6/24/2010

メキシコ湾海底採掘油漏れ問題 その2、バイオエネルギーの考察

ワールドカップに乗じているうち、とうとう
アメリカはアルジェリアを制して、決勝進出を決めた。

しかし外は真夏の陽気、子どもたちもいくら夏休みだからといってワールドカップ観戦ばかりはしていられない、早速サーフィンへ、日光浴へ大西洋岸に繰り出している。
energy secretary steven chu

メキシコ湾の油漏れはすでに対岸、フロリダ半島のメキシコ湾側に達し、やがてキーウェストからカリブ海の島々、そしてフロリダ半島から暖流にのってこちら米大陸東海岸、
さらには南米、ヨーロッパ大西洋岸に広がるだろうと予想されている。

ここで怖いことを米議会の公聴会で聞いた。(先ほどから何時間もそのニュースソースを添付しようとしているがテク問題なのか、でも興味のある人はこちらでご覧下さいhttp://www.msnbc.msn.com/id/26315908/#37887518)

というのも、現在メキシコ湾岸の油漏れに対処している技術は
70年代のサンフランシスコ湾岸のオイル漏れに
対処した技術と大差ないということ。
米国会議員の質問は「通信技術はダイアルから、iphoneの世代になっているのに、未だダイアル時代と同様の技術しかなく、それ以外になす術がないのか」と、するとオイル会社は「残念ながら」とこたえたようでした。しかもオイル会社は地球規模でドンドン同様に海底に穴をあけて、油を得ようと掘り続けている。 

メキシコ湾における原油の流出は史上最大規模での流出が続いています。27日には漏れた油井の弁を通して泥を注入するTop Kill作戦が取られましたが、BPは失敗に終わったと発表しました。(以下は毎日新聞によるその報道です)
高圧で吹き出す油のために、泥を思惑通りには注入することが出来ず、海面から高圧で圧送された泥は海に流れ出てしまったようです。とにかく、流出を続ける油井をふさぐことには失敗したのです。
当面は、漏れ出した油をポンプで吸い取る原始的な対症療法が続けられることとなりそうです。
 次なる方法は、油井に取り付けられた弁の上部を切断し、そこから油を回収する方法です。
5月30日10時23分配信 毎日新聞
【ロサンゼルス吉富裕倫】米メキシコ湾沖の海底油田事故で英国の石油メジャー「BP」は29日、重い泥を注入して油井を封鎖する試みに失敗したと発表し た。次の対策を始めるまで4日〜1週間かかるといい、米国史上最悪の原油流出事故は被害規模をさらに拡大させることになった。


海底1マイル(約1.6キロ)の油井上部に取り付けられた噴出防止装置に重い泥を注入し、セメントで固めて完全に流出を止める計画だった。成功率6〜7 割を見込んでいたが、26日以降注入した3万バレルの泥は、噴き上げる原油の圧力でほとんどが海中に漏れ出てしまったという。BPは今後噴出防止装置上部の破損したパイプを切断し、油の吸い上げ口を新たに取り付けて流出を止める方針だ。


一方、BPは同油田に2カ所の予備油井を掘削中だ。予備油井から原油を吸い上げれば事故油井からの噴出を食い止める根本的な解決策となるが、完成は8月になる見込み。
さらに昨日の朝日新聞の記事では、この公聴会に関して
『(6月)17日の公聴会は、英BP幹部が米国民に直接事態を説明する場でもあるため、ヘイワード氏は「事態の深刻さはよく分かっている。(事故のあった)湾岸地 域の人々に直接語りかけたい」と述べ、流出を止めるためにBPがとっている方策や、米政府と協力して全力で対策に当たっていることなどを順次説明した
米議会は、BP側がコストを優先して簡略設計を採用したことが事故の原因だと追及を強めているだけに、公聴会では激しいやりとりも予想される。』と 
では、一般住民は議会が誰の責任だ、どこが保証しなければいけないともめている、大統領が今後の1500m以上の深海油田採掘を凍結するとい発表したからといって、どうしたらいいのでしょうか。
まず石油の消費を減らす。省エネでしょう:車、電気にすっかり依存している暮らしを変えていかねば、
他の考察として、代替エネルギーがあげられるでしょう:たとえばバイオディーゼル車の使用とか。
しかしこれがまたイギリスを始めとして環境省、環境保護団体を始めとした研究者から警告が発せられています。
バイオディーゼル油を生産は、過去6年間の食糧価格の高騰の75%の原因と見られています。
このバイオ油は石油の10倍のエネルギーを使用して生産されといいます。
バイオディーゼルを生産するには、その原料となる食糧油を栽培しなければならず、その栽培の過程で
トラクターだの化学肥料、農薬だのを使用しますからそれらを生産、輸送にも石油は使われているというのその10倍のエネルギーがいるということでになります。世界のあちこちでバイオ油の栽培のため、畑作地が大幅に減少されていきました。植民地時代や戦中の時の商業作物のために、農民みずからも食べて行けなくなる畑作栽培が減って行く傾向と何ら変わりはないでしょう。

ソーラー車などまだまだ代替エネルギーはありましょう。でも私たち一人一人が大きな視野にたって、自分の暮らしを電気使用を減らし、車使用を減らすように変えていくしかないでしょう。さて、電気を利用したこのブログも夏休み少しお休みします。


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6/18/2010

ワールドカップが南アではじまった

夏休みが始まった、そしてワールドカップがはじまった。
ここアメリカでも、スポーツバーで、街角のカフェで
サッカーファンならずとも、スクリーンの前で
応援エールのかけ声があちこちで聞こえ、街に、家々に興奮した人々の熱気が伝わって来る。

アメリカでのサッカーは、野球やフットボール、バスケにくらべて下火なんて
国外では信じられている。

いやいや、なにをなにを
小中高どこの学校もサッカーファンは,課外活動やサマーキャンプ等でも他のどんなスポーツをもしのぐ。
しいていえば、そうしたイメージがあるのは、プロ野球チームやプロアメフトチーム、ブロバスケにプロホッケーチームの陰謀といわれている。確かにプロサッカーのスポーツ番組の放映は上記のスポーツ観戦にくらべて少ないが、子どものサッカー人口、親の熱心さは野球他どのスポーツにも勝る。

移民の国、アメリカで一世といえば日系人の場合は、日本でうまれたあと、米国へやって来た移民を指すが、
米語でいうファーストジェネレーションとは、アメリカで生まれた最初の世代という意味だ。
オバマ大統領しかり、アメリカで活躍しているサッカーちびっ子も
このファーストジェネレーションが活躍する。

とくにアメリカでのプロサッカー熱はガーナ出身でアメリカへ8歳で移民してきたアドゥーが14歳でプロ入りしたときに、かなり盛り上がった。かれは既に10歳でその才能が認められ、インテル・ミランなど欧州列強からもオファーがあったそうだ。このアドゥーをめざせとばかりに、数年前からサッカー熱はますます盛り上がって来た。8年前にもこの近くでワールドカップ女子の試合があった。息子たちはわざわざスタジアムまで観戦に行き、すっかりサッカーの虜に鳴って帰って来た。しかしそのときより先日W杯直前の(ワールドカップに客を呼び込む為の親善試合)ナショナルアルジェンチンチームとナショナルアメリカチームの試合はさらにチケットが売り切れになる満員盛況だったようである。

日米のちびっこサッカーに息子が参加していたことを振り返ってみても、サッカーママはどこの国もとても熱心だ。省エネと時間の問題で、遠征試合に息子の送り迎えを他所の親によく頼んだ。
しかしこちらも頼んでばかりでは申し訳ないと、たまには送りましょうかと、
アメリカでも日本でも申し出ると、どの親も毎回子どもの遠征試合は絶対見逃さないという気負いである。
もうとても熱心に応援し、姿勢がちがう。
米国の州代表チームを決める試合にでられる出場資格のあるプレミアムチームに息子が席をおいてた時などは、
一部の親は熱心のあまり、興奮して相手チームをなじり、駐車場へ退場を何度もくらっていた。
とほほ、子どもにそんな姿をみせられないと思うのだが、

必死な親はどこにもいる。
ポルトガル移民の子、
カリブ海の移民の子が、というより親がとても熱心で、かわいそうになる位
息子たちは失敗するとなじられていた。彼ら親もいろんな理由でアメリカに移民に来たにせよ、
サッカーの文化は、こうした彼らからアメリカでは盛り上がっていくのかもしれない。

今日も2010年南アW杯、アメリカvsスロバキアチームの試合があった。息子の友達らと観戦していたが、
面白いのは、スポーツ番組で雇われたイギリス人のニュースキャスターは
散々アメリカチームをこき下ろしていた。まだまだ上達の余地ありといって、
でも、アメリカチームが同点ゴールを入れたとき2−2で、まさしく洗練しきったゴールだと褒めちぎっている。
アメリカチームの行方が面白くなって来た。イギリス並ぶほどのチーム戦績だと言われだした。どうなるだろう。
早速、こどもたちのソーシャルネットワークfacebookでは、この試合で持ち切りだ。

一方、4年前ドイツでのW杯に応募してスタジアムで観戦して来た。その様子が、今月の
ブログタイトルに使用した写真である。 ドルトモント・スタジアムにて予選トーゴvsスイス戦の試合に繰り出した様子。

まだどこのチームとどこのチームの対戦か分からないままにとにかくW杯チケットをインターネットでパスポート情報と応援チームアフリカの小国の名前を書いてFIFA公式サイトで応募した。ドイツの友人たちはすべてこのインターネット応募に外れてしまったが、私たち家族は4人分のチケットを入手でき、友人に送られ検問ゲートを何度も通ってスタジアムに到着した。

スタジアム内に到着すると、興奮が伝わって来る。もうもう
敵味方なく抱き合う、私たちはスタジアム一杯の59900人のスイスの応援団の中、マイノリティーなアフリカの小国のチームの応援だったのに、隣の人とおたがい母国語でない英語で、ウェーブの打ち合わせをしり、ハイファイブなどといって手を叩き合った。

ドイツ国内は駅でも、アウトバーンのドライブインでも、人が数人集まればすぐ「オレーオレオレ」が始まって、街中にこだましていた。 その後、この2006年W杯準決勝や決勝戦はイタリア、ギリシャで観戦してきた。
アテネでも、ローマへの列車内でも、小さな街角のカフェも大きなスポーツバーも、歩道にまで巨大スクリーンを張り出して客サービス、またはサービスそっちのけで、みんながサッカーを介して一つになってエンジョイしきっていた。

そんな中、2006年ドイツW杯で目についたのは、前W杯の共同開催国の一つである韓国人の多さ。国が豊かになった現れだろう。スタジアムのある街の近辺にはヒュンダイ製のタクシーやW杯公式車が行き交っていた。空港も団体で韓国人が応援にやって来ていた。80−90年代に目にした日本人や米人、英人、ドイツ人のバックパッカーが欧州やインドを闊歩していたが、この2006年には欧州どこでも、韓国人バックパッカーにお目にかかった。オリンピックよりお金が動くというW杯、前回の開催国韓国は確かに豊かになったのだろう。

一方2004年オリンピック開催地のアテネは豊かになっただろうか、これはあくまで私見だが、私たち家族が2006年にギリシャの島々に海から陸からたどり着いた時は、首都のアテネ市内も急場しのぎのホテルが立ち並び、火災法がまかり通っているのだろうかとおもわれる避難経路がわからないアパートが林立していた。

私たちが宿をとったのは首相官邸のある地区のホテル街のすぐ裏道、アクロボリスの丘の麓のアパートでの短期滞在だった。近くのアルジェリア人の経営するインターネットカフェに通い、地元ギリシャ人が集うマーケットで食料を買い、観光の合間にW杯を街の人々と一緒に観戦していた。しかしそこにはきっと20年前も何らかわらない暮らしがあったにちがいない。決してオリンピックの開催で豊かになったと言えない経済、(とくにEU ドルを導入した後だったので、一番ダメージを受けた国と思われる。)が展開していた。観光客が来るアテネ空港近くの市内オリンピックスタジアム、地下鉄、観光の目玉であるアテネ国立考古学博物館近辺は確かに整備されていたが、表面的な開発で終わってしまったようだった。地下鉄も、港もここ数十年きっと同じ様な暮らしが陽気に続いていたんだろうと容易く予想された.
(上記はギリシャの港町)

W杯は確かに悲喜こもごもなドラマを、経済波及をオリンピック以上に起こしているようだ。ここアメリカのテレビをもたない私のまわりの人々の間では、ソ連や中国のように国をあげてのスポーツ、国粋主義を謳歌したオリンピックは結構毛嫌いしているが、そんなかれらもワールドカップはそれほど嫌がらない。そんな彼らはアメリカチームを応援しているより、ただ観戦して楽しんでいるようだ。または母国、祖国を応援している人々も多い。もう何世代もアメリカに移民しているのに、この国の市民なのに文化が希薄だと思っているのか、アメリカに属しているという意識が薄く、自分は何々系の移民だからといったことを誇りにしている人が子どもが少なからずいるし、どこの学校でも生徒の祖国の調査をよく社会の宿題として出している。

アメリカから南アに移民しようとしている友人と、日本から南アに修行に行っている知人の仏教僧がいる。ふたりともワールドカップ時期は、南アから逃れて来ている。ねこも杓子もサッカーに興じていたっていいと思うのだけど。映画「インビクタス」の事実は確かにあったが、やはり人種差別は隔離こそされないにせよ、未だ歴然とあるという。そんなに人々の心はかわらないと。南ア出身のユダヤ系の友人も人種のことは口に出さないにしろ、アメリカでも家族全員が医師で、高級住宅街に住む。南アでも米国でも目に見えない格差は大きな精神的な壁となってそびえ立つ。でも人々の歩み寄りが、ハーモニーがたとえ一時でもサッカーを通じて行われるなら。それはよろこばしいことではないだろうか、
そんな簡単なことではないのもわかる。数年前に私が勤めていたNGO市民運動のプロフェッショナル開発訓練、Conflict Transformation 闘争を転化させるためのワークショップをする大学院のコースに参加のためやって来たマンデラ側近のある南ア学生が言っていた「僕たちは国を治めるとは、どんなに大変かを知っている。それでもこうして手に入れたんだ。土台作りに何年かかっても、人々の心が変わるのは更に何十年かかるだろう。それでもやらなくちゃ行けないんだ。自分たちの国なんだから」といっていた言葉を思い出した。

南アの未来にエールを送りたい。
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6/12/2010

学校では卒業式のシーズン



5月末から6月初めにかけて、いつも我が家ではめまぐるしい日程がつづく。卒業式のシーズンだから。
今年は娘が小中一貫校の中学を卒業し、高校へ入学、
そして息子が高校最終学年へ突入。
アメリカの学校も、高校の卒業式は日本の小学校の入学式位、人生の一つの区切り目として
様々な行事が催される。

子どもたちが通うのはアメリカでもオールタナティブな学校
公立の学校より、各行事が華々しいが、予算もないので親や生徒スタッフがすべて手作りで凝った行事を
準備するのが習わしである。みな親として教師として、コミュニティーと卒業生を送り出す準備をする。

庭や野原の花々を摘み花瓶にいけていく、蔦をからめて花木のトンネルをつくって卒業生の行進に花を添える。
テントをはり、室内楽ならぬ在校生のアンサンブルでコーラスともにメロディーを奏でて送り出す。

校庭のミントでレモンとアイスティーや、クラッカー、チーズ、果物を用意し、

いよいよ式典がはじまる。
先生の自作の詩で今年も卒業式は始まった。
それから先生が生徒をロースティングする、愛情をこめて一人一人大げさにからかう、
これがどうしても私には理解出来ない。


6/06/2010

アラグアンキン語族の長老の話しでは、空がいかっている? 神・空のきまぐれ

嵐の爪痕は10日経た今もまだ痛々しいです。根こそぎえぐられた大樹が道路脇にころがっていたり、
線路を横切って両脇に高く積まれていたり、

先回の投稿記事にコメントをいただいたように、本当に無事で良かったと胸を撫で下ろしていました。
一昨日息子と歯科医からの帰り「ほら、みてあの大樹よく母家を避けて倒れたよね」なんて話していたら、彼曰く下級生の家では木がドライブウェイーに倒れて来て車をベシャンコにしていたとか、
息子はちょうど嵐の夜は眠れなくて、妹の部屋の窓のすぐ外にある、メイプルの大樹がきしむのを聞いて、
部屋の窓を割って落ちて来ないか心配だったとか、

いつもなら夜中に雷がなったり、地震でもあろうもなら真っ先に飛び起きる私ですが、
先週の嵐ばかりは停電になったからと早めに床につき、寝入ったばかりだったのでしょう、その間に雷はさらにはげしくなり、嵐は通り過ぎて行ったようでした。でもその数時間後の明け方3時ごろ目覚め、どうしても仕事の関係で電子メールをチェックして送信しておかなくては行けないことが気になって、もそもそと手探りでおきだしました。隣町の24時間営業しているドライブインでワイヤレスインターネットを使わせてもらおうとおもむろに暗闇の中、車を走らせようとしたのです。途中どの家々の電気もついておらず、イタチは茂みから出て来るし、また迷い鹿にでもであったら車が大破ですから大変とおそるおそる車を走らせていると、何本も道路に転がっていた枝を踏んで行ったようでした。
そこまでして、たどりついた長距離トラック相手の高速沿いのドライブインも停電中。こうなると何がなんでもメールチェックを終わらせ早く家路を急ぐしかないと、さらなる街に向かったら、電気はついていたけど、やっている店はワイヤレスならぬwifiがない、、、などと明け方5時まであちこち彷徨って、目的も遂行出来ずかえってきたはまだほんの少し前。

息子との車中の話しにもどして、彼が言うには「でも嵐は家の保険で修理出来るし、所有物としての車もそれでカバー出来るけど、雷はAct of Godだから保険が下りないんだって」えええ、知りませんでした。Act of Godとは神の気まぐれとでも訳しましょうか、予知不可能な不可抗力の災害で次の様なものがあげられます:


Examples of an act of God are:
• earthquake 地震
• flood    洪水、地滑り
• hurricane  ハリケーン(季節限定の台風)
• lightning   雷(これって今、漢字変換しようとすると「神なり」ともなるんですね、改めて感心)
• tornado   竜巻(特にふだん竜巻がおこらない地域は、保険の対象外)
 tidal wave,  津波などの高波
  volcanic eruption,  火山爆発
 そしてこれらは法律上の語句としても使用され、保険が効かないこともあるようです。

ふと、昨日インディアンの友人(この呼称に対して、以前コメントを頂きました。あえて自分たちのことをインディアンと呼ぶ説明はその項をお読みください)が思いかけず訪ねてきました。
アラグアンキン語族の長老が、スタースピリッツなる空の彼方の大いなる神が
大地を清めるために何年かのサイクルで、嵐を巻き起こすといっている。
嵐はまだまだ続くから、今のうちに備えておくようにという言葉をのこして,彼は去って行った。
彼が来た直後に、ここに暮らして20年以上になるのに聞いたことも見たこともなかった
竜巻警告が近辺に出された。

一方娘は、修学旅行で船で外洋に出ていて今晩帰って来ることになっている。迎えに学校まで20キロのいつもの道のりの間、ほんの100mの路上がぬれていた。こんな数m嵐が去った様なそこだけ、かなり路上がぬれていたのをかつて見たことがない。末恐ろしい暗雲の塊は、それこそ古来の中国人たちが龍と呼んだのも、さもありなんとうなづける。雲はいつになく怪し気な動きをしている。
娘に船上はどうだったかと聞けば、至って穏やかだったという。ああ、嵐が娘たちの船を避けてくれた。空に感謝。本当に妙な一日だった。帰って来ても外は雨こそ降らないが、いまだに暗雲が上へ下へ移動していたかと思うと、どこかで固まって一気にスピードをあげたりしている。

私には空が怒っているとしか見えないが、これも保険会社は「神のきまぐれ」と呼ぶのか、
もしこの嵐の中、かりに雷にうたれて家屋や所有物に被害がでても、保険の対象外となるのか。
それでは、ますます神は気まぐれどころか、怒ってくるのでは。

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6/02/2010

米国のインフラ整備の大幅な遅れ、そのつけが,,

イヤーすごかった。またまた嵐がマサチューセッツ州を吹き荒れました。
毎年、秋頃道々に生い茂った木々の枝を電力会社が、または州道であれば、州政府が
枝払いをします。それは大量な木材となるのに、
粉砕して、家々の庭にまかれるチップ材となることが多いようです。

ここ数週間のうちに吹き荒れた嵐は、そんな枝払いの比ではなく、
落雷で吹きすさぶ大風で、大樹が見事に根こそぎもってかれたり、
根元で枝分かれした大樹の一方の枝が折れて道を塞いだり、
電線を切り、さらに携帯タワーをも倒していきました。

20年前のレーガン政権が政策でインフラ整備より
経済発展を優先させました。そのつけが今橋や道路で、鉄道で、ライフラインが崩壊しつつあります。
以前にも書きましたが、インフラ整備の欠損で
米国の暮らしは、あちこちで麻痺寸前です。

道路、鉄道、電線、電話、公共水道ガスなどなど、、もう私たちの暮らしはこのどれがなくても
機能しなくなっています。

我が家は井戸水を利用していますから、電気がないとポンプで水が吸い上げられず、
今回の停電では飲み水と調理水をなんとか
隣町のお店で確保し、道を挟んだ小川から水を汲み取って
トイレへ持ち込む、シャワーならぬ水浴びも多少冷たくても小川で、、ということにあいなりました。
さらに冷蔵庫のものが腐るといけないと、氷を近くのコンビで買いたくてもどこも売り切れ、
発電機を持ち込んでようやく生活ラインであるインターネットと、冷蔵庫に接続させます。
ろうそくに慣れていない目なので、夫婦の仕事やこどもたちの宿題の調べものは、インターネットにかなりおせわになっていますので、短期間の発電機でまかないます。
電話も留守電、ファックス機能がついていないシンプルな電話にとりかえました。
それでも隣町は無事だった様で、そこまで封鎖された道をかいくぐって、仕事や用事をすませに車を走らせます。

すっかり電気、ガソリンに頼り切った生活に改めて気づきます。道路が封鎖されたら何もできない、
停電は3日つづきました。あちこちの嵐の爪痕を眺めながら、もう一度暮らしの根本を考えてみたくなりました。

アメリカのインフラ整備の遅れは莫大な軍事費につぎ込んだつけといわれています。
国民経済の発展のためにメインテナンスより、どんどん新しいものを作って行きました。
これはとくに
軍需産業の関連会社の発展を狙った当時の大統領、経済界、の私欲のつけです。

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