11/29/2009

赤字予算70兆の事業仕分けのひとつの見方、共同通信配信/地方紙それぞれの立場

ばっさばっさと仕分けするのも大変だが、仕分けに批判的な人は
70兆もの予算要求をどのように
まかなえと言っているんだろう。


この経済低迷の中、40兆の税収入が入るらしいが、後は国債でまかねえっていうのだろうか、
それではせっかく変化をもとめて、長い保守政権にさよならをするため投票した選挙民の判断の結果できた
現政権を引きずりおろさんばかりの批判の数々である。

まずは先日、『再生の町」のビデオみた、以下に転載するのでご覧いただきたい。最終回の『決断」の回である。

 http://embed.awe.jp/?key=aHR0cDovL3d3dy5tZWdhdmlkZW8uY29tL3YvVU9BNjdRS1hhYTI1OGUwM2E5ODQ3ZjJjYzM3ZWJhNjdmNjkxNTFkMHx8fGh0dHA6Ly93d3cubWVnYXZpZGVvLmNvbS8%2Fdj1VT0E2N1FLWA%3D%3D 
 

住民たちは、疲労困憊し唯一未来に希望託して、この10年開発計画に町の発展を重ね合わせきた。
市行政が経済崩壊しているのに、借金してまでこの開発にかけようとしている。

一方赤字財政を受けて財政刷新のプロジェクトチームが1つ1つの事業をみていくと、
住民の希望の開発予算を計上するには、お年寄りのデイサービスの人員をきらなければいけない、
救急車も通れない旧市街の区画整理の予算を凍結しなければいけない、
保育支援も削減して、幼児を持った親たちは働けなくなる、
さらには医療も削減カットの標的となる。

そこでプロジェクトチームは今を生きる人を見殺しにしてまでも
開発か、発展かと住民みんなに判断してもらおうではないかと、住民との仕分けが始まる。
住民と1つ1つの予算をみていくとということになった。
現実にあった、ある経済破綻市町村の話らしい。

それでも現在の日本の事業仕分けニュースを海外からみていると非常に全体として見えてこない、
批判の声ばかりが聞こえてくる。

そんな中、あるビデオ講演に興味がわいた。
地方交付税の中から、道路を作るという予算がおりない、
それは政府の規格通りの道路工事をしていると11万円が1㎡あたりにかかるらしい。しかし企画に外れた側溝のブロックを使い、道路幅も除雪車が入るぎりぎりの3.5m幅に国の企画の5m幅から縮小すると予算は1/6以下で済むと。つまり今まではこうしてきたから、経済が潤っていたころの慣例に倣って工事をする、ひょっとして業者からの提案できめられたかもしれない規格そのものを見直す、そうした事業所や、勢いで建設してきた博物館、事業団のビルをどんどん見直していくべきだ。

科学技術や研究費の予算がどんどん削られていることに対する批判が特に大掛かりにマスコミに取り上げられている。研究員は未来の夢だ、先端の開発だといっているが、自分の明日の未来がなくなるという切羽詰まった声にしか聞こえてこない。製薬、バイオ、科学など、縦割りで共同研究できにくい、同じ研究を秘密裏に別々の研究所で行われているなんてことがざらな世界だ。どこか最初に発表するかで膨大な予算が割かれていたりする。留学生の援助がきられるのではと、その予算の見直しが採決されたとき、そうした憂いがあった、実際中身をみてみると留学生を直接面倒みる職員の給与より、事業費に大幅な税金が遣われていたなんてことがあったようだ。

仮に科学の先端に希望をつないで、自分たちの明日の未来と名声のために予算が削られていることを憂いている人たちの家族に高齢者がいて、高齢者医療の予算が削られてまで科学先端の事業費を要求するだろうか、

もっともっと一人一人の納税者が大局に立って、全体の予算の割り振りを視てほしい。全体をみないで、自分の主張ばかりして、批判ばかりしていたら、
未来の世代に借金ばかり残すことになりかねない。
未来に夢をつなぐ前に、人口の先細り現象で高齢者社会になった将来の国を誰が責任を取るのであろう。

愛読書の篠田節子女史の「静かな黄昏の国」を連想させられて怖くなる。そこに描かれた日本は、疲労しきっていて、経済にも生産性もない国のなれのはてが描かれていた。


以前2/03/09に書いたブログでアメリカ地方行政のほんの一幕をかいたが、
http://cyamazaki-heineman.blogspot.com/2009/02/ii.html

記事の1部を抜粋「近くの人口の密度の高いホリヨークだと、お年寄りとプエルトリコの人口が町の大半を占める。昼間の就労時間に選挙が行われるため、低賃金の仕事に多くついている就学時の子供をもったプエルトリカンの彼らには選挙にいく余裕がない。選挙に行かれる年寄りは、教育より福祉を優先しろと、市民投票をかけ教育費に全くお金がまわらない。昔から学校が退廃していると評判の町だ。

結局、各町村の住民たちは、自分さえ良ければ自分の税金が直接、自らに降り掛かる暮らしを良くしてくれればよいと、目先ばかりにこだわった民主主義の究極の1つの様子が見えてくる。将来を見据え、自分だけじゃなく、自分の子どもだけでもなく、全ての人が幸せに暮らせるようになるには、一人一人が大局にたった意識を持たねばならないだろう。自分だけがよくてもどこかで行き詰まっていく姿が、この近辺の町の姿に見た。」一部抜粋おわり


さて、事業仕分けはどうなったか、その舞台の様子を伝えるブログ「みどりの一期一会」から転載させてもらった。

事業仕分け記者座談会 傍聴者も判定、会見乱入も
2009年11月29日 中日新聞

 政府の行政刷新会議の事業仕分けが終わった。十一日からの前半戦、二十七日までの後半戦の計九日間、会場となった東京・市谷の体育館に詰め掛けた人は計二万人弱。仕分け現場の熱気は日を追うごとに高まっていった。人波にもまれながら、前代未聞の「予算削減劇」を取材した記者たちが記事に書かなかった仕分け現場の様子を語り合った。 (事業仕分け取材班)

11/27/2009

アメリカの食文化のながれ。米国収穫を祝う感謝際をおえて

昨年のサンクスギビングの記事「サンクスギビングにみる世の中の移り変わり」の

http://cyamazaki-heineman.blogspot.com/2008/11/thanksgiving.html、
記事の続きを

以前はこの記事に書いた様な
飽食がパーティーと言わず、人が集まれば、どこでもみられていた、それはアメリカの豊かさのシンボルというより、
日本で高度経済成長以前に育ってきた日本の食文化とあまりにかけ離れた感覚からおこる戸惑いだった。

しかし、今はどうだろう。
個人主義がこの国の食文化にまで及んで、多様化したそれぞれの嗜好にてんてこ舞いだ。


いや嗜好というより、アレルギーや思想・宗教が食制限に及んで、人を呼んでおもてなしをする方は
もうてんてこ舞いである。娘の友達の多くは好き嫌いの種類が多用しすぎて、何を出していいか、アメリカでパーティーをする親や、大人たちを集めて開く食事会では頭を悩ましているのが、現状だ。

食制限をDiet ダイエットと呼ぶが、まず一般的なダイエット食制限から紹介しよう

Vegetarian: 菜食主義者と以前は訳されていたが、今はこれも多用している。
4つ足を食べないけど、鶏肉や魚は食べられるベジタリアン
肉は一切受け付けないが、魚は大丈夫なベジタリアン
肉、魚の形がなければ大丈夫としたベジタリアン、
肉、魚の味やにおいがしてもダメなベジタリアン(出汁に困る)
Vegan 肉、魚、卵、チーズ、動物性タンパク質が一切ダメなビーガン (バターで炒められない)

さらにアレルギー関係では (中には命に関わることもあるので、十分な注意が必要)
ビーナッツアレルギー、
木のみ全体がダメなナッツアレルギーでこれにはココナッツ油等も含まれる
小麦アレルギー 醤油をはじめかなりの調味料にも往々にして入っているので要注意
グルテンアレルギー あらゆる穀類が入ってくる
アトキンス・ダイエット :は健康食として紹介され、あらゆる炭水化物を食べない
穀類のみならず芋類もダメ、よってタンパク質と野菜が中心になる
卵アレルギー
乳製品アレルギー
さすがにアメリカではあまり訊かないがそば粉アレルギーというのもある。

アレルギーなので、勝手に自分で食べないのだからほっとけばいいというわけにも行かない。
クラスみんなで祝うべき誕生会には、今日びケーキを持って行けないし、アイスクリームもダメ、自然とフルーツサラダになる。こうしたアレルギーや嗜好の子供を持つ親は、大抵子供が食べられる代替食をもたせる。
しかしピーナッツや卵、乳製品アレルギーの子供は、同じ部屋にいて、その空気をすっても呼吸困難になることもあるし、ましてや衣服に付着するだけでも大変といった自体も出てくる。

なかには、トマトがダメ、ピーナッツバター以外食べられない、このブランドなら大丈夫だが、同じ加工品でも他のブランドだとアレルギー反応が出ることもあるらしい。

この人たちが旅行に行くとどうなるか、全て食事を運んだり、炊飯器を持ち運んでの旅になると訊いた.

さて、昨日のサンクスギビングでの話し、
以前は私たち一家以外は義兄や義父、義妹、義姉たちはスーパーで大量に安い食べ物を買い、
癌であろうと、糖尿病であろうと、ダイエットコーラを呑み、化学調味料を大量に消費してきた。

しかし
昨日は、まず義兄の小麦アレルギーに始まり、姪のグルテンアレルギー、他の姪はある日突然ベジタリアン宣言をし(そこのうちは殆ど野菜を食べなかった)以前はこうした家族の集まりに、何を持って行っていいか、あまりに違う食生活に悩んだが、今度はかれらが、私たち一家が以前よりたべているオーガニックの野菜や七面鳥を食し、
パイにもグルテンを一切使わないものがでてきた。それでも相変わらず量が多いが、でも食にもう少し意識を持ってきた。意識を持ちすぎて、体が反応にしすぎていることもあるかもしれない。しかしあれほど好き嫌いの激しかった10名以上の姪たちが、社会にでて、いろんなものが食べられるようになればと願っているが、

これも飽食文化のなりのはてかもしれない。



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11/24/2009

Bowing to Japanese Emperor お辞儀の話しその2、マスコミの公的責任

各国大使が日本に着任すると、天皇から日本の代表からの信任状をもらいに皇居へ挨拶にいく。
皇居から迎えの2頭だて馬車が差し出される。
そのとき、天皇にどれ位の角度でお辞儀をするかと、
米国新任大使に指導がいったようである、真剣に駐日米国大使ルースは練習していた。

毎年各国駐日大使と天皇との謁見が正月に繰り広げられるが、
これは国の大きさ順でなく、着任履歴が長い順からだと訊いたことがある。
この機会を楽しみにしている小国の大使もいるとか。まずは典礼練習風景をご覧いただきたい。



アメリカのマスコミがオバマがこうした儀礼に乗っ取ってお辞儀をしたとして、
どうして批判の対象になるか、ますます分からなくなる。
まるで彼の非を探しあぐね、ここぞとバカリにあげつらう様な感さえする。

以前にも書いたが、自分たちの住んでいる環境をよくするのも、政治に公正を求めるのも、
よい政治家をそだてるのも、住民一人一人の意識の問題に関わっているのであって、大手新聞やテレビなどマスメディアの記者やキャスターの意見を鵜呑みにするのは、おかしい。

政治家を叩くのも、育てるのも、それを選挙する住民次第ではないか。

まったくもって、マスコミュニケーションが自分たちの意見を代表している、どんな数字にもまどわされず、
住民一人が一人がもっともっと意識を高くあげ、地域全体を視て、国を育てて行って欲しいものだ。


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11/22/2009

『過去は誰が所有しているか」アメリカ・サンクスギビング祝日にあたって

先日インディアンの友人の講演を聴きに行った。

このブログを書き始めたちょうど1年前にも登場したが、ヨーロッパ人と最初にボストン南部プリモスで交流したワンバノグ部族のメディソンマンだった父を持つ友が、穏やかに淡々とアメリカのサンクスギビングの歴史を語ってくれた。

彼女によるとイギリス人らが来る前にワンパノグ部族には65の村があったが、現在は当時と同じ場所に留まり、まとまって住んでいるのは三つの村だけだそうだ。 詳しくは2008年12月のブログでhttp://cyamazaki-heineman.blogspot.com/2008/12/blog-post_20.html




歴史は、語るものと聞くものの感情と思考が入り混じり、記憶という主観的な行為も含んで、いろいろな視点が出てくる。

アメリカの歴史の教科書にでてくるサンクスギビングの話しもしかり、

彼女はある一定の人を悪者にするのでなく、自分が聞いて育ってきた話しを自分の言葉で語ってくれた。
イギリス人が自分たちの収穫を祝っていると、そこに普段かれらの様子を遠くで伺っていたワンパノグ族の先祖たちがその仲間に入り、収穫の打ち上げパーティーは何晩にかけ祭りとなって続けられたので、そのうちインディアンの方も食べ物をどんどん持ち寄り(ポットラックの原型??)共に祝ったということだった。美化された話しでも、そこには英雄も出て来ないが、年寄りから孫に語り継がれてきた話しがあった。


この祭りを記念し合衆国の祭日としたのはアブラハム・リンカーンであった。
それから数百年先のこと。

彼女の講演で一つのドキュメンタリーフィルムを視た。
「Who Own the pastー過去は誰が所有しているか」
過去を科学的証明に晒し、真実を解き明かすのが目的というが、そこには真実を解き明かすためには何をしても許されるとした奢りに対抗した友人インディアンたちの思いがあった。

つまり合衆国政府がどんどん墓をあばいて行き、骨を採取して博物館の所蔵庫に眠らせたままにしているから、それを本来の部族に返して欲しいという要求だった。

史実は自分の誇りにも、痛みにもできる。
なかには昔の人がやったこと、自分には関係ないという輩もいる。しかし過去の事実、自分が生まれる前にその生まれでた国や、文化、土地がなしてきたことも、一つの己の宿命として、責任もってあたるのはとても勇気のいることだと思う。

現在の日米がどんな関係なるか、方向を修正して行ってくれれば願わざるおえない。

それは中日外交関係も、日本とおとなり朝鮮半島の国々の関係でも同じ。
過去をもう一度、見つめ直し信頼のおける関係が再生できないものか。


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11/19/2009

日米関係も対等になった?? 外交史からみる握手からお辞儀へ

少し古いニュースだが、アメリカのNYタイムスなど主流新聞が
オバマ大統領が天皇に最敬礼のお辞儀をしたことに対して、
いわゆる識者のコメントとして、ご丁寧に外交史の教授や、
大学の専門家を呼んで、

「外交史上、卑屈な態度を示した」ということで、批判を浴びている。










バラクオバマ大統領はエリザベス女王の前でも、だれにとがめられることもなく自然に振る舞ったわけだから、(ミッシェル大統領夫人が些細なことでたたかれはしたが)ただ自然にそうなったんだろう。別に儀礼典範プロトコールの文書があるわけでも、外交上の決まりとしてこれをしていけないと文書にしてある訳ではないだろう。ましてやお辞儀に関して禁じているわけでもあるまい。

が今までの過去の大統領が外交プロトコールとして暗黙のうちに
それぞれの大統領にそうさせてきたということらしい。
これはアメリカという国は、世界の頂点にたつべきだと世界への態度の現れではなかろうか。
その証拠にG8や各種サミットではいつも中心にたって写真をとっている。

しかし、アメリカもいつまでも奢った態度で外交にあたらず、自国の大統領が必要以上に丁寧だとして批判をするのはどうだろう。それこそ批判する人間、ワシントンポストも、ニューヨークタイムズはじめとした人間の多くは、結局はアメリカが世界のトップなんだから、挨拶儀礼もそれなりの態度で臨めと言わんばかりだとする意識の現れではなかろうか。

ミッシェル=オバマのケースをみてみると、イギリス人に同様の意識背景から、彼女の女王への態度に批判が集まった。
イギリスの大衆紙タイムが報じるところによれば、
つまりミッシェルが女王に手をかけたとイギリス人はぎゃあぎゃあと喚いていた。王族から手をかけるならまだしも、いかにも『元属国の分際で」(筆者コメント加筆)とばかりに怒り狂っている様子がわかる。

One must certainly touch the Queen if the monarch offers her hand (though you should return this not with a firm handshake but just a touch). On Wednesday, Michelle Obama put her hand on the Queen only after the Queen had placed her own hand on the First Lady's back as part of their conversation. So there is room for theological argument as to whether the American reciprocity of touch was allowable given the social dynamics of the situation.
(Less explicable was when President George W. Bush winked at the Queen.) Still, the sight of anyone apparently touching the Queen with anything more than a limp handshake is enough to send the British




これと似たような態度が今度は、アメリカ側が日本へ必要以上に礼儀を尽くしたと怒っているととられる。

さてオバマ大統領のお辞儀の話にもどると、オバマ自身誰にもいわれず、自然に彼が感じた関係を態度に表したととってもいいのかもしれない。

1853年マシューペリー提督は大統領の親書を、当時の日本の幕府高官に渡すべくやってきた。ペリーが来る以前にオランダ経由等で知り得た日本の知識から、日本を西洋の技術で脅してやろうというものだったようだ。その結果畳の上での上記のような態度、日本側の卑屈な様子が伺える。


しかしペリーがいかにもおごった態度で、江戸幕府の高官に望んだことに比べれば、もし握手か/お辞儀かで両国間の関係が和らぐのであれば、150年近くかけてようやく対等として扱ってもらったことととして、歓迎すべきことではないだろうか。


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11/13/2009

『日米首脳会談 共同会見の要旨』朝日ニュースを読んで

日米首脳会談 共同会見の要旨

最近、日米安保を『日米同盟』と読んでいるが、これはもともと安全保障についての条約ではなかったか?
いつの間にか、日米同盟US-Japan Allianceが定着した。同盟Alliance といえば軍事同盟の意味合いが強い。
では、それ以外の貿易経済や、たとえば知的財産等の協力体制など他の話はどうなっただろう。調整すべきこと、協力し合うことはもっと他にもあったのでは。同盟の話に終始して欲しくなかったとは私の正直な感想だ。
しかし新たな協議の場を発展させていこうとする姿勢は多いに歓迎する。
たとえ政権が両国いろいろかわっても、日米両国が歩み寄りの道・協力体制の地場を今後のためにも作っていこうとする試みと受け取りたい。

日米の外交史は均衡な関係がはじめから培われた訳では決してなかった。しかし現在なら、この二人なら可能ではと期待していたのだが。まずは両国新政権かでの新しい関係の第1ページというところか。

 鳩山由紀夫首相とオバマ大統領の共同記者会見の要旨は以下の通り。
 ■鳩山首相 日本外交にとって日米同盟がすべての礎。時代の変遷、世界環境の変化によって、日米同盟をさらに深化、発展させていきたい。建設的、未来志向の新しい日米同盟を作り上げていきたい。1年かけて新しい協議のプロセスを進めようと提案し、大統領の了解を得た。
 日米同盟は、新しい安全保障のシステムを構築する必要がある。防災、医療、保健、教育、環境問題もそうだ。
 アフガニスタン支援問題では補給支援活動ではなく、民生支援を充実させたい。気候変動問題では2050年までに80%削減という大きな目標に日米で合意した。気候変動枠組み条約の締約国会議(COP15)を成功させるために協力しようと一致した。
 アジアにおける米国の重要性について大統領から指摘があった。東アジア共同体を構想しているのも、日米同盟が基軸にあるからこそ。アジアでの米国のプレゼンスが高まることを大いに期待したい。
 ■オバマ大統領 日米同盟は両国だけでなくアジア・太平洋地域の安定と繁栄の基軸だ。ユキオと私は「変化をする」と約束して選ばれたが、同盟関係が強固なもので、友好関係がさらに強いものになることは間違いない。
 アフガニスタン、パキスタンでの協力関係ではお礼を申し上げたい。核兵器の拡散を阻止し、核のない世界を目指す努力の中で、日本は傑出したパートナーだ。
 ■首相 普天間飛行場移設ではハイレベルのワーキンググループを設置し、できるだけ早い時期に解決すると申し上げた。日本政府として前政権の日米合意を 重く受け止めている。ただ、選挙の時に、県外、国外(移設)と申し上げたことも事実。沖縄県民の期待感は強まっている。大変困難な問題で、時間がたてばよ り解決が難しくなる。

 ■大統領 作業部会は、在沖米軍再編に関する日米合意の履行に焦点を絞るものだ。作業を迅速に完了することを希望している。
 我々は、「核のない世界」というビジョンを、長期的目標として共有している。具体的な措置をとらなければならない。核兵器が存在する限り、我々と同盟国のための抑止力を維持していく。
 広島と長崎で原爆が投下されたことにより、日本は核兵器について特有の視点を持っている。首相が深い関心を持っているのはよく分かる。私が広島と長崎を将来訪れることができれば、非常に名誉なことだ。短期的には訪問の計画はないが、私にとって有意義だと考えている。
 北朝鮮については、核実験や好戦的な行動を非常に懸念している。北朝鮮に対し、国際社会に再び参加する扉があるということを伝えたい。
 ■首相 アフガン支援では、テロの根源を断つという民政支援中心の支援が日本流の望ましい支援だと考えた。


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11/09/2009

日米首脳会談間近、周りではオバマ大統領を心配するものが増えました。

人気投票の数字など気にしていないはずなのに、

最近オバマ大統領の支持率が下がったと聞けば、
「やはり、落とし穴に引っかかったかな」と気になります。
まわりのものは彼の支持率より、かれがケネディー大統領やリンカーン大統領のように消されることを
本気で心配しています。
杞憂になればいいのですが、
とにかくあちこちに気を使いすぎて本来の『チェンジ』が遅々として進んでいないようですね。
何かが変わろうとすると、
闇の世界も
悪あがきするようです。
日本の政府もどうなんでしょう。

この記事を投稿しようとしたら、ふと天木氏のブログにも
ベルリン壁崩壊20周年を期に、
さらにイスエラエル政府が分離壁を現在建築中という事実を憂いながら、
こんな意見を投稿されていた。
以下引用
『圧倒的な軍事抑圧に抗する市民の願い。不可能と思われる「分離壁」の崩壊と、不可能と思われてきた沖縄からの米軍基地の追放。

 それは歴史の流れの中で間違いなく結びついている。そう私は感じるのだ。

 高まる市民の声を国家権力が抑圧することは、たとえ一時的にそれが出来ても、永遠に押さえ続ける事はできない。歴史はそれを証明している。

 いままさにその時ではないのか。

 鳩山首相も、そしてオバマ大統領も、今その歴史の挑戦に直面しているに違いない。 

 今度のオバマ大統領の訪日と、そしてその時に行われるオバマ・鳩山会談は、そのような壮大な歴史的流れの中で行われるという認識を鳩山首相は持たなければならない。中略

鳩山首相は今までのどの歴代首相も成しえなかった対等な首脳会談を、その政治生命をかけて、いや文字通り命がけで、行うべき時である。』
まさにふたりの
命をかけての変化の遂行に期待する。




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11/07/2009

インフルエンザの蔓延、米国のケースその2、自然回復は?

まずは日本の毎日新聞,共同通信社より抜粋の11/1の記事より。

『新型インフル:ワクチン求め長蛇の列 米で供給遅れ

 米国で新型インフルエンザが猛威をふるっている。今春に流行が始まって以来の死者が1000人を超え、オバマ大統領が緊急事態宣言を発表。ワクチン供給は日本より一足早い10月上旬に始まったが、全国各地の保健所や病院で接種を希望する人たちの長蛇の列ができるなど混乱が広がっている。

 「もう注射ワクチンはありません。次は来週以降になる見通しです」中略

 米政府は当初、10月半ばには1億2000万本のワクチンが供給可能と見積もっていたが、実際の供給は大幅に遅れ、30日までの供給量は2700万本にとどまった。

 一方で、感染はワクチンの普及前に一気に拡大し、米疾病対策センター(CDC)は現在、全米50州のうち48州をインフルエンザのまん延地域に指定している。毎週、10人以上の子どもの死亡が報告され、9月以降にインフルエンザで入院した人の数(高齢者を除く)は、既に例年の流行期に入院する患者の総数を上回ったという。

 米国メディアは連日、国民の不安の声を伝えている。感染拡大防止で中心的な役割を担うCDCは週2回以上の記者会見を開き、その様子をインターネットで中継するなど情報公開に懸命だ。

 「ウイルスは拡大を続けているが、ワクチンも治療薬も、供給量は増えている」。10月30日の記者会見で、CDCのフリーデン所長は国民に冷静な対応を呼び掛けた。』(共同)

確かにウィルスは蔓延した。我が家も高校生を筆頭に、次に夫がそして今週には中学生の娘と私がやられた。
しかしまだ、これが新型インフルエンザかどうかわからない。

それをみきわめる試験薬がこの田舎(といってもNYから3時間、ボストンから2時間)には届いていない。

知人、友人、学校関係者まで、院内感染をおそれて、みな自宅待機が普通。そして数日後には快復してしまっているから。
高熱が出て節々が痛かったのは高校生の息子のみ、
あとは頭が痛くて、鼻水、のどの痛みなど、普通の風邪の症状であった。それなのに
こんなんで医者へ行って待たされようものなら、逆にもっとすごいのをもらってきかねない。とは巷の定説。

不思議なことに,どんな症状の風邪にしろ、一度ひいたら他の種類も含めてひかないようで、子どもたちの学校でもあの子はこの季節一度風邪で休んでいるから、もうひかないだろうなんて言い合っている。

青少年たちの免疫力を増進してやる機会が、どんどんもぎ取られて行くようだ。
たしかに既往症(夫はアレルギー性気管支炎、喘息をもっているが、それとて少しばかり時間がかかったが、風邪か感冒の症状は1週間以内でおさまった)があると生死に関わることがあるかもしれない、と。
しかしそれとて何も一般の風邪でも死に至ることもあるから、ワクチンにぎゃーぎゃー言うより、

ア、風邪かなと思ったら、体を養生してやり十分に休んで、完全な回復をまちたい。
私は今回は風邪かなと思った時点から、西洋の昔からの家庭療法をとりいれた
自然薬ホミオパシーをガンガン呑んで、
ビタミンCと免疫力を高める薬草を次から次へと体に入れたせいか、
体が自然に乗り越えられなく、すこし快復に時間がかかっているようだ。

昔こんな療法の本を読んだ
野口操体より『季節の変わり目ごとに、風邪をひくのはむしろ体にとって好ましいこと。風邪を引くことで、体が少し緩んで新しい季節に向かって調整してくれるから』だそうだ。ここワクチンに長蛇の列ができたと
マスコミに騒がれようが、自分の体を信じてスローライフが適用できれば、これにこしたことはないのではないだろうか。

さもなくば、こんな風景があちこちでみられたらどうするんだろう。



娘の学校の養蜂クラスより

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11/03/2009

『日本航空は国が救済するほど必要な企業か』村上龍ニュースを読んで

ちょうど、
アメリカの航空会社の悲劇的な雇用状況の匿名インタビューを映画で見た後、この記事を目にした。http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/economy/question_answer579.html
そして資本主義の競争原理のなかに、
経営方針がわるい会社はどんどん潰れて行く状況も日米両国で目撃した。
経営業績の
悪いときは、米社GMが米国政府に泣きついて国家予算で一時的に救済してもらったのも、目の当たりにした。

歴史は、模索する。

今度は日本で日本航空JALが同じことをしようとしてる。

せっかく、GM、フォード、クライスラー社長が「自社が潰れるのを救ってくれ、さもなくば失業者を大量に出す」と自家用飛行機で国会にのりこみ訴えたとき、CNNニュースがJALをもちだして「みろ日本の瀕死の航空会社の社長は、路線バスで会社へ通い、お昼も社員食堂で食べるぞ」と放映されたが、その日航社長のポーズもむなしく、
自分たちの経営のまずさを棚にあげ、国の予算を頼みにしてきた。

もともと国の代表航空会社ナショナルフラッグキャリアーとして、
特別法人として特別待遇を受けてきたから、あぐらをかいていたと言われてもしようがない。

一般乗客には、とくに日本人一般乗客へのサービスはひどいと過去数十年
たたかれてきた。まるで明治の鹿鳴館時代ならいざ知らず、西洋人にはコベをうり、著名人のみを厚遇すると言われて久しい。公共であるべきのサービス業なのに、不公平なサービスからくる乗客離れ、過去に大事故(羽田空港、御巣鷹山墜落)を繰り返しているにも関わらず、それらのダメージの払拭にさほどエネルギーをかけず、絶対潰れないとしたおごりが経営陣にも、従業員にもみえみえだった。

個人的には今回の国の処理に経済評論家の津田栄氏
の意見に賛成する。

『国民は、日本航空職員の高報酬、OBの高額の年金など優遇されている状況を知っ
ています。そこにメスを入れずに、ナショナルフラッグキャリアだからといって特別
扱いして、経営再建に政府が乗り出すのには国民の理解は難しいといえます。今や、
より良いサービス、安い運賃を提供する限り、規制緩和により航空会社をより参入し
やすくすれば、国民はメリットを感じて日本航空でなくても構わないと思うのではな
いでしょうか。そして全日空の独占になるという恐れも海外の航空会社も含めて参入
できれば大きな問題にならないといえましょう(もちろん、国民の生命保護と運航の
安全を厳守することが前提ですが)。

したがって、日本航空が政府支援のもとで経営再建するには、国民を納得させるよ
うな状況を作るべきです。たとえば、国民が納得するような、経営能力のある経営陣
を採用して労働組合に大胆なリストラや大幅な年金減額などを迫って高コスト体質を
抜本的に変えることを明確に示したりすることです。そうでなければ、国民は日本航
空を助ける必要のある会社だとは思いませんし、一時的に助けても再び経営問題が再
燃し、国民負担が増えていれば将来の大きな火種になるといえましょう。

最後に、日本航空の経営問題は、日本航空行政の問題でもあります。日本航空の経
営を再建するうえで、政府に頼らない体質に変えると同時に、航空行政の見直しが必
要です。高額の着陸料や航空燃料税などを原資として政治家の要求を入れて採算のめ
どの立たない地方空港を建設し、そこに無理やり日本航空に飛行機を飛ばさせようと
圧力をかけるという仕組みで日本航空の経営不振につながってきたという行政の在り
方を改めるべきです。もはや、日本には政官業の既得権益層を許すほど余裕はありま
せん。今回の日本航空の政府支援による再建スキームがそこまで踏み込まなければ、
結局自民党政権時代とあまり変わらない小手先の対応になるといえましょう。

そして、もし航空行政を変えて、これまでの政官業のしがらみを断つ一方着陸料や
航空燃料税の大幅な引き下げで競争力のある航空会社や空港を育てるには、また日本
航空が持つしがらみを排除するためにも、政府支援だけではなく、アメリカのGMの
ように、国民に公開され透明な形で行われる、事業継続を前提とした法的整理による
経営再建を図る可能性も残しておくべきではないかと思います。もちろん、空港を持
つ地方には痛みが伴いますが、今後の航空行政は規制緩和を進める一方地方の地域主
権のもと自由を認めると同時に自助努力を促すべきであり、そのもとで地方は海外へ
の門戸開放などを図って自立していく覚悟を持つべきではないでしょうか』

さらに

同じく経済評論家の山崎元氏の言葉も付言しておきたい。
『外国には、路線の運行を維持しながら法的破綻を経て経営を変えて継続しているエ
アラインもあります。』とすると国際競争を促す様な言にとれるが、
津田氏のいうところの、
政官との癒着をたちきり、法的破綻を経て整理し、
おごった体質を改めるべきだ。

資本主義の破綻は、弱肉強食の原理で弱者が潰れて行ったばかりでない。
強者にハイエナのようにたかって行った、政府や官僚という蠅が甘い汁を吸い、
それに地方行政まで乗っかった形で崩壊して行った。

これらを一掃しない限り、健全な社会の再生はのぞめないだろう。

http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/economy/question_answer579.html

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11/01/2009

ティーンエイジャーのトリックorトリート、old soul dayにて

ハローウィーンが終わった。
2日がかりで、高校生の息子たちは学校で、そして街をあげてのお祭りに繰り出した後、
我が家でも昨夜、音楽がんがんかけて、
踊りまくってくれた。

人様の娘を預かったので、ヒヤヒヤものだった。
ハロウィーン前夜祭は、高校の校舎で行われた。
DJを自らかってでた友達、
校舎の飾り付けに、
食べ物の買い出しにみんなで責任分担していた。

そして昨夜は雨の中、
近隣の街から続々と集まってくる
地元の村へ、
息子たちはクラスの女の子を誘って繰り出した。
夜な夜な仮想して2キロの田舎道を練り歩き、むらの中心地で
トリックorトリートをやってきた。大人も家々も雨の中
趣向をこらして飾り付ける。
ビエロをみつけたり、ちびっ子スーパーマンがいた。
こちらは、せいぜい高校生までのかわいいもの、
センサーをつけて、人が通るとコウモリが飛ばす家があったり、
数年前は、棺桶に魔法使いのつぼを埋め、その中の飴をとると
血の滴る手がにょきっと出てきたり、家からみどりの光線が漏れてたりといった
愛嬌あるものが、村の中心部にならぶ。


そんな中、こちらは日本並みに見回りをかって出て、
 PDA: Public Display Affection
PDI:Public Display Intimacy を取り締まる。
って、高校生のガキどもがキスしていようが、体を以上に接近させていようがこちらの知ったことではない
といってしまえば、そうだが。最終目的は我が家だから、そうも行かない。我が家で何かあったら、こちらの責任。
どこかへ姿を消そうとしたら、すぐに声をかける、
以上に接近していたら、明るいところへつれてくると、なんとも
野暮な役をかってでたことか。秋祭りにいい気分になっている生徒を指導するほど、
野暮な役はない。

ふだん、本当に兄弟のように過ごしている息子のクラスメートたち。
小学校から、小さい学校なので11年間も同じクラスメートで過ごしてきたから、それも無理はない。

しかしここのところ、そのクラスメートの女の子たちが留学生や、他校の生徒にも色目をつかいだしたから、
息子たち男子生徒も焦りだしたと言ったところか。
上記の言葉を学校でも、学外でも耳にし始めた。
公衆での高校生の健全な行動を取り締まる、学校側の合い言葉。
あは、は、20年も、30年も前も今も、おとなとこどももやっていることは何ら変わっていない。
かわったのは、スピーカーの大きさぐらいか。
音楽もがんがん音の大きなボップや、レゲー、ラップ
しかしiPodスピーカーになり、やたらと小さくていい音をだし、
みんなでリズムをとる。盆踊りと同じだと思うのはわたしだけ。

男子には『紳士であれ」と悟し、女子には「責任持った行動をとれ」なんていったって、盛りがついたものたちは、祭りの高揚にみな興奮気味。しかし普段礼儀正しい息子の友達も、盛りがついた猫になって踊り明かした。
こちらは最後までつきあって、あさから頭痛ぎみ。しかしold soul day と冬の初日であり、時間が夏時間から戻ると、またおとなしい借りた猫になって朝ご飯を食べて帰って行った。
このエネルギーをもっともっと
昇華させてやれる方向にもっていければと、親としては祈るばかりだ。

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