11/29/2008

サンクスギビンギにみる、世の中の移り変わり

以前、日本から父がやってきて、まず感心したのは、アメリカ料理のデザートの量の多さ。

今年も、アメリカ人の夫の家族は今年も、パイにすごく力入れていました。

パイの写真がないのが、残念!!
義兄、義姉、義妹、義父、義兄の兄弟両親、姪、甥が全員で20人位集まりました。
パイメニューは以下の通り

レモンメレンゲパイ
パンプキンパイ、
チェリーパイ
アップルバイ、
チョコレートパイに、
アップルケーキ、
バンプキンマーブルケーキ
チョコレートマーブルケーキ、
チーズケーキが並びました。
他にもデザートにクッキー、
パンプキンナッツブレッドと
バナナブレッドが色とりどりとテーブルを飾ります。

また主食は詰め物の七面鳥の丸焼き2匹に
添え野菜として
カブ
スクワッシュ(西洋カボチャ)、
サツマイモのマッシュして味付けしたもの、
マッシュポテトのチーズ焼き
シャーロット玉ねぎのクリーム煮、
ターキーの詰め物2種、
クランベリーソース、
生野菜スティックとディップ、
グリーンサラダ、
シュリンプカクテル、
オリーブ、

私はいつもおいしくディナーを何皿もいただいて、パイには手が出せませ、
そして残り物のお土産を楽しみにしています。。。

しかしなんと結婚して20年近く、
いつも私が丁寧に持ち帰るのを尻目に
どんどん食べ残しを捨てていたこの家族が、
(まだ大皿に残っているものも、これだけばかり残していても仕様がないねといって、何人分もどんどん捨てていきます。)
しかし、今年はスープ、ペット用にと、もらって行く骨までなし。

とうとう飽食アメリカも終わったか。と皆の変わりようを眺めていました。
率先して今まで骨を捨て、添え野菜をボンボンゴミ箱に放り込んでいたて義兄はスープ用にさっさと湯を沸かして鍋に放り込み。
義妹や、あちら方の両親や兄弟まで、皆さんタッパ持参で、取り分けて持って帰っていかれました。


横道にそれますが、
人間関係がドライだと言われるアメリカでも、
やはり遠慮しあう嫁、姑、親戚関係はあります。
夫の家系はアイリッシュとドイツのカソリック。年に4−5回サンクスギビングに、クリスマス、イースターに、夏の建国記念日にと寄り合います。しかも、夫は義理堅く、亡くなった実の母親や姉の相手とも面倒を見ているので、もう親戚だらけの関係に一年が過ぎていきます。
甥姪の誕生日に、結婚記念日、そして私たち夫婦は仏教徒なので、命日や年忌も執り行います。冠婚葬祭の付き合いはこちらにもいろいろあります。

家族のつきあいはこれぐらいに、
サンクスギビングの食事の残りがもらえなかった今年、がっくりしていると
友人からの電話で、近所やお世話になった人を呼んでターキーしたけど、
いっぱい余って食べきれないから取りにおいでとのこと、
飛んでいきました。彼女も一人暮らしで、処分するのは忍びないようで。
招待客たちは10kgのターキーの胸のササミを皆、すこしだけ食べて帰っていったらしい。
残りは二人で山分けしました。

残りの七面鳥は、
まず丁寧に細切れにします。
ホワイトミートは肉汁といっしょに合えてたり、ドレッシングとあえて、サラダに。
ダークミートは薄く切って、サンドイッチ用に (クランベリーソースとマヨネーズとマスタードでサンドイッチに)
残りの骨と骨の間のお肉は炒め物に、
皮はペットに、
骨はスープ、特にカレーがおすすめです。
ごちそうさまでした。

飽食といわれたアメリカも我が親戚に関しては、終焉がきたようです。
こうした人が集まる年中行事のご馳走は、どこの階層でも、どこの家でも、似た様な風景でした。

インディアンのコミュニティーの食事も、
ホームレスのスープキッチンも、教会も、
以前はどこも豪勢で七面鳥を白身をすこし食べて、後は捨て、
添え野菜を食べ散らかし、
パイやデザートで自分が食べれるだけとればいいのに、
多くの人が一口かじって、後は捨てていました。

(しかし家庭で食べるランチや普段の夕食は、ずっと平均的日本の家庭より質素だと思います。すごい豪邸でも、中産階級でも、サンドイッチだけだったりします)

どこでも、少しづつ人々の意識は変わってきていると信じます。

また、食後の大人の会話にも、政情変化とともに移りかわりが。

レーガンやブッシュに投票していた、保守の義家族は、
オバマに期待するというコメントも飛び出しました。自分たちの生活を守るため、
「民主党に投票すると資本主義の根幹を揺るがされて恐怖だ」といっていっていた、義父や義兄が黒人のオバマを、
社会主義的な保険政策だといいながら(彼らの住むコネチカットは、この保険業で栄えていました)
オバマの民主の革新的政策を認める発言がちらほらと聞こえます。

また、夫は若いとき母親の再婚相手の義父(昔アラバマで先祖がプランテーション大農園を所有していたことが自慢)の家に黒人の幼なじみを連れて行ったら、家の敷居をまたぐなと言われたそうです。そうこの嫁ぎ先では長いこと、人種問題も、政治の話題もタブーでした。しかしその義父も数年前には、「自分にとって日本と言う国
は長い間「ママさんの国」として2次大戦、朝鮮、ベトナム戦の米兵のリフレッシュするためだけの国だった、しかし日本はこうして一人の女性を我が家の一員として送ってきた。日本を一つの国として認められることに、そしてその嫁に感謝する」とサンクスギビングの感謝の辞を述べてくれました。

その義父が最近、第二次大戦での活躍に対して州から叙勲をうけ、わたしは「それで義父さんは、日本と戦ったのね。おめでとう」と茶目っ気たっぷりに言ってあげたら、彼も笑ってました。肩を並べて話しができること、そして認められたことに感謝。

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11/25/2008

冬支度と サンクスギビング

雨がシトシト、ザバザバ、ふっています。

シトシトと ふっているようにも見えれば、
ザバザバ ふっているようにも、聞こえます。

シトシトと見えるのは、冬も本番かー
昨日までのようにマイナスの温度に下がれば、きっと凍るだろうなと考えて、コンピューターを打ちながら、見ているからです。。

ザバザバと聞こえるのは、
もうすぐサンクスギビングだ、用意しなくっちゃという、自分への警めの気持ちがはいっているときです。

まず、冬タイヤに変えなくては、このごろタイヤがよく滑っていましたから。Snow Dayや Cold Dayで学校が休みになるここらあたりは、本当に路面も凍ります。今年はもう、北海道でも、マイナス20度だそうです。去年は、南のコネチカット州やニューヨークの方がよく雪が降ったそうです。
4輪駆動か、スノータイアが必須です。スパイクは我が州は使えません。昨日犬の散歩用に手袋も出してきました。

庭のトランポリンもブランコも、ピクニック用テープル等も片付けます。

薪ストーブもパチパチもえています。パチパチと火のこの音と、雨のシトシトと二重奏です。

サンクスギビングは、例年通りコネチカット州の義兄の家でご馳走を持ち寄ります。
でも、私はいつもなぜか、砂糖やバターを遠慮してしまうせいか、アメリカ風にならないので、義兄弟や義妹さらに甥、姪、の作るカブと、カボチャと、小タマネギのクリーム煮とターキーの詰め物に舌鼓をうつのみです。

いつもパイは、レモンメレンゲ・チェリー・パンプキン・アップルパイと数種出て来て、へきえきしますが。アメリカにもどってきたばかりの10年前、子供たちはチョコレートケーキも食べれなかったのに、今はこれらのアメリカの味が大好物です。
おまんじゅうよりは パイを好むようです。

皆さんは、どんなサンクスギビング料理でおもてなし、それともおよばれですか?

私はサラダと、オードブルのシュリンプカクテルでも作りますか。


そろそろ仕事に戻ります。

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11/22/2008

シュタイナー学校のホリデーフェアー






















初雪がちらほら舞う中、今日は子供の通う学校のお祭り。毎年サンクスギビングの前の土曜日に、ホリデーフェアーがある。7年生と10年生になる我が子は、ポップコーン売りに、下級生の子守りに、友達とつるみにと人混みにまぎれて行ってしまった。で今年は、全くの運転手だったので、写真がない 2007年の 学校新聞より。
From left  top: Pocket Lady親や先生の手作りのオマケが入っている、Pony Ride 子馬や馬車へ 
Ginger Bread house 毎年子供や大人がすべて食べれるものばかりでお菓子の家作り
/今年我が娘は友達と竜宮城に挑戦, Winter Queen冬将軍ならぬ冬の女王が雪をちらつかせていく
 Fairies 森の妖精たち Bonfire & Town Crier キャンプファイヤーの周りでは生演奏とお知らせおじさん

相手を認め合う夫婦には、異文化間も同文化間も同じ

最近、国際結婚をしてアメリカで住み始めた友人へアドバイスをしてみた。
しかし、すれ違いや、意見の行き違いはどの夫婦にも、多かれ少なかれある。
それをどう乗り越えられるかなんて、秘訣はないと思う。

以下は彼女へのアドバイス。二人で人生決めて、また二人でとことん話し合ったって、まず漕ぎだしてみないと。あえて国際結婚が同じ国籍同士で法の下夫婦になるのに、決定的に違うことは。国籍が違えば、成り行きで結婚しましたということは絶対あり得ないこと。
成り行きでは、結婚届は出せないし、住むところも思い切って決めないと、夫婦同居はかなわないこと。成り行きで一緒に暮らし始めて、いつの間にか夫婦やっていましたなんてことには、どちらかが違法で住居しない限り無理。それとて、かなり勇気もいる。

だから、とことん二人で話し合うことは、必要になってくる。
とくに言葉のコミュニケーションを重んじる国の人間が相手だと、いろいろ説明しなくてはいけないから、自己表現は重要になってくる。こんなこと考えて夫婦やってます。

昔の日本での学部論文は「異文化適応ー国際結婚の考察」でした。
もちろん、結婚5年前の私には、まさか自分が異文化結婚するなんて考えてなかったし、まさか海外で生活するなんて計画もなかった。

でも教授連に聞かれたのは「結論として、君は国際結婚は難しいかね」と。
わたし「本人が異文化にいるという認識を持って進めるより、どのように物事を捉えるか、時間をやりくりするかという文化という領域じゃなくて、個人対個人の心理的要素ととらえる方が、もっとも新しい生活に適応していく上で大きいと思う」というような、まったく専攻の人類学の離れたことを応えたような覚えがある。

昔の論文はどうでもいいけど、こちらも結婚して20年その間すれ違い多々、でも今もやはり相手を人としてどこまで尊敬できるかがキーだと考えている。

一人一人、人生の捉え方、モラルも、お金の価値観も使い道だって違うし、何を大事にしていくかが、育ってきた環境が違うんだから、もろもろが違ってあたりまえ。たとえとことんまで話し合った結論だって、いづれ変わってくるだろう。でもあなたが彼を人と尊敬していれば。彼もそんなあなたにAcceptされて、あなたの彼の出した結論へたどり着いたまでの足跡をみとめてくれるだろう。お互いを尊敬し、相手を認めて、はじめて二人の人としての成長があるでしょう。 夫婦ってお互いに足引っ張り合うこともあるけど、一人が人間として成長していく過程は、それを認めた相手も成長していくよい試練だよね。

あなたが、いっていた「何が何でも、。。。ハングリー精神云々」の話って、そんな風に相手は考えていない、道徳観が違うと思う。少なくとも、私の年代は、ボーっとしてると「たるんでいる」とか「なせばなる、何事も」なんて訓戒を叩き込まれ、すぐに精神を鍛錬して、何事にもことにあたれ、がむしゃらに生きてみろといわれてきた。

アメリカ人のわが夫は、日本の実家の父に結婚を日本流に申し込みにきたとき「お前は私の娘に何を望むのか」と聞かれて、「リラックスしてほしい」と一言でした。
いまだに、私の目から見れば、がむしゃらじゃない彼を見るといらいらするけど、怠慢なのとリラックスを履き違えて来てしまったのは私かなと振り返ること多々。
夫婦でビーチへバケーションにいっても、あちこち見て回ろうとする自分の姿は、確かにかれからみれば、リラックスできない人種らしい。
なんかアメリカの夫たちは「がむしゃら」にやっているように人に見られるのは、格好いいことじゃないと思っているのではなかろうかとさえ、思えてくる昨今です。

11/17/2008

わー日本の政治家も面白いことやるね,麻生のニコニコ動画出演,小沢のネット生出演

11/09/2008

オペラ「ドクターアトミック」原爆製作科学者や関係者の罪の意識と神の啓示

あこがれのメトロポリタン=オペラへ行ってきました。
Doctor Atomic’ 原子力爆弾製造した科学者で、4国語を操りサンスクリットを原書で読むオッペンハイマー博士と、彼を崇拝する平均25歳の若さの研究者、なかなか天気が協力してくれないと憤る軍部と、すでに地上に何が起こるか愁いていて、祈って踊っていたテワ・プエブロ・インディアンの人々が織り成す、
最初の原爆テスト前の心の様をオベラに表現しました。4年も資料集めにかけ、当時の関係者を一人一人検証しただけあって、かなり事実に基づいているでしょう。
ピューリツアー受賞者ジョン・アダムスがオペラ制作を引き受けた折、アメリカの恥部と、アメリカ人の原爆を最初に武器として使ったことにまつわる罪の意識にライトを当てたかったといったそうです。

オバマとだったら話し合ってもよいといったイラク首脳も、このジョンアダムスも今なら、オープンに話せる。と機運が出てきました。
戦後63年にかかってようやく人々が、公で話せる感情ではないかと、アメリカ人の夫ものたまいます。
立見席と追加公演が出るほどの評判でした。


NYタイムズより、プレビューと制作者インタビュー
http://www.nytimes.com/2008/10/12/arts/music/12gure.html?_r=1&scp=1&sq=Metropolitan.opera%20Doctor%20Atomic&st=cse&oref=slogin

11/07/2008

マッケインの宣言、お疲れ演説、

『American People spoken clearly, アメリカ国民は、明確な意志をしめした」と最初で、マケイン氏が支援者に語ったときは、感心しました。それにしても、ライバルも潔く認めるほどの大差でしたね
散々,悪言をはき,醜い揚げ足取りを展開していたのは,あなたでしょうと,民主党応援者が7割以上のリベラルな友人,家族はいっていましたが.

かれらオバマを応援しているものも、まさか本当に勝てるなんて、思っていなかった人も周りには多かったです。過去2回選挙結果を改ざんされたトラウマを引きずっているから。また、どこかで何かが起こるかもと、かなりオバマ陣営にも最後まで緊張と、現選挙システムに対する疑心暗鬼が横行していたのは、事実。アルゴアの時を思って感慨にふけっています。

11/06/2008

オバマフィーパー 因縁のシカゴで百万人が涙す。Obama on Stage w/ over 1M people in Chicago

オバマ・フィーパーのかげに日本の片思い OBAMA Feaver Japan's counter reaction??

こちらは、オバマフィーパーで、平和への道へ進んでくれるかなと、みな明るい期待に胸膨らませています。


今まで保守的な州だったバージニアやコロラド、ニューハンプシャー、ノースカロライナなどなど,
若い人たちの希望を一手に数字に集めているのに対して、投資家の思惑が集まるウオール街の反応はよくありません。翌朝、早速マスコミがこぞって「蜜時はおわった、オバマの最初の数ヶ月、試されている。彼がどうこの金融街を扱うか、引き締めてかからないと」とそれぞれコメンテイター、評論家などなどは声を揃えて冷淡に見ています。きっと、彼ら自身も希望に涙しながらみていた一人だろうに。

マサチューセッツの片田舎の我が家にはケープルテレビを受信していないので、こんなときにはテレビニュースのかわりにコンピュータースクリーンにて何局も同時に見ることになった。便利になった。いつも世間様を冷静視している高校生の息子とともに家族でコンピューターに釘付けだった。

それにしても、
日本国内の人々が思うほど、アメリカ国内では、日本がどんな反応するかなんてあまり興味がないということがつくづく分かった。当日夜11時過ぎのマスコミのオバマ勝利宣言から、11時半のマッケインの敗北宣言、そし12時半のオバマ自身の家族とともどもの舞台挨拶まで、各メディアが世界各地の反応、取材を報告していた中に、CNNもNBCもNPRもデモクラシーナウもどれもこれも、ヨーロッパ各国の様子や、中国、アフガニスタン、イラク、ケニア、オセアニアの様子は伝えても、日本の反応も、政府のコメントも何も伝えてこない、次の日の朝でさえ、あっさりすぎるほど、ネットワークが日本の反応を取材したというニュースが伝わってこない。アメリカにいて、日本のニュースをコンピューターであれこれ検索しても、新聞ニュースを並べてみても、日本の反応は、あまりアメリカに影響がないと思い込んでいるの? 対岸の火事じゃなくて、十分に影響のあることなのだけどな。
他国で災害時にあった時に、まずよその国の出方を見る政治家と経済界の態度が一般人にも反映されているって,
思い込まれているのかな、こんなにリポートがないと、わずかに駐日大使がコメントしていたのが目に入っただけ。これはどういうことでしょう? 日本の片思いなのか、日本がどう思おうと関係ない、間の抜けた政府が何をほざこうと相手にしていないということでしょう。残念です。

日本の反応もしりたい、誰か民間の反応をもっともっと知らせて。


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