1/14/2012

キング牧師の最後のスピーチ「Mountaintop」スピーチ

明日はキング牧師の誕生日にちなんで米国は祝日になります。
キング師の’I have a dream' はあまりにも有名なスピーチですが、彼が暗殺で倒れる前日
、体調を崩して演説の代打をたてていたのに、集まった人数があまりに多いからと、急遽原稿なしで、テネシー州メンフィスのゴミ清掃員のストライクにおいてスピーチしました。そしてこれが最後となりました。



このスピーチは今のOWSを思わせます。キング牧師は1968年ベトナム戦争に巨額の税金が使われていることを指弾し、すぐさま'Poor People's Campaign'(貧民大キャンペーン)を展開します。これは現在の米国や世界の若者を中心とした金融街占拠に通じると考えさせられます。


そこへ1963年ジョンFケネディー大統領の暗殺がおこり、65年には最終的にキング牧師と手をつないで市民権運動を進めて行こうとした矢先にマルコムXが暗殺され、さらに68年に、憲法の保証する言論の自由の権利、印字の権利など合衆国政府の弾圧は自国の 憲法違反だとして、戦争問題と貧困問題を指弾したキング牧師も暗殺されました。そして69年にこのキング牧師に「アメリカ中の貧者をDCに集めては」と提案していたケネディー大統領の兄、ロバート・ケネディー上院議員も暗殺されます。


キング牧師最後のスピーチでは暴力に訴えるのではなく、経済産業界に消費者である市民に公平な扱いをするように求めました。60年代に今でも米国を蝕む産業界の不平等、経済社会の不均衡を、すでに指摘していたのでしょう。これらを是正するにはある程度の自己犠牲をも甘んじて払わなくてはいけないといっています。

 unconstitutional injunction. All we say to America is, "Be true to what you said on paper." somewhere I read of the freedom of assembly. Somewhere I read of the freedom of speech. Somewhere I read of the freedom of the press. Somewhere I read that the greatness of America is the right to protest for right. And so just as I say, we aren't going to let any injunction turn us around. We are going on.

We need all of you. And you know what's beautiful tome, is to see all of these ministers of the Gospel. It's a marvelous picture. Who is it that is supposed to articulate the longings and aspirations of the people more than the preacher? Somehow, the preacher must say with Jesus, "The spirit of the Lord is upon me, because he hath anointed me to deal with the problems of the poor."

We don't have to argue with anybody. We don't have to curse and go around acting bad with our words. We don't need any bricks and bottles, we don't need any Molotov cocktails, we just need to go around to these stores, and to these massive industries in our country, and say, "God sent us by here, to say to you that you're not treating his children right. And we've come by here to ask you to make the first item on your agenda fair treatment, where God's children are concerned. Now, if you are not prepared to do that, we do have an agenda that we must follow. And our agenda calls for withdrawing economic support from you."
 
Let us develop a kind of dangerous unselfishness.危険を伴う自己犠牲の行為
One day a man came to Jesus; and he wanted to raise some questions about some vital matters in life. At points, he wanted to trick Jesus, and show him that he knew a little more than Jesus knew, and through this, throw him off base. Maybe they felt that it was better to deal with the problem from the causal root, rather than to get bogged down with an individual effort.

キング牧師は、不買い運動、ストライキなどは危険を伴う自己犠牲の行為が必要だとしています。現在、ウオール街を占拠している人々は、少しもよくならない経済の低迷を政治のせいにし、自己の生活を替えようとはしていないでしょう。自分の生活も見直す必要があると、今日改めてこのピデオをみて自分を諌めました。

1/08/2012

年末、年始ニューヨークとボストンで過ごす。個性の反映した旅のあり方?

辰年の年頭におきまして、初春のご挨拶申し上げます。
今年はマクロなビジョン大局的な視野に立ち、地産地消に加え足下からの平和を打ち立てていければと抱負をたてました。どうなることでしょう。辰年ですから、舞い上がりやすい私ですが、地に足をつけられるでしょうか。


私達夫婦は、まったく対照的な旅の過ごし方をします。
私は日本人によくありがちに、まず初めての土地へ行ったら、事前に、もしくは到着した空港で集めたガイドを眺めて、行きたい場所やレストランをチェックをして行きます。

観光地だったり、美術館だったり、はてはネットで見つけた穴場だったりします。

仕事でいっても、仕事の後にしっかり観光やおいしい穴場を必ずチェックします。
お金をかけて現地まで行ったのだから、その分、元をとろうとするのが魂胆です。

最近「いつもパワフルで」と、年賀のコメントやfacebookでよくささやかれておりますが、自身は「そんなにパワフルにあちこち動き回っているように見えるかな」と首をひねってもおります。いつも自然体でいるつもりなのに、その私の自然体こそがあちこち駆け回っていることに気づかされもします。

しかし夫はのんびりするために旅行するので、 欲張りにあちこち回ろうとはせず、気が向いたら観光でも穴場でも回ろうかというスタンスです。

この年始、年末は我が家に来ていたオーストラリアからの留学生とNY、ボストンへ泊まりがけで行って来ました。これら車で2−3時間の街には、いまではよく日帰りで食料品買いに出かける位です。

今回のNYとボストンは、留学生の希望通り動こうと予定を組まず、家族4人プラス留学生で出かけました。事前の用意は、宿の手配とブロードウェイショーのチケットを手に入れた位でした。

 これがオーストラリア人や娘、息子、夫の旅の過ごし方です。
せっかくクリスマスにNYへ来たからと、ゴスペルをハーレムの教会で聴こうと誘っても反応なし。

ではクリスマスの時期に有名なロックフェラーセンター前のアイスリンクでスケートをしようとしても、ヨーロッパやアジア諸国の観光客が黒山の人だかり、5番街から リンクのあるロックフェラーセンターまで身動きできないお上りさんの長蛇の列で「またにしよう」とすぐあきらめます。

結局、世界一の舞台の広さを誇るメトロポリタンオベラ劇場まで行っても、しかもその有名なオペラ劇場の全面に掲げてあるシャガールの特大絵画もカーテンがかかっていて見れずに、また肝心なオベラも観ずに近くのリンカーンセンターで映画を観ることになりました。これもチケット売り切れで、またとぼとぼ人ごみにもまれながらカーネギーホールやNBCテレビ スタジオ横を通ってブロードウェーを歩いてとぼとぼホテルへ帰ってきました。それでも、わざわざオーストラリア組んだリから来たのだから、せめてNYのアイコン、タイムズスクエアーの劇場街を歩いても、2−3枚「ライオンキング」「メアリーポピンズ」を演じている劇場で写真をとって、さっさと人ごみを避けホテルに帰って来る始末

それでも、翌日は娘たちテイーンエージャーの好みそうなブランドの店がならぶ、SOHOに出かけ、セントラルパークを歩いてメトロポリタン美術館へ繰り出しました。でも、館内はヨーロッパのお上りさんばかりで混んでいたので、早々に出てきました。

エンパイヤーステートビルより混んでおらず、眺めのいいといわれるロックフェラーの最上階から夜景を見たり、

ジョンレノンとヨーコが住んでいた「ダコタハウス」マンションと横にあるセントラルパーク内のジョンレノンの哀悼碑「ストロベリーフィールド」を回ったり

ワールドトレードセンター跡を周り、すっかり観光地化したウオール街占拠デモが散らされた跡を見学しました。

自由の女神の島へ行くには身分証明書がいるのに、パスポートを忘れてしまったので対岸のバッテリー公園で自由の女神を眺め帰って来ました。しかし肝心の女神は、向こう向いてお尻だけでしたが。



こうやって列挙すると、やはりあちこち連れて行ったなと思いもしますが、その時はあれも連れて行けなかった、これも連れて行ってあげたかったとの思いが募るばかりでした。



「せっかく」行ったメトロポリタン美術館も人が多くてすぐ出て来てしまったし。他の美術館や、クロイスター屋外彫刻展だの、現代美術館MOMAだの、国連本部の本会議場や、アメリカ移民史の要、エリス島や、インディアン博物館なども見せたかった。

しかしそれらは私の見せたいと云う思いでしかありません。
オーストラリアからの留学生はそれを望んでいなかったでしょう。


年明けて、いよいよ交換留学最後の日はボストンへ繰り出した。が当日は海風が身にしみる寒さで、結局クインシーマーケットに繰り出しただけでした。オーストラリアにいる両親が新婚旅行でやってきて、よく話を聞かされたボストン市内の今はアラブ商店街になった地区のオイスターバーに、土産話に行っただけでした。そこで生ガキに舌鼓をうってホテルへ早くも直行。それでも翌日朝早く発つため、予約した空港近くのホテルからは、きれいなボストン港と市景が夕日に映えていました。
そして、
彼女はどんなアメリカをもって帰ってくれただろうか。