10/24/2010

Micro Organism の世界その2

 今回は、Microの世界の微生物というよりは、菌類よりもう少し大き目のノミ・ダニの世界のおはなし。

さて、ノミ、ダニは戦後の話と思われる日本の御仁も多いはず。
そうばかり言ってられない。
生活習慣の違う国との行き来や、
日本でもアメリカでも温水プールでシラミをもらってきただの、
南京虫を海外旅行でもらってきたとは、よく聞く話し。
しかしお隣のコネチカット州ダニからライム病が見つかったというニュースは
私たちの暮らしぶりを随分変えた。

このライム病とは鹿に寄生する鹿ダニが

人間や犬猫に寄生して、ダニが血管から侵入して全身にまわり、数ヶ月 から数年後にはライム病として神経痛、関節炎とにた症状から、パーキンソン病と誤診されるほど倦怠感におそわれることもある。この治療は今のところ、強い抗生物質の投与のみ。

以前にも投稿したが、このライム病に我が家の犬も夫もかかた。
夫は数週間の抗生物質の投与を余儀なくされ、犬は2ヶ月間、抗生物質をとり続けている。
すると犬の性格がすっかり変わってしまったと思われるほど、この抗生物質が効いていて活動的でない。
このライム病の診断は、人間も犬も血液検査で調べる。
しかしこの血液検査でも発病していない陰性として出てくることもある。

野原を駆け回り、山々を散歩していた犬も人間もこのライム病が怖くて、自由に散歩できないと制約を受けることになる。鹿に寄生していたダニが人間にも非野生の動物たちにも寄生してくる。
野生の鹿が少なくなり、ダニはその寄生先をさがして、人間に乗り換えたのだろうか。

野生の動物がどんどん追いやられてきたことは確かだ。


話しはそれるが、安全運転
で評判だった息子の最初の運転の試練は
路上に突然表れた野生のアライグマの対処だった。
夜の雨にぬれた道にいきなり現れる野生動物たち、私たち人間は文明の産物、車を乗っていてもまたまだ彼らとの共生を学んでいない。
少なくとも保険や社会システムは前方不注意と判断し、容赦はない。
野生動物を避けようとして車をガードレールにぶつけてしまった息子に、
保険会社はせめて野生動物と接触してればと、、、のたまう。今後の保険金のためにも、
運転中、野生動物をみたら無理に避けようとせず、殺すように親として言えというのか。

人間の生活に、野生動物たちはこれ以上あわせないと行けないだろうか、
道路を横切って穴蔵に帰って休むことも、突然建設された高速道路の向こう側に彼らのいつもの水飲み場や餌場があろうと、命がけで渡る位なら、道路と同じ側で見つけろというのか。
野生動物ばかりでない、植生も大きくこの道路建設によって、
または私たち人間の暮らしを便利にするための副産物として、随分は変わってしまった。


あちこち話しがとぶが、、、、それはそうと今年はマツタケが長野、和歌山で35年ぶりの豊作だそうで、まだ松の木の病気にやられていない山林が日本国内にあったと聞いて、まずは少し安心。


さて微生物の世界に話を戻すと、
今朝異常な景観を目にした。それは高速道路の側の休日の工業団地で、
「インフルエンザ無料予防接種、実施中」との大きなたて看板があったかと思うと、
異様なほどの大人数の警察が、交通整理をしながら車を誘導して、次から次へと車に乗ったままの運転手や、自家用車乗客に注射していたようだった。
ううわーーーーと在米25年もの暮らしでも始めての光景に思わず、
まるでSF映画の中で見る様な光景に驚いた。

インフルエンザの予防接種といっても、いかに科学的に、医学的な根拠をもとに、
今年はこの型がはやるかもという予想ではないか。
こんな風に菌を次から次へ体にいれていってもいいものだろうか。
私たちの体の自然免疫力はどうなってしまうだろうか。
それこそ菌類と人間とのイタチごっこではないか。
と考える昨今の細菌事情と、微生物界と
野生動物、植生に関しての
素人の憂いである。


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10/17/2010

キノコ狩り、micro-organism菌類の世界、微生物の世界

雨の日々が続いた。山や野で野生キノコがきっとあちこち今年も生えているだろうなと近くの山々を横目で見ながら、今年はまだ一度しか野生のキノコを食べていない。
今年唯一食した野生キノコの名は
Chiken of the wood といグロテスクなオレンジ色のキノコ
名の通り鶏肉の味がすると友人たちには好評だった、
隣の農家から頂いた子羊とジンギスカン鍋にする。

例年は生きている生木に棲息するoyster mushroom 等をよくキノコご飯にもしていた。


しかし今年は5−6年前に広葉樹を伐って、椎茸の菌を植え付けていたのが4年前からあれよあれよ出始め、去年はおやすみだったにも関わらず、今年も一週間位前から写真のように固まってにょきにょき出て来た。

先週の雨のせいだろう。

キノコと人間には相性があると考えている。

キノコ料理はいろいろと考えられるが、まったく野生キノコと相性のない自分に比べ、アメリカ人夫は日本でもアメリカでも山にはいって野生キノコをどんどん採って来る。
それを人参や油揚げと一緒にキノコご飯にしたり、
焼いたり、天麩羅にしたり、
バターで炒めてもおいしいし、ごぼうなどのような味の濃い食材とでなく、葉もの野菜と炒めてもいける。

さてさてこの菌類は植物でもなく、動物界でもない特殊な世界をもつといわれている。

キノコたちとは相性をあう・あわないといった方がぴったり来る。

たとえば、栽培が不可能とされる松茸狩り。
17年前、
親戚の松茸がでるという山に母や叔母たちと入ると、
皆道なき急な斜面の山々を我れ先に入山する。この時期は他家が所有する山々に少しでも近づくと大変だからと、ちゃんと心得ている叔母たちは思い思いに入って行く。

私は子どもの頃よりこの赤松にあると言われ、在処を知らされてようやく松茸を採らせてもらえるのが関の山。とんと自力で採った試しはない。いくら生え方を監察しても、生える木の環境特徴を頭にいれて血眼に探しても、目の位置が違うからと思って、様々な姿勢で山を這いつくばっても、松茸は採れない。ところが初めて近辺の山々に入って、手ほどきを買うたわけでも、松茸がどんな生え方をしているか、教えられてもいないのに、アメリカ人夫は示された領域内にささっと入って行って、背負い籠一杯に松茸を採って来たではないか。あれには驚いた。

あれから15年以上、もう今では実家のある岐阜の山々ももう松茸が採れなくなった。松食い虫にやられて、あちこちで見られていた「松茸狩り」の看板も今は姿を消した。20年も前から松食い虫の被害が叫ばれていたが、もう山々が実らなくなったのではないかと憂う。

 その後アメリカに暮らし始めても、夫のキノコ狩りの触手は衰えない。

山に入っては山菜に、わさび、キノコ、栗等を採って来てはお裾分けしてくれる叔母に
言われた「手が覚えてしまうから、絶対怪しいと思うキノコは採ってもダメ」名言を守って、
ひたすら
「色が毒々しいものは食用でない」とか、「縦に簡単に手で割けられるもの食用」通説を信じず、
日本語、英語の図鑑を見て、次々と毎年とって来る。
もうそれは相性としか言いようのない巧みな技だった。

キノコは自然食愛好者の中でも、西洋東洋の混合医学のホリステックの医師の間でも、特に免疫に働きがあると
いわれてもてはやされ、
アメリカでも最近かなり注目されてもいる。煉瓦づくりの廃工場を茸栽培に利用したり、
自然食売り場や大手のスーパーでも通年販売している。いくら有機栽培だといっても土壌の汚染はかなり広がっている、だから有機・無農薬野菜よりキノコがより純粋で未来の食材という話しも20年以上前にきいた。

風の谷のナウシカでもキノコが核戦争後の空気を浄化している話しもまんざら、フィクションでないとみた。このキノコプームに便乗してガンガン化学肥料をいれて栽培するキノコ農家も出て来たとはあるスーパーのオーナーの話し。それではますます野生のキノコの有難さが注目されてもよいのではないか。



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10/10/2010

まっ赤な秋がやってきた






 ことしの秋はここニューイングランドでは、ゆっくりと確実にやって来た。暑い日々が9月中頃まで続いていたかと思うと、急に寒くなり、雨が何日も降ったあと、あれほどしんどい夏を越したおかげで、紅葉と穏やかな日差しのご褒美を頂いた感じだ。
朝晩の冷え込みと、日中の温度の上昇の差があればあればあるほど、葉っぱは色づくようだ。まっ赤な秋の山中で、地元インディアンの人々と日本の仏教僧と、アトランタでキング牧師を手伝っていた黒人の牧師さんを迎え、季節の実りをコミュニティーの中で祝い合った。

秋には春の香りとは違った匂いがある。冬の木枯らしとも違った、
ひと時の秋を近くの山や森でとれたキノコとともに、味わってみることにする。
天候がよいと人々の顔もほぐれる。ついつい外にでて、昼でもしたくなる今日この頃。

暑ーい夏を通り越し、雨の多かった早秋だったが、一時の安らぎを秋はもたらしてくれた。









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