米国の外交問題をリポートしたり、論評を書いている雑誌フォーリン・アフェアーズ。
すこし右寄りな記事も多いですが、興味深い論評が昨年の12月に掲載されていて、エジプトの民主化、中国政府の牽制をしる今、読むと面白いのでここに掲載します。


(世界的に影響力のあるフォーリン・アフェアーズ論文や発行元の米外交問題評議会(www.cfr.org)による分析の日本語訳の抜粋を掲載しています。)と朝日は書いていますが、

個人的には最後の部分、この記事を書いた人のブログ掲載者にたいする意見は、賛成しかねます。

フォーリン・アフェアーズ リポート

インターネットは自由も統制も促進する —— 政治的諸刃の剣としてのインターネット

2010年12月10日発売号
イアン・ブレマー/ユーラシア・グループ代表
■テクノロジーは自由を拡散するか
「情報技術は時間と距離の制約を取り払った」。1997年に(フォーリン・アフェアーズ誌に寄せた論文でこう切り出した)シティコープ(現シティ・グ ループ)の元最高経営責任者ウォルター・リストンは次のように続けている。「独裁者が市民を支配するジョージ・オーウェルのビジョンが実現することはな く、(情報技術革命によって)市民が独裁者を監視できるようになる。そして、自由という解毒剤のないウイルスが、電子ネットワークをつうじて世界のあらゆ る地域に拡散されていく」

2/16/2011

エジプト民主化ニュース、ブログまとめその2

こちらのブログでも栞として、時々紹介している保坂さんのブログ
ヨーロッパから「エジプト民主化」コメントが掲載されていた。自分のメモの意味もあって、引用させて頂く。
さらにアメリカの労働史にでてくる工場の民主化への流れで起きたストライキの様子の比較が興味深いので文末に掲載。

 2011.2.12 飛幡祐規(たかはたゆうき)さんのブログより「アラブの春−チェニジアとエジプトの革命と民衆の力
チュニジアにつづきエジプトで起きた民衆革命、ヨルダンやイエメンなどアラブ世界に波及しつつある震動をヨーロッパから追いながら、いま歴史が動 いているのを感じる。2001年の9.11連続テロ以降、ブッシュ大統領のアメリカ合衆国が圧倒的な軍事力と資本によって国際社会に押しつけた不自由な世 界ーー自分と異なる人々や文化を危険なものとして疑い、敵視し、抑圧しようとした二元論の有害な嘘が暴かれ、崩れつつある。この動きが何をもたらすかはま だわからないが、世界が新しい時代に入ったのはたしかだ。めざましいと感じた点をいくつか記しておきたい。
まず、チュニジアとエジプトで起きている出来事は「革命」とよぶべきものだ(なぜ日本の主要メディアはこの言葉を使わないのか?)。予想できな かったありそうもないことが起きて、既成の秩序を覆すーーそれが革命だ。辞書には、「被支配階級が支配階級を倒して政治権力を握り、政治・経済・社会体制 を根本的に変革すること」と定義されている。両国では、被支配階級の民衆が非暴力の抗議運動によって、政権を打倒するにいたった。この革命過程が成功すれ ば、体制が根本的に変革されて民主主義国家が築かれるだろう。挫折したり、真の変革が起きずに別の勢力に権力を握られたりすることもあるが、革命の精髄 は、思いもよらなかった民衆の行動が既成の体制を覆すという点にあると思う。その意味で、ベルリンの壁の崩壊につづく東欧諸国と旧ソ連の変革に匹敵する革 命が、アラブ世界で始まったといえるのではないだろうか。


これまで、いわゆる西欧先進国(自由世界)では、テロとイスラム原理主義の脅威を防ぐためには、アラブ諸国の 強権的あるいは独裁政権と協力し、その反民主主義的統治にも目をつぶる以外に道はないという理論が信じられ、実践されてきた。つまり、アラブ国家にはイス ラム原理主義か強権的政権のどちらかしかありえない、アラブ人は民主主義国家を建設できないという考え(偏見)が信じられていたのだ。ところが、チュニジ アとエジプトで起きたことはその理論をくつがえすものである。これらの専制政権は、イスラム原理主義と闘うという名目のもとに、ムスリムの組織に激しい弾 圧を加え、運動家を投獄し拷問にかけてきた(殺された人も多い)。その弾圧はブッシュの戦争と同様、テロを防ぐことはできなかった。、、、

 チュニジアとエジプトでの民衆デモの映像や報道を見ればわかるが、蜂起した人々の大多数は宗教団体に属さな い市民であり、抗議運動においてチュニジアのエンナーダとエジプトのムスリム同胞団が担った役割はとるにたりない。双方とも非宗教の民衆革命といえるの に、イラン革命のような宗教勢力が擡頭するのを怖れる声がただちに上がった。この恐怖も、原理主義の脅威という強迫観念(ほとんど妄想)が生み出したもの である。

、、、
ベンアリ失墜後に旧勢力への報復リンチはまったく行われなかった。
エジプトでは、ムバラク旧大統領がベンアリの二の舞を踏むまいと、2月2日に「親ムバラク派」と称する暴漢(主に政権に雇われた貧困層や警察官) をタハリール広場の反政権派に対して放ち、民衆に恐怖を植えつけて分断しようとした。抗議運動がつづいた18日間の死者は三百人以上にのぼるといわれ、多 数の市民が負傷し、逮捕・監禁された。しかし、暴挙を受けても彼らは自由の象徴となった広場から離れず、自警団を組織して混乱を阻止した。広場では、携帯 電話の充電、水・食料の配給、ゴミの処理、掃除などが自治によってオーガナイズされ、負傷者はボランティアの医者・看護士によって無料で治療された。ソー シャルメディアを駆使する若者とイスラム教徒、コプト(エジプトのキリスト教徒)、労働者、医者、弁護士、教師などさまざまな職業と階層の人々が共生し、 議論をたたかわせ、力を合わせ、助け合った。途中から家族連れや女性も大勢運動に参加し、男女を分離しようとした宗教者は一笑に付された。他者を尊重する 寛容な民主主義の理想が実践されたのだ。ムバラク辞任の後に、彼らは広場の片づけと清掃を行った。

彼らが求めるのは自由と公正な社会ーー民主主義の理想であり、人らしく生きること、つまり 人間としての尊厳である。抗議運動が広がり、大勢の人が同じ理想と希望を抱いているのを実感した彼らは、恐怖から解放された強靱な集団になった。

アメリカにはチュニジアの詳細はあまり入って来なかったが、両国の民主化運動のひろがりがが伝わって来た。

ちょうど高校の労働史の授業で
アメリカで起きたストライキの様子の詳細に触れる事があったので、ここに紹介したい。

2/12/2011

エジプトの人民自由を手に入れるか、フェイスブックが発端? 日米メディアの反応

エジプト・ムバラク大統領辞任、エジプトに民主化の波! 人々の歓喜の姿が米国でも流れています。
アメリカでは、オバマ大統領をはじめ、これを歓迎する声が大方ですが、なかにはFoxニュースなど保守でかなり右寄りなメディア(日本では、よくこのニュースも引用されるようですが)は中東への影響を懸念し、アラブが世界を制覇する幕開けだと、これをテロとくっつけ聴衆に恐怖をあおっている学者やニュースキャスターもいます。
MSNのニュースでは、エジプトのある青年が不当に投獄されたのをきっかけに、ムバラク政権を独裁だとして、フェイスブックで民主化を呼びかけたのが、今回のデモのきっかけだと、エジプトからのコメントを掲載している。もう世界中インターネット接続可能な携帯電話があれば、人々の声は上げられる。と言っていたがとても印象的だ。 
2−3日前、9人の犠牲者が出た時点で、米の報道人がエジプトの人々にマイクを向けると、「これは暴力に訴えた反政府デモではない。これだけの人が街頭に出て、むしろ犠牲者は最小限に食い止められているんじゃないか。海外のメディアは暴力に訴えたゲリラだと報道してほしくはない。われわれは平和裏に民主化を求めている」。メディアのありようで、エジプトの様子はどんな風にも報道される。
恐怖の対象となったり、ただの対岸の火だと決めつけられたりもする
一方日本のニュースはお祭り騒ぎだとか、他国の反応の報道ばかり目立って、その騒ぎがエジプトの一国の国のみならず世界に及ぼす影響や、歴史的な意義についてコメントを避けているようだ。