11/22/2009

『過去は誰が所有しているか」アメリカ・サンクスギビング祝日にあたって

先日インディアンの友人の講演を聴きに行った。

このブログを書き始めたちょうど1年前にも登場したが、ヨーロッパ人と最初にボストン南部プリモスで交流したワンバノグ部族のメディソンマンだった父を持つ友が、穏やかに淡々とアメリカのサンクスギビングの歴史を語ってくれた。

彼女によるとイギリス人らが来る前にワンパノグ部族には65の村があったが、現在は当時と同じ場所に留まり、まとまって住んでいるのは三つの村だけだそうだ。 詳しくは2008年12月のブログでhttp://cyamazaki-heineman.blogspot.com/2008/12/blog-post_20.html




歴史は、語るものと聞くものの感情と思考が入り混じり、記憶という主観的な行為も含んで、いろいろな視点が出てくる。

アメリカの歴史の教科書にでてくるサンクスギビングの話しもしかり、

彼女はある一定の人を悪者にするのでなく、自分が聞いて育ってきた話しを自分の言葉で語ってくれた。
イギリス人が自分たちの収穫を祝っていると、そこに普段かれらの様子を遠くで伺っていたワンパノグ族の先祖たちがその仲間に入り、収穫の打ち上げパーティーは何晩にかけ祭りとなって続けられたので、そのうちインディアンの方も食べ物をどんどん持ち寄り(ポットラックの原型??)共に祝ったということだった。美化された話しでも、そこには英雄も出て来ないが、年寄りから孫に語り継がれてきた話しがあった。


この祭りを記念し合衆国の祭日としたのはアブラハム・リンカーンであった。
それから数百年先のこと。

彼女の講演で一つのドキュメンタリーフィルムを視た。
「Who Own the pastー過去は誰が所有しているか」
過去を科学的証明に晒し、真実を解き明かすのが目的というが、そこには真実を解き明かすためには何をしても許されるとした奢りに対抗した友人インディアンたちの思いがあった。

つまり合衆国政府がどんどん墓をあばいて行き、骨を採取して博物館の所蔵庫に眠らせたままにしているから、それを本来の部族に返して欲しいという要求だった。

史実は自分の誇りにも、痛みにもできる。
なかには昔の人がやったこと、自分には関係ないという輩もいる。しかし過去の事実、自分が生まれる前にその生まれでた国や、文化、土地がなしてきたことも、一つの己の宿命として、責任もってあたるのはとても勇気のいることだと思う。

現在の日米がどんな関係なるか、方向を修正して行ってくれれば願わざるおえない。

それは中日外交関係も、日本とおとなり朝鮮半島の国々の関係でも同じ。
過去をもう一度、見つめ直し信頼のおける関係が再生できないものか。


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3 件のコメント:

  1. 些細なことを申し上げるようですが、
    『インディアン』というのは、差別語に当たりませんか?

    コロンブスのアメリカ大陸発見で、
    彼はそこがインドだと勘違いしていたため、
    原住民がインディアンと呼ばれていましたが、

    それは侵略者側の呼び名であり、原住民の人々は、
    自分たちのことをインディアンと呼ばれることをよく思っていないと記憶しています。

    近年では、ネイティブ・アメリカンとか、
    アメリカ先住民という表現をもっぱら用いるものだと思っていたものですから、
    インディアンという言葉が、非常に気になります。

    間違っていたら、ごめんなさい。

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  2. モンタギュー2010/05/26 9:26:00

    投稿ありがとうございます。
    ご指摘のとおり、たしかにインディアンは特に90年代のアメリカの大学を賑わしたPolitical Correctness PC論争やアメリカ大陸侵略500年(コロンバス以来)記念行事で忌避されたことばです。しかし多分、アフリカ系アメリカ人の友人が自分たちのことを隠語や仲間内用語として「ニグロ」とか「ブラック」呼び合うように、ネイティブアメリカン自身の友人たちはあえて「インディアン」と自分たちを呼びます。いつか直接彼女らに訊こうと思っていていつも忘れてしまいますが、
    多分「ネイティブ」土着の意である言葉にも、元々人の名前からとった「アメリカン」にもよい印象を持っていないので、好んで「インディアン」と呼んでいるのだと思います。もう一度確認します。これからも正直な意見お待ちしております。

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  3. モンタギュー2010/06/02 8:47:00

    もう一度、その件で確かめてました。やはり先住民の子孫の友人たち、またその彼、彼女らの権利保護を訴える法律家で大学でもインディアン法を教えていた友人はあえて「インディアン」と使っているようです。それは仲間うち用語でなく、Nativeにも問題があるようで ヨーロッパ移民の子孫であってもアメリカ大陸で生まれれば、nativeですから。しかもこの「アメリカ」というイタリア人の名前の方がかなり先住民には避けられる様で「タートルアイランド・この大陸を亀の島と呼んでいます」以下にウィキペディアからの転載を掲載します。これを見る限り、やはりハワイ先住民もアラスカ先住民も「Native American」とする連邦政府の政策にあえて異を唱える意味でもう既に定着していて、本来の呼称のいわれよりも、ハワイやアラスカの先住民と同調する意味で
    「インディアン」と使っているではありませんか。

    Native American
    The term Native American proliferated in the 1970s to denote groups served by the Federal Bureau of Indian Affairs: American Indians as well as the Eskimos and Aleuts of Alaska. Later, the term was interpreted as including Native Hawaiians and Pacific Islanders, and it fell into disfavor among some Indian and Alaskan groups, who came to prefer American Indian and Alaska Native. Yet views are unpredictable: some consider Native American more respectful than American Indian.
    As an equivalent to American Indian, the phrase Native American was long thought to be a twentieth-century innovation. In fact, the phrase Native American —though it came into vogue in the early and mid-1970s—dates back to at least 1737 in this sense. And it made literal sense (for the most part) in 1737, since at that time most people who had been born in the New World were indigenous—not of European descent. By the nineteenth century, when the phrase native American (lowercase n-) was fairly common, it had become ambiguous, since it often referred to any person born in the United States, whether of indigenous or of European descent. Here, in a mid-twentieth-century passage, it refers to place of birth: “Dr. Flesch. .. was born in Vienna, but writes more like a native American than do most native Americans; in fact, he teaches the natives how to write like natives; it is always amazing to recall that he came to America as lately as the 1930's.” (Gorham Munson, The Written Word, rev. ed.; 1949.)
    The phrase indigenous American, which is a more logical and etymologically correct way of referring to an American Indian, does have some support—e.g.: “Hundreds of high schools and colleges have dropped their Indian symbols over the past 30 years as many indigenous American groups and their members have called for sports teams to drop the names.” ( J. News [Westchester Co., NY]; June 3, 2002.)

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