8/15/2012

空港、航空会社比較 マイレージをためるぞの旅 その2


July 17-18 Fin Air: Nagoya – Helsinki 
スリランカから日本に戻り、一週間後には予定通りFin AirとIceland Airを乗り継いで米国への帰路についた。日程を変更してまで日本に残りたかった予定があったが、帰路変更不可の航空券だった事が判明し,そうそうに米国に向かった。ヘルシンキでは郊外にて、世界で恐らく日本人とフィンランド人位にしか知られてないム−ミンに会えるかなと期待しつつ、森を散策したかった。しかし滞在日数が少ないので,とても効率よくできている列車に飛び乗った。森の国フィンランドなら、どこに向かってもすぐ森にぶちあたるだろう。と予想したが到達せず、世界デザイン博をやっている首都ヘルシンキあたりを廻って予定日数2日はあっという間にすぎてしまった。
しかしスニフキンが釣りをしていそうな水辺にはたどり着いたが、帰りのバスが時間通りやってこない。 しかたなく郊外では拾えないと言われていたタクシーで,一路飛行場行きのシャトルバスが出発するヘルシンキ中央駅へ向かった。ヘルシンキ市内には縦横にバス路線が張り巡らされているようだが、今ひとつどの路線でどのバス停かはっきりしなかった。ヘルシンキ空港へ向かうバス路線は2カ所あり、低額な方の市内バスに乗り無事空港へ2時間前に到着。そしてアイスランド空港エキスプレスにて、ヘルシンキよりレクキャビックへ到着。

July 19-20 Iceland Air Helsinki-Reykjavik-JFK

翌日、国際空港からwifiつき大型市営バスで首都レイクキャビック市内に到着。アイスランドもスマフォ普及率はすごい高い。空港内はもちろんバス内も大抵のホテル、安宿のホステルもwifiが使用可だった。
しかし宿は前回とは打って変わって実に不案内なホステルに宿泊。レイクキャビック市内は以前のアイスランド自然踏破の旅に比べ、いかにも退屈な旅となった。噂に聞いたシーフードの店を探し当てたが、予約がないとだめと足蹴にされる。ここは女一人旅、なんか嫌煙されているようだ。さらに2−3軒廻るが、どこも混んでいるか予約なしで受け入れられずなんか、しけた寿司屋にはいって翌朝、ニューヨークへ飛び立つ。朝、早く起きているにも関わらず、予約していた空港へのシャトルバスが全然出発しそうもない、バスの運転手はのんびりしている。こちらはだんだん焦りだし,いつレイクキャビック市内を出発して一時間弱かかる国際空港に行くのかと尋ねると,とても間に合わないと判明。しかたがないから宿にもどって急いでタクシーを呼んでもらって空港へ。北欧では、何事も最低2−3時間の余裕をもって動くべし、しかしまたここらへ戻って来るだろうか。

2012夏・旅ジャーナル わずか一ヶ月で7つの航空会社、JAL系One Worldに怒り、スターアライアンスに勝算

JFK-Iceland -England-Oslo-Helsinki-Nagoya- Tokyo-Kuala  Lumpur -Sri Lanka - Helsinki -Rkajavic -Boston,-Victoria, Canada-Bainbridge Island-Seattle WA-Boston 

June 11  Mega Bus, Long Island Railway, Air Tran: Amherst-NY Manhattan-JFK 
 空港比較をするまえに、まずはグランドトランスポーテーション、空港までの交通手段から。自宅のあるマサチューセッツを出、最近でてきたヨーロッパ系格安長距離バス・メガバス(事前にネットで予約をいれると2−3ドルで普段30−40のバス路線が時間帯によって手に入る)で一日前にNY空港へ向かう。他のグレーハウンドやピ−ターパンバス等の集まるバスターミナル・バスターミナルでなく、SOHOちかくにおろされ、知人にマンハッタンのカラオケボックスへ連れてかれる。いやはやマンハッタンのカラオケはすごい、曲の充実さに驚かされる。日本人のいやアジア人の人口の多さの成せる技か、それともタイムズスクエア、しかもコーリアン通りの近場で韓国系移民の財源の豊かさなのか。とにかくマンハッタンにある3店のユニクロ店、イースト・ビレッジのラーメン、たこ焼き屋台とともに、日本が恋しくなったら車で3時間行き甲斐がありそうだ。などと考えながら、日本行きの旅がアイスランドから始まった。JFK空港までモノレール・エアートレインに乗る。ニューヨーク市長が躍起になって改築をはかる市内を縦横にはしる地下鉄メトロの乗り場と連結している各ターミナル行きのモノレールだ。これはシカゴ空港より、サンフランシスコ空港より、ワシントン空港より、ニューヨークの他の空港(ラガーディア空港、ニューアーク空港)工事中のロス空港より公共交通機関への連結が便利で標識も分かりやすい。


June 12 Iceland Air, JFK- KF , Iceland


 JFK空港から、一路アイスランドへ。国が経済破綻にあい、巻き返しをはかってか、米国のNYではメトロなどあちこちで自然の温泉写真と宣伝されているアイスランド空港に乗り込む。一日に2本もJFK空港ーレイクキャビック空港間を飛んでいる。安価の割にはまずまずの乗り心地とサービス。友人からアイスランド・エアーはあまりに前席とのスペースがないからどこかで訴訟を起こされたと聞いていたが、快適とは言い切れないがほぼ満席にも関わらずさほどの隔たりを感じない。
機内に持ち込もうと思っていた持ち込み手荷物のサイズに収まっている筈の小型スーツケースを預けさせられる。手荷物と飲み物、イヤーホーンは無料だったが、機内食は有料。現地の夜11時半に到着するものの空港の外はまだ明るい。クリフ国際空港もターミナルが大きくない割には 移民ブースも税関チェックも簡潔で私の搭乗した便も他にも何便か同時刻に到着した便も満席だった割には列に並ばず、すんなり深夜12:00入国完了。



June 13−14





ゲートの外には早速ネットで予約しておいた地元のレンタカーのお兄ちゃんが待っていてくれる。感じのよい気さくそうな若者が、ナビの使い方を親切に教えてくれ、空港近くの町のユースまで乗っけてくれる。夜中に着いたというのに、ホステルのおじさんからも親切な応対をうけ気をよくし、日没が12時過ぎ、日の出が早朝3時という白夜になんとか2−3時間眠る。いくらアイマスクをしてもやはり6時以降は眠れない。レンタカーに乗り込み、事前に調べておいたアイスランドの大自然満喫すべくレンタカーのお兄ちゃんやホステルのおじさんに確認しておいた滝、温泉巡りを始める。思いの外、快適な運転にむしろ最初の目的地を通り越していないか不安になものの、2時間で自然自噴水に到着。中国人観光客、ヨーロッパからの観光客の様々な言語を耳にする。そして大瀑布、秘境などの滝、どれも氷河期にできた滝だという。最終目的地のブルーラグーン温泉には営業時間ギリギリに入園しひとときの温泉気分を満喫。やはり日本の温泉とは違う、外には火山の溶岩が広がる露天風呂。広大な自然を利用した湯船に橋がかかり幻想的である。

 しかし多分、湯音は38度位だろうとぬるくて、外気13度位でなかなか湯からあがれない。湯船の真ん中に硫黄分を含んだ白いマッサージパックがおいてあり、そればかり顔全体、体全体に塗りたくる。男女混浴、水着使用なので、日本の温泉気分とは少々違うが、まずますの入浴後のさっぱり感はある。しかし期待していた魚料理は食べられず、喫茶コーナーで硬くなった サーモン寿司をほおばる。これじゃアメリカのスーパーの寿司と変わらないとこぼしながらも、絶景には文句は言えない。
ブルーラグーン温泉からのにち
June 14   Easy Jet KEF Iceland – LOT, England

 帰路ガソリンを満タンにして(イギリスより、日本より、スリランカより高かった、確かエコノミー車で日本円にして1万弱、レンタカーが一日半で5千円以下だったから、オプショナルツアー料金と変わらないが、総走行距離500km、南アイスランドの自然の見所をほぼカバーできた感はある)レンタカーの営業所に車を戻し、またまたお兄ちゃんに空港まで送ってもらって、事前チェックインをiphoneで済ませる筈が、EUパスポートでないので移民局手続きが要るので、チェックインカウンターに行った。アメリカ市民と住民、EUパスポート所持者、その他の外国人と出国もパスポートチェックが航空会社カウンターの他にも受ける。カウンターでは持ち込み規定サイズにスーツケースのハンドル分オーパーといわれ30ユーロ拠出。そして機内はまたしても満席。もちろん安価航空券なので食事も飲料も有料、しかも座席も早いもの順である。またランウェイに待機している飛行機まで歩きタラップを上らされる。




June 14  Eco Bus LUTON-London
初めてのルートン空港、でも入国は同じロンドンの悪評高きヒースロー空港より手軽だった。ロンドンには五つもの空港が点在するのには感心。搭乗する航空会社、路線によって分かれロンドン市内空港、ルートン空港、ヒースロー空港、スタンステッド空港、ガトウィック空港とロンドン近辺によく建てたもんだ。市内から一番離れているようだ ルートン空港から頻繁にでているロンドン市内ビクトリア駅行きのバスに乗り込む。ルートンからのバスはいくつもあって何度も何度も人に確認しながら乗り込む。誰もがロンドン人じゃないんだから。もう少し親切なサインが欲しいものだが。バスの中はアイスランドの市営バスのごとくwifiがない。しかし1時間ほどでロンドン市内あちこちで乗客をおろしながら最終目的地ビクトリア駅に到着。バタシー公園まで徒歩だったがここら近辺はアラブ、南アジアの住民、学校帰りの子が多いのに目をひく。

テームズ川沿いのロンドンでの目的地に到着すると、いきなり記念式の準備を手伝って欲しいと言い渡される。ミュージカル、マイフェアレディーの舞台、コベントガーデン卸市場に早朝3時には入場していないと朝4時頃に店じまいを始めるというのはどうも事実だと、3時半頃についてどんどん店じまいを始めている花屋の卸業者に冷たくあしらわれながら思う。花を片っ端からこれとこれとと注文していかないと、次から次へと巨大冷蔵庫に生花が収納されていってしまう。大口客でもなく年に一度だけ訪れる私たちは片付けている端から、程よい色合いと花弁の大きさ,茎の高さを選んでいかねばならない。
コベントガーデンの花市場
サーモンビンク、オレンジ、淡い黄、緑、紫、深紅、エメラルドブルー、と考えられる色が所狭しと通路を挟んで、こちらの業者あちらの業者と並んでいる。客を呼び込むわけでも、売り込むわけでもない。決まった顧客に売って、ときどきこうして飛び込み客を相手にする位で、オードリヘップバーンばりの女の子が花束片手に躍り回っているわけではもちろんない。そして朝4時ちょっとすぎにはもう市場を後にする。対面の野菜売り場はこれから始まるのだろう。しかしもう
車に野菜、果物を入れるスペースはない。
June 16  Oxford UK 
一般に閉ざされたオックスフォード大
オックスフォードに住む旧友がロンドンまで迎えに来てくれて、車で一時間ほど西北へ。早速、夕方オックスフォード市内を観光案内してくれる。そこでまず大学の閉塞さにアメリカの大学との違いを感じる。アメリカではどんな大学でもキャンパスには簡単に入れ、ハーバード大でも何でも観光ができる。ただコロンビア大などマンハッタン内にある大学は学生証カードがないと自由に図書館は入れないが、教室やカフェテリアにはカードがなくても入室出来る。しかしオックスフォード大はそれも無理との事。どこで夕食を食べたいかと尋ねられ、大学食堂と応えたがあっさり却下される。J.R.R. Tolkien や C.S. Lewis , W Yatesの通ったバーや、大学図書館を外観だけ眺める。私たちが訪れた1−2日後にビルマの自由の旗手アウン・サンスー・チーが自宅監禁されて死に目に会えなかった夫との母校、オックスフォード大を訪れたニュースを見る。そこではオックスフォード大は誰にも開かれたように映っていた。


June 17-18   Rent-a Car: Miltonkeynes-Rollrite-Aveburry-Stonehenge-London UK 
新興工業都市ミルトンキーンズを訪れ地元の人々、日系人、インド、スリランカ系の移民や仏教徒が文化活動を披露していたが少し休憩。この町はもともと工業都市として開発されたおり、市当局からそこに日本庭園と平和塔を建立してほしいと依頼されたそうだ。この地を27年前に訪れた時とすっかり様相がかわり、市の景観と庭園、池、平和塔が妙になじんでいるのが興味深い。

地元イギリス人と楽しくかつ深い話で盛り上がったお疲れさん会に参加し、後始末をしながらも交流した翌朝、レンタカー会社に行って予約しておいた車に乗り込む。いかにも簡単な道順だが、この「ラウンドアバウト(ロータリー)」はいただけない。見知らぬ土地でもかなりの度合いで迷わない、土地勘というよりお天道様さえあれば自分がどこに居るか認識出来ると自認していたが、ロータリー内で急に標識が消える英国の道にはとうとう一日中、なじめなかった。フランスを訪ねていた娘の友達と父親がイギリスへ寄るというので一緒に観光する事になり、レンタカー営業所から10分の駅まで迎えにいくつもりが、予約しておいたナビがレンタカー会社の営業所から出払い、悪びれず代わりにこれ使えと使い古された地図帳をもらう。地図も詳細は掲載されていなくて、同乗者と四苦八苦して見つけた駅に1時間後に辿り着く。ロータリーを廻っているうちに方向感をなくしてしまったようだ。それでも地図帳で大体の位置を掴み、ナビもないのでどの道を通っていいかを予測しつつ進む。何度も戻り、違う経路を見つけだし、たどり着いた最初の目的地は大人の熊から小熊の大きさの岩で構成された、直径30m強のストーンサークル。
Rollriteのストーンサークル 
私たち4人は好きな岩を探して思い思いに抱いてみる。次の目的地はAveburry, こちらは一つの岩がヒト4人以上が楽に入る大きさで、ストーンサークルそのものも直径300m以上が螺旋状になっており、間にちょっとした集落まである。さらに付近には古墳のような丘があった。そしてストーンヘンジへと急ぐが、高いフェンスと周囲にはチェーンがあって、近づけない、岩に触れられない。何も感じられない。Rollriteでは磁場が高いせいかサークルの周りではコンパスが使えないが、サークルの中心でピタッとコンパスは北を指した。

Aveburryのストーンスパイラル
時は夏至の数日前、多少ずれがあるが、かなり正確な北をサークル30m直径の中心で指していたと思う。そしてAveburry ではダウジングを持ち歩いて磁場の高いところを探していた女性に遭遇する。私たちが彼女に近づくと多少短めの彼女のダウジング銅棒が交わってしまうほどの磁場の高さを表していた。
最後のストーンヘンジで出会ったのは、物々しい警備と夥しい観光客だった。そしてロンドンまでの帰路に着く。またまたロンドン市内で迷うこと一時間,途中同乗者を訳の分からないメトロ駅でおろして、無事宿泊先に到着。