12/22/2009

「西の魔女が死んだ」今年私が観た一押しの映画

アヴァターを映画館で観た日の朝、ふとこんな映画にインターネットでであった。
そのメッセージは強烈だった。アメリカでも映画化の話しがあるとか。

13歳の女の子が魔女修行にいそしむ、
やがて「生と死」の輪廻も分かりかけてくるストーリーだったが、
その中にこんな下りがあった。

「おばあちゃん、魔女になるにはどうすればいいの?」
「そうね、早寝早起き規則正しい生活と、自分のことは自分で決める力をもつこと」
,,「これは魔女修行で一番大事なレッスンの一つです。魔女は自分の直感を大事にしなくてはいけません。しかしその直感に取り憑かれてはだめです。マイは自分の思っていることが真実だといいたいんです。疑わない。あまり上等じゃない魔女たちは、妄想に取り憑かれて自滅して行きましたよ。
どうかわかってください。,,,(略)
大事なことは、いまマイのこころは疑惑や憎悪でいっぱいになっていることだです。」
「私は真相を知ることで憎悪や疑惑がなくなって行くと思うの」
「そうでしょうか、憎悪や疑惑はまた新しい憎しみや怒りをうみだすだけです。そういうエネルギーの動きはひどく人を疲れさせるとおもいませんか。」
とおばあちゃんは孫娘マイを諭す。憎しみや怒りはつかれさせるということはとてもうなずける。

そして「死ぬこと」の恐怖に取り憑かれた孫娘を発見して、こんな話しもする。

「人が死んだら、どうなるのか、おばあちゃんが信じていることを話しましょうね。死ぬということは魂が体から離れて、自由になることです。たましいは 体がなくなってからも、ながい旅を続けなければなりません」
「じゃ、たましいが私なの?」
「マイ(孫娘)はたましいと体がいっしょになって、マイなんですよ。」
「じゃ、死んだらこうやっていろいろ考えている私の意識はどうなっちゃうの?私はそれが消えてなくなっちゃうのが一番怖いの」
「よくおなかがすくと怒りっぽくなる人がいますね。それって、からだが意識に影響を与えて怒りっぽくなるわけでしょ、その体がなくなるんですから、死んだ後のマイが今のマイと同じだとはいえませんね」
「だったら体なんていらない、なんだか苦しむために体があるよう」
「たましいは体をもっているから、いろんなことが体験できるんです。いろいろな体験しなければ魂は成長できないんです」
「成長なんて、しなくったっていいじゃない」
「本当にそうですね、でもそれが魂の本質だからしかたがない。草や木が光に向かってのびて行くように、魂も成長したがっているんです」
「それに体があると楽しいこともいっぱいありますよ」
「マイはラベンダーと日差しのにおいのするシーツにくるまった時、幸せだと思いませんでしたか。
寒い冬に日だまりの中でひなたぼっこをしたり、暑い日に木陰で涼んでいるとき、
幸せだと思いませんでしたか。はじめて逆上がりができたと時はどうでしたか」
「おばあちゃんが死んだ時、マイに知らせてあげますよ。。、、魂が体からはなれましたよって証拠をみせるだけにしましょうか、マイが怖がらないように」

http://www.dramacrazy.net/japanese-movie/the-witch-of-the-west-is-dead-watch/5660

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12/20/2009

限りなく地球の原生林にちかい惑星の話し、アヴァター3D映画を鑑賞して

息子に勧められるままに
夫婦で映画'Avatar' (ひだりサイドバー参照)観に行った。最初はただのコンピューターゲームの延長線上のお話だと思っていた。

しかし後半では思わず話しにのめり込み、
ちかくで涙する人もいた。
自然と対峙して、人類は生きて行けないという
メッセージがこめられ、ジャングルの動植物と共生する住民と
草木も生えなくなった未来人類が資源をもとめて
闘う話しだった。

宮崎駿の「風の谷のナウシカ」や少し前の記事で紹介させていただいた
岡田淳著「はじまりの樹の神話」さらに実話を下にしたマリドマソメ著「ぼくのイニシエーション体験〜男の子の魂が育つとき」のそれぞれの本の底流に流れているものに通じるテーマがそこには描かれていた。

私たち人も自然の一部、周りの木々も、草花も、獣もすべて、自然というエネルギーを媒体として共生しているというのである。あたりまえのことかもしれないが、見落としがちになっているメッセージだと感じた。
ストーリーの中には、
野生の馬のような獣に力を借りて、それを乗りこなして駆け巡るシーンが出てくる。
乗馬というより「ナルニア王国ものがたり」にでてくる「Horse and his boy」編の男の子を操る馬を連想させる展開で、まず馬の気持ちを理解し、馬にも自分は危害を加えないことを理解してもらい、はじめて人と馬が一体となることができる。という相互信頼を底流とした乗馬作法がヴィジュアルで描かれていた。

また相手を理解することで歩み寄る、そして信頼を築きあげるのは、この宇宙のはて話しとて同じことであるらしい。
ジャングルの住民はいう「私はあなたを恐れていないから、信頼できる」と。
動植物が相手であっても同じで、信頼関係をそうして築いている。
「生と死」でも、
死を恐れていないのは、また生を担って戻って来れると信じきれるから。
エネルギーの還元も、人の輪廻も同じレベルで語られてもよいのではと思われてきた。

すればエネルギーの還元をすこし突き詰めれば、再利用、再資源化できないエネルギーや物質は
やがて私たち自身も脅かすことになるのでは。



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冬至リサイタルの模様と、こちらの気候

先週、この冬一番の寒さ華氏16°(氷点下10度以下)まで下がった夜、
高校生たちが冬至で年末の夜を祝った。
寒さがひとしお厳しい夜に
上から下まで黒の衣装を身をまとい、
まず女生徒が聖歌隊で登場。
そして11年生のイタリア詩人ダンテの詩の朗読があり、
「ストーンスープ」の即興劇で観衆と一緒になって劇をつくり、
さらにアンサンプルの演奏と、鹿の角を使った冬将軍のダンス、そして各国語のクラスの発表だった。

普段から毎朝、授業前にコーラスの練習をして本番にそなえた聖歌に、
仏語、独語、スペイン語にまじって、日本語のクラスは少人数ながら和気あいあいとがんばってくれた。
初級でも、俳句をつくったり、谷川俊太郎の詩を朗読したりした。
練習時間が雪で中止になり、インフルエンザで欠席する生徒が多い中、
生徒はここまでやってくれた。

この場をかりてお披露目したい。

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12/09/2009

米国に本部をおく世銀、IMF、国連の崩壊か?それでもクリスマスの季節がきた

ワシントンDCに本部をおく世界銀行、国際通貨基金IMF さらにNYはマンハッタン島のど真ん中にある
国連本部の崩壊が近い、みなアジアとくに中国から経済新興国から借金をしようと、
必死になっていると。世界経済の重心がシフトするということか。

クリスマスのシーズンにはアメリカではあらゆる寄付金のお願いメールが、クリスマスカードとともに届く。
環境団体が無料のアドレスシールを同封して、自分たちはこれだけのことをしてきた、認めて欲しい。
また子どもたちの学校からは、建物がまだ十分出ない、先生の給料が満足でないとお願いメール、
さらにクリスマスを祝うのは、キリスト教者だけなのがこちらの慣例だが、このときばかりはユダヤ教の友人や、アフリカ系の友人たちもあたらしくホリデーとしてクワンザなるものをつくって、夜毎ローソク一本,一本を点して、聖夜を祝い、ギフトの交換をしたりする。だから、一年お世話になった人にお歳暮ならぬプレンゼントや御礼を渡す習慣が定着しているから、ボーナスを渡す会社を最近あまり聞かない国だが、それでも人々は寛大な気持ちになるらしい。

クリスマスと言えば、この
ジョンレノンの’Happy Xmas-War is Over'思い出す。

So this is Xmas,
And What have you done
Another year over,
And a new one just begun

And so this is Xmas
I hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young

A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Xmas
For weak and for strong
For rich and the poor ones
The world is so wrong
And so happy Xmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight

A very Mery Christman
And a Happy New Year
Let's hope it's good one
without any fear

来年こそは、すべての人々が戦争に巻き込まれる恐れのない
よい年でありますよう。


http://www.youtube.com/watch?v=fvNRHrKyaX4

アメリカ合衆国は多くの戦争を起こしてきた。
自国の利益のためにわざわざ、よその国へ自国の軍隊を送って、自国の一部の人々を富めるために

以下にご覧いただくミュージックビデオはその資料を見せながら、
ジョンレノンの歌声とともに「War Is Over」と訴えている。



元海外特派員、ベンジャミンフルフォード氏は東京にいて、
こんなことを警告している。

以下転載 フルフォード氏のブログ 12/9/09 日付けより
「世界をお金で支配することにより覇権を握ってきたオジサン達は、現在大変な不安と恐怖に陥っている。彼らはあまりにも長い間(100年以上)お金を「賄賂」という形で多くの国の権力者や指導者達にばら撒き社会を管理してきたが、まさかそれが出来なくなる日が来ることを夢にも思わなかっただろう。日本の場合、日本国民から710兆円を盗むため汚染された政治家などに数千憶をばら撒いた。しかしこれからその710兆円を返してもらうために動き出している勢力が確実に力を増している

、、さらに  12/5/09日付より
「アメリカが倒産している理由も伝えた。日本と中国政府のデータを見ればわかるように、現在誰もアメリカ国債を買っていない。オバマが昨年中国から一兆ドルを借りたが、それを全部使い果たしもうこれ以上借りることは出来ないのだ」

そして
12/2/09の「国連、世界銀行、IMFとEUの崩壊が近い」と題したブログで

世界の金融システムの中心が欧米からアジアに移行したことにより、国連、世界銀行、IMFと欧州連合は崩壊していくだろう。既にこれらの機関は毎日のようにアジアに資金援助を求めるため電話を掛けている。しかし彼らは世界環境と人類に沢山の被害を被らせた汚染された機関なので、絶対にお金を渡すべきではない。

これらの機関に代わる全く新しい機関をゼロから作り直す必要がある。中国は新しい国連をラオスに作りたいようだ。その場合植民地時代の不公平で不自然な国家の行いを見直すべきである。

世界の一番重要な金融街がロンドンから香港に代わろうとしている。中国は既に世界銀行を抜き、世界の発展を遂げている。日本もIMFに代わる全くの新しい機関を作ろうとしている。

欧米の国々が永遠に続く意味のない戦争を続ける限り、世界の貿易や金融界からどんどん孤立していく。しかし欧米が闇の支配から完全に解放されれば、優れた科学や技術を用い人類や地球に大きく貢献することができる。」転載終わり。
かなり偏った視点にみえるが、後がとれている事実であるようだ。信憑性もある。戦争がデモクラシーの
ためとか、いっていたが、原油欲しさだったことは、すでにアメリカも認め、
自国の利益を優先した結果だったことは周知の事実になった。

もうどこまで欧米の金持ちの私利私欲のために一般人は、犠牲になってきただろうか。大衆コミュニケーションの新聞やテレビと言ったニュースに頼らない、真実がもっと明かされる日が近いと信じたい。

また多くの若者が、一般市民が戦争で命を落とさない日がくることを祈らずにはいられない。

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12/02/2009

便利さと手軽さに流されて、「毛皮は必要ですか」ブログを読んで

政治時事問題に頭を突っ込みすぎて、討論はいいけれど、
相手が何も分かっていないとばかりに持論を展開するばかりでは、
足下を忘れがちになっている自分を自戒。
昨日の「水、風を身近に感じるか?」のつづきをば、

水の流れ、空気の動きが感じられないくなってきたのは、都会に住んでいなくても、私のように森に囲まれてても、
あり得る。いやむしろ清水が流れ、森に囲まれているがために、日々仕事にこうしてブログ書きに、世界の動きをかいま見んために、自然との共生を忘れ、身近な獣たちの息づかいが聞こえなくなって、
車で日々1日150kmも動き回るなんてことがざらになってくる。

動物虐待の記事を目にした。
「シルクな暮らし」ブログさんの言葉をまず転載したい

人間を重視するならば、自然環境にもっと気配りが必要だし、
動植物のことを真剣に考える必要があると思うのですが。
人間はエゴな生き物です。
『癒し』に走る『卑しさ』に、気がついていただきたいものです。

そして彼女のブログより転載した
「毛皮は必要ですか」をご覧いただきたい。

___転々載

毛皮は私達が普段着ている洋服や服飾小物にも多く使われています。
例えば上着の襟、フードの縁取り、袖口、裏地、帽子、ブーツ、マフラーには安価なウサギ、犬、猫、タヌキなどが特に使われる場合が多いです。
高価な物に限らず、安価な服にも使われ、100円ショップでも売られる程毛皮は手軽なファッションとして扱われています。
こうした毛皮製品の裏にある動物たちの実態をあなたは知っていますか?

毛皮になる動物は狭く汚い檻に閉じ込められ、心身に異常をきたした末、わずか7ヶ月で殺されます。
殺すときは動物たちの恐怖や苦痛よりも毛皮が傷付かないこと、そしていかにお金をかけないかが重要視されます。
毒物による毒殺、首の骨を折ったり、棒で殴り殺したり、口と肛門に電極を差し込み電流を流しショック死させたり、首をロープで吊り下げ窒息死させたり、溺れ死ぬまでホースで口から水を入れ続ける、など残酷な方法で殺されています。
死ぬと毛が抜け落ちる、毛が硬くなるという理由で生きたまま毛皮を剥がれることも珍しくありません。

"ラビットファー"
安価な毛皮として最も私達の身近に出回っている毛皮です。
そして、ペットとしてもよく知られている動物です。
私達が手にしている毛皮も私達が可愛がっているペットと同じように生きていたこと、毛皮は生きたウサギから剥ぎ取った命そのものであることを私達は意識しなければなりません。




"犬、猫の毛皮"
ほとんど知られていませんが、日本でペットとされる犬や猫も中国などから輸入され、『ラビットファー』や『フォックスファー』という表示に変えられ売られています。

"ハラコ"
財布やバッグ、ベルトなどに使われている人気素材です。
『ハラコ』とはつまり『腹の子』、雌牛が臨月の時に腹を裂いて取り出した子牛のことです。
腹を裂かれた母牛もハラコとして毛皮を剥がれる子牛も命を奪われます。
もうすぐ無事出産しようという臨月の母子が毛皮のために殺されるのです。


この現実を知ってもあなたは毛皮を買いますか?




<私達にできること>

・毛皮を買わない
 (フェイクファーかリアルファーか調べてリアルファーは買わない)
・服飾メーカー、デザイナーに毛皮を取り扱わないよう意見を送る
・毛皮の悲惨な実態を多くの人に伝え、
 購入しないよう声をかける

毛皮のために苦しみ殺されていく動物たちを助けるには、あなたの力が必要なのです。
ーーー転々載おわり

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12/01/2009

「水を 風を 身近に感じられますか」

サンクスギビング後は,日本の正月休み中にも通じるもったりした雰囲気がある。

ふっと張っていた気が抜けたような、冬の寒さがどこかで待っているような、けだるさがある。そのもったりとした雰囲気の中、森をあるいてみた。
温かい初冬の昼下がり、犬と散歩に出た。
数キロの森の中を淡々と歩いてみる。いつもの好奇心が芽生え、ここを行ったらどうなるだろうと
朽ちかけの立ち入り禁止の看板を横目に、どんどん森の奥へ奥へと入っていった。

子供によく読んであげた岡田淳の「はじまりの樹の神話」(理論社刊)の下りを思い出す。
大人も子供も感動を覚える本だ。
太古から大樹とともに現代の森にやってきた少女が、自分を見失っていることに気づく下りだ。

〜空気が動いているのを感じるか? ーー土の下で、水が流れるのを感じるか?ーー(わたしは)木が空気をきれいにすることを感じる。土が水をきれいにすることを 感じる。ウサギがわたしをみておびえていないことを 感じる。そこに住むことを土地が許してくれたことを 感じる。誰が作ってくれたのかわかっている家に住んでいることを 感じる。ーー

森を我が家の雑種犬マリーは狩りの習性もあって、どんどん単独で入っていき、私は落ち葉を踏みながら後へ続く。すると清水の音が聞こえてきた。清水も一筋だけでなく、何筋もあるような音だ。澄んだ清水の色は川底の地層を反影している。やがて風も出てきた。風はアンサンブルとなって耳に響いてきた。どうも風の動きは空気と何かががふれあう時にだす音のように聞こえてくる。
空気が動いているのを感じるというより、空気と私の鼓膜が、またはその上の衣服がふれあう音が聞こえてくるだけだ。
空気がどことも接触しなければ、音は出てこないのだろうか。これは一つの思想が一人歩き始めた時とも似ているのではないか。異なった意見と衝突するから、雑音がでてくるとも考えられる。

さて、話はまた自然の中の散歩に戻す。

自分の足下の土のその下の層、のまた下の層で流れる水は感じられない。粘土層ですっかり澄んでいる清水を口に含んでみる、だけど川底の土の下の層までは感じられない。

でも木が空気をきれいにしていることが感じられるような気がしてきた。
次に近くの大木に耳をあててみる。するとある木はとても居心地がいいのに、別の木は何も感じられない、むしろ受け入れられなかったような気配を感じた。

西アフリカはダガラ部族の友人から聞いた話と、アマゾンのシャーマンの話を植物学者が聞き取り書いた本の内容が頭の中をめぐる「同じ薬草でも、一本一本の習性とタイミングがある。ある薬草は今は忙しいから後にしてくれと、病人の癒しを手助けすることを断り、ある薬草は何それと一緒だったら癒してあげられるかもしれないと提言してくれる」という植物との会話である。ならなぜ、今癒してくれと病人はその薬草にせっつくのだろう。普段癒せる力のある薬草や、和漢生薬であっても、いつも癒せるとは限らないという話だと私は受け取った。植物も生き物、動物も、人間もそれぞれの思いとうらはらに相性とタイミングもわきまえなくては、せっかくの癒しも毒となるだろう。

結局この日は海に通じる近くの大河に行き当たらずに、戻ってきた。

どうも私はこうして耳を傾けた暮らしを忘れてしまっていたようだ。自然との共生、いろいろな考えの人々との共生、すべてを白紙にしてもう一度見直す時にきているかもしれない。

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11/29/2009

赤字予算70兆の事業仕分けのひとつの見方、共同通信配信/地方紙それぞれの立場

ばっさばっさと仕分けするのも大変だが、仕分けに批判的な人は
70兆もの予算要求をどのように
まかなえと言っているんだろう。


この経済低迷の中、40兆の税収入が入るらしいが、後は国債でまかねえっていうのだろうか、
それではせっかく変化をもとめて、長い保守政権にさよならをするため投票した選挙民の判断の結果できた
現政権を引きずりおろさんばかりの批判の数々である。

まずは先日、『再生の町」のビデオみた、以下に転載するのでご覧いただきたい。最終回の『決断」の回である。

 http://embed.awe.jp/?key=aHR0cDovL3d3dy5tZWdhdmlkZW8uY29tL3YvVU9BNjdRS1hhYTI1OGUwM2E5ODQ3ZjJjYzM3ZWJhNjdmNjkxNTFkMHx8fGh0dHA6Ly93d3cubWVnYXZpZGVvLmNvbS8%2Fdj1VT0E2N1FLWA%3D%3D 
 

住民たちは、疲労困憊し唯一未来に希望託して、この10年開発計画に町の発展を重ね合わせきた。
市行政が経済崩壊しているのに、借金してまでこの開発にかけようとしている。

一方赤字財政を受けて財政刷新のプロジェクトチームが1つ1つの事業をみていくと、
住民の希望の開発予算を計上するには、お年寄りのデイサービスの人員をきらなければいけない、
救急車も通れない旧市街の区画整理の予算を凍結しなければいけない、
保育支援も削減して、幼児を持った親たちは働けなくなる、
さらには医療も削減カットの標的となる。

そこでプロジェクトチームは今を生きる人を見殺しにしてまでも
開発か、発展かと住民みんなに判断してもらおうではないかと、住民との仕分けが始まる。
住民と1つ1つの予算をみていくとということになった。
現実にあった、ある経済破綻市町村の話らしい。

それでも現在の日本の事業仕分けニュースを海外からみていると非常に全体として見えてこない、
批判の声ばかりが聞こえてくる。

そんな中、あるビデオ講演に興味がわいた。
地方交付税の中から、道路を作るという予算がおりない、
それは政府の規格通りの道路工事をしていると11万円が1㎡あたりにかかるらしい。しかし企画に外れた側溝のブロックを使い、道路幅も除雪車が入るぎりぎりの3.5m幅に国の企画の5m幅から縮小すると予算は1/6以下で済むと。つまり今まではこうしてきたから、経済が潤っていたころの慣例に倣って工事をする、ひょっとして業者からの提案できめられたかもしれない規格そのものを見直す、そうした事業所や、勢いで建設してきた博物館、事業団のビルをどんどん見直していくべきだ。

科学技術や研究費の予算がどんどん削られていることに対する批判が特に大掛かりにマスコミに取り上げられている。研究員は未来の夢だ、先端の開発だといっているが、自分の明日の未来がなくなるという切羽詰まった声にしか聞こえてこない。製薬、バイオ、科学など、縦割りで共同研究できにくい、同じ研究を秘密裏に別々の研究所で行われているなんてことがざらな世界だ。どこか最初に発表するかで膨大な予算が割かれていたりする。留学生の援助がきられるのではと、その予算の見直しが採決されたとき、そうした憂いがあった、実際中身をみてみると留学生を直接面倒みる職員の給与より、事業費に大幅な税金が遣われていたなんてことがあったようだ。

仮に科学の先端に希望をつないで、自分たちの明日の未来と名声のために予算が削られていることを憂いている人たちの家族に高齢者がいて、高齢者医療の予算が削られてまで科学先端の事業費を要求するだろうか、

もっともっと一人一人の納税者が大局に立って、全体の予算の割り振りを視てほしい。全体をみないで、自分の主張ばかりして、批判ばかりしていたら、
未来の世代に借金ばかり残すことになりかねない。
未来に夢をつなぐ前に、人口の先細り現象で高齢者社会になった将来の国を誰が責任を取るのであろう。

愛読書の篠田節子女史の「静かな黄昏の国」を連想させられて怖くなる。そこに描かれた日本は、疲労しきっていて、経済にも生産性もない国のなれのはてが描かれていた。


以前2/03/09に書いたブログでアメリカ地方行政のほんの一幕をかいたが、
http://cyamazaki-heineman.blogspot.com/2009/02/ii.html

記事の1部を抜粋「近くの人口の密度の高いホリヨークだと、お年寄りとプエルトリコの人口が町の大半を占める。昼間の就労時間に選挙が行われるため、低賃金の仕事に多くついている就学時の子供をもったプエルトリカンの彼らには選挙にいく余裕がない。選挙に行かれる年寄りは、教育より福祉を優先しろと、市民投票をかけ教育費に全くお金がまわらない。昔から学校が退廃していると評判の町だ。

結局、各町村の住民たちは、自分さえ良ければ自分の税金が直接、自らに降り掛かる暮らしを良くしてくれればよいと、目先ばかりにこだわった民主主義の究極の1つの様子が見えてくる。将来を見据え、自分だけじゃなく、自分の子どもだけでもなく、全ての人が幸せに暮らせるようになるには、一人一人が大局にたった意識を持たねばならないだろう。自分だけがよくてもどこかで行き詰まっていく姿が、この近辺の町の姿に見た。」一部抜粋おわり


さて、事業仕分けはどうなったか、その舞台の様子を伝えるブログ「みどりの一期一会」から転載させてもらった。

事業仕分け記者座談会 傍聴者も判定、会見乱入も
2009年11月29日 中日新聞

 政府の行政刷新会議の事業仕分けが終わった。十一日からの前半戦、二十七日までの後半戦の計九日間、会場となった東京・市谷の体育館に詰め掛けた人は計二万人弱。仕分け現場の熱気は日を追うごとに高まっていった。人波にもまれながら、前代未聞の「予算削減劇」を取材した記者たちが記事に書かなかった仕分け現場の様子を語り合った。 (事業仕分け取材班)

11/27/2009

アメリカの食文化のながれ。米国収穫を祝う感謝際をおえて

昨年のサンクスギビングの記事「サンクスギビングにみる世の中の移り変わり」の

http://cyamazaki-heineman.blogspot.com/2008/11/thanksgiving.html、
記事の続きを

以前はこの記事に書いた様な
飽食がパーティーと言わず、人が集まれば、どこでもみられていた、それはアメリカの豊かさのシンボルというより、
日本で高度経済成長以前に育ってきた日本の食文化とあまりにかけ離れた感覚からおこる戸惑いだった。

しかし、今はどうだろう。
個人主義がこの国の食文化にまで及んで、多様化したそれぞれの嗜好にてんてこ舞いだ。


いや嗜好というより、アレルギーや思想・宗教が食制限に及んで、人を呼んでおもてなしをする方は
もうてんてこ舞いである。娘の友達の多くは好き嫌いの種類が多用しすぎて、何を出していいか、アメリカでパーティーをする親や、大人たちを集めて開く食事会では頭を悩ましているのが、現状だ。

食制限をDiet ダイエットと呼ぶが、まず一般的なダイエット食制限から紹介しよう

Vegetarian: 菜食主義者と以前は訳されていたが、今はこれも多用している。
4つ足を食べないけど、鶏肉や魚は食べられるベジタリアン
肉は一切受け付けないが、魚は大丈夫なベジタリアン
肉、魚の形がなければ大丈夫としたベジタリアン、
肉、魚の味やにおいがしてもダメなベジタリアン(出汁に困る)
Vegan 肉、魚、卵、チーズ、動物性タンパク質が一切ダメなビーガン (バターで炒められない)

さらにアレルギー関係では (中には命に関わることもあるので、十分な注意が必要)
ビーナッツアレルギー、
木のみ全体がダメなナッツアレルギーでこれにはココナッツ油等も含まれる
小麦アレルギー 醤油をはじめかなりの調味料にも往々にして入っているので要注意
グルテンアレルギー あらゆる穀類が入ってくる
アトキンス・ダイエット :は健康食として紹介され、あらゆる炭水化物を食べない
穀類のみならず芋類もダメ、よってタンパク質と野菜が中心になる
卵アレルギー
乳製品アレルギー
さすがにアメリカではあまり訊かないがそば粉アレルギーというのもある。

アレルギーなので、勝手に自分で食べないのだからほっとけばいいというわけにも行かない。
クラスみんなで祝うべき誕生会には、今日びケーキを持って行けないし、アイスクリームもダメ、自然とフルーツサラダになる。こうしたアレルギーや嗜好の子供を持つ親は、大抵子供が食べられる代替食をもたせる。
しかしピーナッツや卵、乳製品アレルギーの子供は、同じ部屋にいて、その空気をすっても呼吸困難になることもあるし、ましてや衣服に付着するだけでも大変といった自体も出てくる。

なかには、トマトがダメ、ピーナッツバター以外食べられない、このブランドなら大丈夫だが、同じ加工品でも他のブランドだとアレルギー反応が出ることもあるらしい。

この人たちが旅行に行くとどうなるか、全て食事を運んだり、炊飯器を持ち運んでの旅になると訊いた.

さて、昨日のサンクスギビングでの話し、
以前は私たち一家以外は義兄や義父、義妹、義姉たちはスーパーで大量に安い食べ物を買い、
癌であろうと、糖尿病であろうと、ダイエットコーラを呑み、化学調味料を大量に消費してきた。

しかし
昨日は、まず義兄の小麦アレルギーに始まり、姪のグルテンアレルギー、他の姪はある日突然ベジタリアン宣言をし(そこのうちは殆ど野菜を食べなかった)以前はこうした家族の集まりに、何を持って行っていいか、あまりに違う食生活に悩んだが、今度はかれらが、私たち一家が以前よりたべているオーガニックの野菜や七面鳥を食し、
パイにもグルテンを一切使わないものがでてきた。それでも相変わらず量が多いが、でも食にもう少し意識を持ってきた。意識を持ちすぎて、体が反応にしすぎていることもあるかもしれない。しかしあれほど好き嫌いの激しかった10名以上の姪たちが、社会にでて、いろんなものが食べられるようになればと願っているが、

これも飽食文化のなりのはてかもしれない。



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11/24/2009

Bowing to Japanese Emperor お辞儀の話しその2、マスコミの公的責任

各国大使が日本に着任すると、天皇から日本の代表からの信任状をもらいに皇居へ挨拶にいく。
皇居から迎えの2頭だて馬車が差し出される。
そのとき、天皇にどれ位の角度でお辞儀をするかと、
米国新任大使に指導がいったようである、真剣に駐日米国大使ルースは練習していた。

毎年各国駐日大使と天皇との謁見が正月に繰り広げられるが、
これは国の大きさ順でなく、着任履歴が長い順からだと訊いたことがある。
この機会を楽しみにしている小国の大使もいるとか。まずは典礼練習風景をご覧いただきたい。



アメリカのマスコミがオバマがこうした儀礼に乗っ取ってお辞儀をしたとして、
どうして批判の対象になるか、ますます分からなくなる。
まるで彼の非を探しあぐね、ここぞとバカリにあげつらう様な感さえする。

以前にも書いたが、自分たちの住んでいる環境をよくするのも、政治に公正を求めるのも、
よい政治家をそだてるのも、住民一人一人の意識の問題に関わっているのであって、大手新聞やテレビなどマスメディアの記者やキャスターの意見を鵜呑みにするのは、おかしい。

政治家を叩くのも、育てるのも、それを選挙する住民次第ではないか。

まったくもって、マスコミュニケーションが自分たちの意見を代表している、どんな数字にもまどわされず、
住民一人が一人がもっともっと意識を高くあげ、地域全体を視て、国を育てて行って欲しいものだ。


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11/22/2009

『過去は誰が所有しているか」アメリカ・サンクスギビング祝日にあたって

先日インディアンの友人の講演を聴きに行った。

このブログを書き始めたちょうど1年前にも登場したが、ヨーロッパ人と最初にボストン南部プリモスで交流したワンバノグ部族のメディソンマンだった父を持つ友が、穏やかに淡々とアメリカのサンクスギビングの歴史を語ってくれた。

彼女によるとイギリス人らが来る前にワンパノグ部族には65の村があったが、現在は当時と同じ場所に留まり、まとまって住んでいるのは三つの村だけだそうだ。 詳しくは2008年12月のブログでhttp://cyamazaki-heineman.blogspot.com/2008/12/blog-post_20.html




歴史は、語るものと聞くものの感情と思考が入り混じり、記憶という主観的な行為も含んで、いろいろな視点が出てくる。

アメリカの歴史の教科書にでてくるサンクスギビングの話しもしかり、

彼女はある一定の人を悪者にするのでなく、自分が聞いて育ってきた話しを自分の言葉で語ってくれた。
イギリス人が自分たちの収穫を祝っていると、そこに普段かれらの様子を遠くで伺っていたワンパノグ族の先祖たちがその仲間に入り、収穫の打ち上げパーティーは何晩にかけ祭りとなって続けられたので、そのうちインディアンの方も食べ物をどんどん持ち寄り(ポットラックの原型??)共に祝ったということだった。美化された話しでも、そこには英雄も出て来ないが、年寄りから孫に語り継がれてきた話しがあった。


この祭りを記念し合衆国の祭日としたのはアブラハム・リンカーンであった。
それから数百年先のこと。

彼女の講演で一つのドキュメンタリーフィルムを視た。
「Who Own the pastー過去は誰が所有しているか」
過去を科学的証明に晒し、真実を解き明かすのが目的というが、そこには真実を解き明かすためには何をしても許されるとした奢りに対抗した友人インディアンたちの思いがあった。

つまり合衆国政府がどんどん墓をあばいて行き、骨を採取して博物館の所蔵庫に眠らせたままにしているから、それを本来の部族に返して欲しいという要求だった。

史実は自分の誇りにも、痛みにもできる。
なかには昔の人がやったこと、自分には関係ないという輩もいる。しかし過去の事実、自分が生まれる前にその生まれでた国や、文化、土地がなしてきたことも、一つの己の宿命として、責任もってあたるのはとても勇気のいることだと思う。

現在の日米がどんな関係なるか、方向を修正して行ってくれれば願わざるおえない。

それは中日外交関係も、日本とおとなり朝鮮半島の国々の関係でも同じ。
過去をもう一度、見つめ直し信頼のおける関係が再生できないものか。


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11/19/2009

日米関係も対等になった?? 外交史からみる握手からお辞儀へ

少し古いニュースだが、アメリカのNYタイムスなど主流新聞が
オバマ大統領が天皇に最敬礼のお辞儀をしたことに対して、
いわゆる識者のコメントとして、ご丁寧に外交史の教授や、
大学の専門家を呼んで、

「外交史上、卑屈な態度を示した」ということで、批判を浴びている。










バラクオバマ大統領はエリザベス女王の前でも、だれにとがめられることもなく自然に振る舞ったわけだから、(ミッシェル大統領夫人が些細なことでたたかれはしたが)ただ自然にそうなったんだろう。別に儀礼典範プロトコールの文書があるわけでも、外交上の決まりとしてこれをしていけないと文書にしてある訳ではないだろう。ましてやお辞儀に関して禁じているわけでもあるまい。

が今までの過去の大統領が外交プロトコールとして暗黙のうちに
それぞれの大統領にそうさせてきたということらしい。
これはアメリカという国は、世界の頂点にたつべきだと世界への態度の現れではなかろうか。
その証拠にG8や各種サミットではいつも中心にたって写真をとっている。

しかし、アメリカもいつまでも奢った態度で外交にあたらず、自国の大統領が必要以上に丁寧だとして批判をするのはどうだろう。それこそ批判する人間、ワシントンポストも、ニューヨークタイムズはじめとした人間の多くは、結局はアメリカが世界のトップなんだから、挨拶儀礼もそれなりの態度で臨めと言わんばかりだとする意識の現れではなかろうか。

ミッシェル=オバマのケースをみてみると、イギリス人に同様の意識背景から、彼女の女王への態度に批判が集まった。
イギリスの大衆紙タイムが報じるところによれば、
つまりミッシェルが女王に手をかけたとイギリス人はぎゃあぎゃあと喚いていた。王族から手をかけるならまだしも、いかにも『元属国の分際で」(筆者コメント加筆)とばかりに怒り狂っている様子がわかる。

One must certainly touch the Queen if the monarch offers her hand (though you should return this not with a firm handshake but just a touch). On Wednesday, Michelle Obama put her hand on the Queen only after the Queen had placed her own hand on the First Lady's back as part of their conversation. So there is room for theological argument as to whether the American reciprocity of touch was allowable given the social dynamics of the situation.
(Less explicable was when President George W. Bush winked at the Queen.) Still, the sight of anyone apparently touching the Queen with anything more than a limp handshake is enough to send the British




これと似たような態度が今度は、アメリカ側が日本へ必要以上に礼儀を尽くしたと怒っているととられる。

さてオバマ大統領のお辞儀の話にもどると、オバマ自身誰にもいわれず、自然に彼が感じた関係を態度に表したととってもいいのかもしれない。

1853年マシューペリー提督は大統領の親書を、当時の日本の幕府高官に渡すべくやってきた。ペリーが来る以前にオランダ経由等で知り得た日本の知識から、日本を西洋の技術で脅してやろうというものだったようだ。その結果畳の上での上記のような態度、日本側の卑屈な様子が伺える。


しかしペリーがいかにもおごった態度で、江戸幕府の高官に望んだことに比べれば、もし握手か/お辞儀かで両国間の関係が和らぐのであれば、150年近くかけてようやく対等として扱ってもらったことととして、歓迎すべきことではないだろうか。


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11/13/2009

『日米首脳会談 共同会見の要旨』朝日ニュースを読んで

日米首脳会談 共同会見の要旨

最近、日米安保を『日米同盟』と読んでいるが、これはもともと安全保障についての条約ではなかったか?
いつの間にか、日米同盟US-Japan Allianceが定着した。同盟Alliance といえば軍事同盟の意味合いが強い。
では、それ以外の貿易経済や、たとえば知的財産等の協力体制など他の話はどうなっただろう。調整すべきこと、協力し合うことはもっと他にもあったのでは。同盟の話に終始して欲しくなかったとは私の正直な感想だ。
しかし新たな協議の場を発展させていこうとする姿勢は多いに歓迎する。
たとえ政権が両国いろいろかわっても、日米両国が歩み寄りの道・協力体制の地場を今後のためにも作っていこうとする試みと受け取りたい。

日米の外交史は均衡な関係がはじめから培われた訳では決してなかった。しかし現在なら、この二人なら可能ではと期待していたのだが。まずは両国新政権かでの新しい関係の第1ページというところか。

 鳩山由紀夫首相とオバマ大統領の共同記者会見の要旨は以下の通り。
 ■鳩山首相 日本外交にとって日米同盟がすべての礎。時代の変遷、世界環境の変化によって、日米同盟をさらに深化、発展させていきたい。建設的、未来志向の新しい日米同盟を作り上げていきたい。1年かけて新しい協議のプロセスを進めようと提案し、大統領の了解を得た。
 日米同盟は、新しい安全保障のシステムを構築する必要がある。防災、医療、保健、教育、環境問題もそうだ。
 アフガニスタン支援問題では補給支援活動ではなく、民生支援を充実させたい。気候変動問題では2050年までに80%削減という大きな目標に日米で合意した。気候変動枠組み条約の締約国会議(COP15)を成功させるために協力しようと一致した。
 アジアにおける米国の重要性について大統領から指摘があった。東アジア共同体を構想しているのも、日米同盟が基軸にあるからこそ。アジアでの米国のプレゼンスが高まることを大いに期待したい。
 ■オバマ大統領 日米同盟は両国だけでなくアジア・太平洋地域の安定と繁栄の基軸だ。ユキオと私は「変化をする」と約束して選ばれたが、同盟関係が強固なもので、友好関係がさらに強いものになることは間違いない。
 アフガニスタン、パキスタンでの協力関係ではお礼を申し上げたい。核兵器の拡散を阻止し、核のない世界を目指す努力の中で、日本は傑出したパートナーだ。
 ■首相 普天間飛行場移設ではハイレベルのワーキンググループを設置し、できるだけ早い時期に解決すると申し上げた。日本政府として前政権の日米合意を 重く受け止めている。ただ、選挙の時に、県外、国外(移設)と申し上げたことも事実。沖縄県民の期待感は強まっている。大変困難な問題で、時間がたてばよ り解決が難しくなる。

 ■大統領 作業部会は、在沖米軍再編に関する日米合意の履行に焦点を絞るものだ。作業を迅速に完了することを希望している。
 我々は、「核のない世界」というビジョンを、長期的目標として共有している。具体的な措置をとらなければならない。核兵器が存在する限り、我々と同盟国のための抑止力を維持していく。
 広島と長崎で原爆が投下されたことにより、日本は核兵器について特有の視点を持っている。首相が深い関心を持っているのはよく分かる。私が広島と長崎を将来訪れることができれば、非常に名誉なことだ。短期的には訪問の計画はないが、私にとって有意義だと考えている。
 北朝鮮については、核実験や好戦的な行動を非常に懸念している。北朝鮮に対し、国際社会に再び参加する扉があるということを伝えたい。
 ■首相 アフガン支援では、テロの根源を断つという民政支援中心の支援が日本流の望ましい支援だと考えた。


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11/09/2009

日米首脳会談間近、周りではオバマ大統領を心配するものが増えました。

人気投票の数字など気にしていないはずなのに、

最近オバマ大統領の支持率が下がったと聞けば、
「やはり、落とし穴に引っかかったかな」と気になります。
まわりのものは彼の支持率より、かれがケネディー大統領やリンカーン大統領のように消されることを
本気で心配しています。
杞憂になればいいのですが、
とにかくあちこちに気を使いすぎて本来の『チェンジ』が遅々として進んでいないようですね。
何かが変わろうとすると、
闇の世界も
悪あがきするようです。
日本の政府もどうなんでしょう。

この記事を投稿しようとしたら、ふと天木氏のブログにも
ベルリン壁崩壊20周年を期に、
さらにイスエラエル政府が分離壁を現在建築中という事実を憂いながら、
こんな意見を投稿されていた。
以下引用
『圧倒的な軍事抑圧に抗する市民の願い。不可能と思われる「分離壁」の崩壊と、不可能と思われてきた沖縄からの米軍基地の追放。

 それは歴史の流れの中で間違いなく結びついている。そう私は感じるのだ。

 高まる市民の声を国家権力が抑圧することは、たとえ一時的にそれが出来ても、永遠に押さえ続ける事はできない。歴史はそれを証明している。

 いままさにその時ではないのか。

 鳩山首相も、そしてオバマ大統領も、今その歴史の挑戦に直面しているに違いない。 

 今度のオバマ大統領の訪日と、そしてその時に行われるオバマ・鳩山会談は、そのような壮大な歴史的流れの中で行われるという認識を鳩山首相は持たなければならない。中略

鳩山首相は今までのどの歴代首相も成しえなかった対等な首脳会談を、その政治生命をかけて、いや文字通り命がけで、行うべき時である。』
まさにふたりの
命をかけての変化の遂行に期待する。




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11/07/2009

インフルエンザの蔓延、米国のケースその2、自然回復は?

まずは日本の毎日新聞,共同通信社より抜粋の11/1の記事より。

『新型インフル:ワクチン求め長蛇の列 米で供給遅れ

 米国で新型インフルエンザが猛威をふるっている。今春に流行が始まって以来の死者が1000人を超え、オバマ大統領が緊急事態宣言を発表。ワクチン供給は日本より一足早い10月上旬に始まったが、全国各地の保健所や病院で接種を希望する人たちの長蛇の列ができるなど混乱が広がっている。

 「もう注射ワクチンはありません。次は来週以降になる見通しです」中略

 米政府は当初、10月半ばには1億2000万本のワクチンが供給可能と見積もっていたが、実際の供給は大幅に遅れ、30日までの供給量は2700万本にとどまった。

 一方で、感染はワクチンの普及前に一気に拡大し、米疾病対策センター(CDC)は現在、全米50州のうち48州をインフルエンザのまん延地域に指定している。毎週、10人以上の子どもの死亡が報告され、9月以降にインフルエンザで入院した人の数(高齢者を除く)は、既に例年の流行期に入院する患者の総数を上回ったという。

 米国メディアは連日、国民の不安の声を伝えている。感染拡大防止で中心的な役割を担うCDCは週2回以上の記者会見を開き、その様子をインターネットで中継するなど情報公開に懸命だ。

 「ウイルスは拡大を続けているが、ワクチンも治療薬も、供給量は増えている」。10月30日の記者会見で、CDCのフリーデン所長は国民に冷静な対応を呼び掛けた。』(共同)

確かにウィルスは蔓延した。我が家も高校生を筆頭に、次に夫がそして今週には中学生の娘と私がやられた。
しかしまだ、これが新型インフルエンザかどうかわからない。

それをみきわめる試験薬がこの田舎(といってもNYから3時間、ボストンから2時間)には届いていない。

知人、友人、学校関係者まで、院内感染をおそれて、みな自宅待機が普通。そして数日後には快復してしまっているから。
高熱が出て節々が痛かったのは高校生の息子のみ、
あとは頭が痛くて、鼻水、のどの痛みなど、普通の風邪の症状であった。それなのに
こんなんで医者へ行って待たされようものなら、逆にもっとすごいのをもらってきかねない。とは巷の定説。

不思議なことに,どんな症状の風邪にしろ、一度ひいたら他の種類も含めてひかないようで、子どもたちの学校でもあの子はこの季節一度風邪で休んでいるから、もうひかないだろうなんて言い合っている。

青少年たちの免疫力を増進してやる機会が、どんどんもぎ取られて行くようだ。
たしかに既往症(夫はアレルギー性気管支炎、喘息をもっているが、それとて少しばかり時間がかかったが、風邪か感冒の症状は1週間以内でおさまった)があると生死に関わることがあるかもしれない、と。
しかしそれとて何も一般の風邪でも死に至ることもあるから、ワクチンにぎゃーぎゃー言うより、

ア、風邪かなと思ったら、体を養生してやり十分に休んで、完全な回復をまちたい。
私は今回は風邪かなと思った時点から、西洋の昔からの家庭療法をとりいれた
自然薬ホミオパシーをガンガン呑んで、
ビタミンCと免疫力を高める薬草を次から次へと体に入れたせいか、
体が自然に乗り越えられなく、すこし快復に時間がかかっているようだ。

昔こんな療法の本を読んだ
野口操体より『季節の変わり目ごとに、風邪をひくのはむしろ体にとって好ましいこと。風邪を引くことで、体が少し緩んで新しい季節に向かって調整してくれるから』だそうだ。ここワクチンに長蛇の列ができたと
マスコミに騒がれようが、自分の体を信じてスローライフが適用できれば、これにこしたことはないのではないだろうか。

さもなくば、こんな風景があちこちでみられたらどうするんだろう。



娘の学校の養蜂クラスより

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11/03/2009

『日本航空は国が救済するほど必要な企業か』村上龍ニュースを読んで

ちょうど、
アメリカの航空会社の悲劇的な雇用状況の匿名インタビューを映画で見た後、この記事を目にした。http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/economy/question_answer579.html
そして資本主義の競争原理のなかに、
経営方針がわるい会社はどんどん潰れて行く状況も日米両国で目撃した。
経営業績の
悪いときは、米社GMが米国政府に泣きついて国家予算で一時的に救済してもらったのも、目の当たりにした。

歴史は、模索する。

今度は日本で日本航空JALが同じことをしようとしてる。

せっかく、GM、フォード、クライスラー社長が「自社が潰れるのを救ってくれ、さもなくば失業者を大量に出す」と自家用飛行機で国会にのりこみ訴えたとき、CNNニュースがJALをもちだして「みろ日本の瀕死の航空会社の社長は、路線バスで会社へ通い、お昼も社員食堂で食べるぞ」と放映されたが、その日航社長のポーズもむなしく、
自分たちの経営のまずさを棚にあげ、国の予算を頼みにしてきた。

もともと国の代表航空会社ナショナルフラッグキャリアーとして、
特別法人として特別待遇を受けてきたから、あぐらをかいていたと言われてもしようがない。

一般乗客には、とくに日本人一般乗客へのサービスはひどいと過去数十年
たたかれてきた。まるで明治の鹿鳴館時代ならいざ知らず、西洋人にはコベをうり、著名人のみを厚遇すると言われて久しい。公共であるべきのサービス業なのに、不公平なサービスからくる乗客離れ、過去に大事故(羽田空港、御巣鷹山墜落)を繰り返しているにも関わらず、それらのダメージの払拭にさほどエネルギーをかけず、絶対潰れないとしたおごりが経営陣にも、従業員にもみえみえだった。

個人的には今回の国の処理に経済評論家の津田栄氏
の意見に賛成する。

『国民は、日本航空職員の高報酬、OBの高額の年金など優遇されている状況を知っ
ています。そこにメスを入れずに、ナショナルフラッグキャリアだからといって特別
扱いして、経営再建に政府が乗り出すのには国民の理解は難しいといえます。今や、
より良いサービス、安い運賃を提供する限り、規制緩和により航空会社をより参入し
やすくすれば、国民はメリットを感じて日本航空でなくても構わないと思うのではな
いでしょうか。そして全日空の独占になるという恐れも海外の航空会社も含めて参入
できれば大きな問題にならないといえましょう(もちろん、国民の生命保護と運航の
安全を厳守することが前提ですが)。

したがって、日本航空が政府支援のもとで経営再建するには、国民を納得させるよ
うな状況を作るべきです。たとえば、国民が納得するような、経営能力のある経営陣
を採用して労働組合に大胆なリストラや大幅な年金減額などを迫って高コスト体質を
抜本的に変えることを明確に示したりすることです。そうでなければ、国民は日本航
空を助ける必要のある会社だとは思いませんし、一時的に助けても再び経営問題が再
燃し、国民負担が増えていれば将来の大きな火種になるといえましょう。

最後に、日本航空の経営問題は、日本航空行政の問題でもあります。日本航空の経
営を再建するうえで、政府に頼らない体質に変えると同時に、航空行政の見直しが必
要です。高額の着陸料や航空燃料税などを原資として政治家の要求を入れて採算のめ
どの立たない地方空港を建設し、そこに無理やり日本航空に飛行機を飛ばさせようと
圧力をかけるという仕組みで日本航空の経営不振につながってきたという行政の在り
方を改めるべきです。もはや、日本には政官業の既得権益層を許すほど余裕はありま
せん。今回の日本航空の政府支援による再建スキームがそこまで踏み込まなければ、
結局自民党政権時代とあまり変わらない小手先の対応になるといえましょう。

そして、もし航空行政を変えて、これまでの政官業のしがらみを断つ一方着陸料や
航空燃料税の大幅な引き下げで競争力のある航空会社や空港を育てるには、また日本
航空が持つしがらみを排除するためにも、政府支援だけではなく、アメリカのGMの
ように、国民に公開され透明な形で行われる、事業継続を前提とした法的整理による
経営再建を図る可能性も残しておくべきではないかと思います。もちろん、空港を持
つ地方には痛みが伴いますが、今後の航空行政は規制緩和を進める一方地方の地域主
権のもと自由を認めると同時に自助努力を促すべきであり、そのもとで地方は海外へ
の門戸開放などを図って自立していく覚悟を持つべきではないでしょうか』

さらに

同じく経済評論家の山崎元氏の言葉も付言しておきたい。
『外国には、路線の運行を維持しながら法的破綻を経て経営を変えて継続しているエ
アラインもあります。』とすると国際競争を促す様な言にとれるが、
津田氏のいうところの、
政官との癒着をたちきり、法的破綻を経て整理し、
おごった体質を改めるべきだ。

資本主義の破綻は、弱肉強食の原理で弱者が潰れて行ったばかりでない。
強者にハイエナのようにたかって行った、政府や官僚という蠅が甘い汁を吸い、
それに地方行政まで乗っかった形で崩壊して行った。

これらを一掃しない限り、健全な社会の再生はのぞめないだろう。

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11/01/2009

ティーンエイジャーのトリックorトリート、old soul dayにて

ハローウィーンが終わった。
2日がかりで、高校生の息子たちは学校で、そして街をあげてのお祭りに繰り出した後、
我が家でも昨夜、音楽がんがんかけて、
踊りまくってくれた。

人様の娘を預かったので、ヒヤヒヤものだった。
ハロウィーン前夜祭は、高校の校舎で行われた。
DJを自らかってでた友達、
校舎の飾り付けに、
食べ物の買い出しにみんなで責任分担していた。

そして昨夜は雨の中、
近隣の街から続々と集まってくる
地元の村へ、
息子たちはクラスの女の子を誘って繰り出した。
夜な夜な仮想して2キロの田舎道を練り歩き、むらの中心地で
トリックorトリートをやってきた。大人も家々も雨の中
趣向をこらして飾り付ける。
ビエロをみつけたり、ちびっ子スーパーマンがいた。
こちらは、せいぜい高校生までのかわいいもの、
センサーをつけて、人が通るとコウモリが飛ばす家があったり、
数年前は、棺桶に魔法使いのつぼを埋め、その中の飴をとると
血の滴る手がにょきっと出てきたり、家からみどりの光線が漏れてたりといった
愛嬌あるものが、村の中心部にならぶ。


そんな中、こちらは日本並みに見回りをかって出て、
 PDA: Public Display Affection
PDI:Public Display Intimacy を取り締まる。
って、高校生のガキどもがキスしていようが、体を以上に接近させていようがこちらの知ったことではない
といってしまえば、そうだが。最終目的は我が家だから、そうも行かない。我が家で何かあったら、こちらの責任。
どこかへ姿を消そうとしたら、すぐに声をかける、
以上に接近していたら、明るいところへつれてくると、なんとも
野暮な役をかってでたことか。秋祭りにいい気分になっている生徒を指導するほど、
野暮な役はない。

ふだん、本当に兄弟のように過ごしている息子のクラスメートたち。
小学校から、小さい学校なので11年間も同じクラスメートで過ごしてきたから、それも無理はない。

しかしここのところ、そのクラスメートの女の子たちが留学生や、他校の生徒にも色目をつかいだしたから、
息子たち男子生徒も焦りだしたと言ったところか。
上記の言葉を学校でも、学外でも耳にし始めた。
公衆での高校生の健全な行動を取り締まる、学校側の合い言葉。
あは、は、20年も、30年も前も今も、おとなとこどももやっていることは何ら変わっていない。
かわったのは、スピーカーの大きさぐらいか。
音楽もがんがん音の大きなボップや、レゲー、ラップ
しかしiPodスピーカーになり、やたらと小さくていい音をだし、
みんなでリズムをとる。盆踊りと同じだと思うのはわたしだけ。

男子には『紳士であれ」と悟し、女子には「責任持った行動をとれ」なんていったって、盛りがついたものたちは、祭りの高揚にみな興奮気味。しかし普段礼儀正しい息子の友達も、盛りがついた猫になって踊り明かした。
こちらは最後までつきあって、あさから頭痛ぎみ。しかしold soul day と冬の初日であり、時間が夏時間から戻ると、またおとなしい借りた猫になって朝ご飯を食べて帰って行った。
このエネルギーをもっともっと
昇華させてやれる方向にもっていければと、親としては祈るばかりだ。

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10/26/2009

末恐ろしい日米の航空会社『資本主義ーあるラブストーリー」のエピソードその2

もう1つ『資本主義、」マイケールムーア作の映画の中のエピソードを、
日本では『アテンションプリーズ」などのドラマのせいかあこがれの職業と言われる航空会社従業員、

今度はアメリカの航空会社従業員の悲鳴を、映画の中で匿名インタビューしていたのに、興味をもった。

というのは大手航空会社のパイロットが
匿名で、「自分たちは明日をも知れない生活の不安を抱えながら飛んでいる」
「パイロット仲間には、血をうって日銭を稼ぎながら飛んでいるのもいるし、自分だってファーストフードの雇われマネージャーより安い給料だから、低収入家族がうける福祉に世話になっている。フライトアテンダントとも、
仕事の話をすると皆同じところさ、あの最近バッファローでおこった墜落事故もパイロットとキャビンアテンダントが仕事の相談でもしていたのさ」とヒエー、、、私はよく飛行機を利用するが、アメリカの航空会社にすこし末恐ろしくなってくる。一方日本を観てみると、かつて花形職業の日航は地に落ち、しかもそれだけではない、身売り先がきまらない。なぜならかつて働いていた職員たちの年金があまりに膨大だからだそうだ。プライドがじゃまするのか、それとも人より命を削って飛びましたとでもいいたいのか、

同じ職業でも、国と会社が違えばこんなに境遇がちがうのか。

http://blog.livedoor.jp/pandell8-shizumanutaiyo/

しかし今、上記ブロブで山﨑豊子著『沈まぬ太陽」のあらすじを読んだ。
結局、日本航空内でも私腹をこやしている企業重役と
政治家が乗客の命を左右していたということか、
パイロットたちでさえ資本主義のからくりに翻弄されていたようだ。

自分たちの命の重さをあまりに軽くあしらわれていたことに、怒りを覚える。

また日本では安泰と言われた『教師』という職業も、アメリカでは決して安定したものとはいえない。
かつて公立学校で働いていたが、教師ラウンジへいくと、堂々と仕事を探している人もいた。みな明日は我が身で、いつ学校への予算が削られるかわからない不安な日々を送りながら、子供を相手に教えていた。

そう、豊かだと言われるアメリカの実態はこんなもの。
実際に潤っているのは、ほんの一握りの資本家のみ。
彼らは自分たちがワシントン(経済の中枢はニューヨーク)をも牛耳っていると信じているようだ。

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10/25/2009

マイケル・ムーアの最新映画先ほど観ました。

キャピタリズム ア ラブストーリー 各紙や回りの友人が絶賛しているとおり、最後の最後まで見せてくれる映画でした。いつもはマイケルムーアの社会派映画に眉ツバものの人も、これはもう批判の仕様がない
公の意見を代表していると言った公約数の視野がかなり反映していた。地元映画館では最後は大喝采でした。
これまでの、フィルムの集大成と言った感。
「Roger & Me」の米国自動車会社をあばき、
「Colombine」で米国の兵器会社が、銃所持でどれだけ得をしているか、だれが被害をうけているか問いかけ、
「シッコ」にて米国の保険会社の内情を疑問を持って取り上げ、いかに米国の住民の健康状態を保険会社が左右し富をむさぼっているかを痛烈に批判した。
そして今度は、これらの自動車会社、銃製造社、保険会社、を束ねている
金融街ウオールストリートに憲法をたてに、批判していった。

この国はもはや、資本主義が国民の人権を保証するはずの民主主義を左右していることを見せつけてくれた。
やはりその元は、金融界にいた親玉、証券会社の元社長が官僚になったり、法律をつくる政治家になったりして、国の財政法や基本法が、どんどんかえていったからであった。(日本では今、官僚が天下るのを新政権がそれを廃止させたはずなのに、大蔵官僚の郵政社への就任があったことに批判が出ているようだが)
とくにレーガン政権以降(かれは国会議員/大統領になるまえ、かなり大手の電気会社や経済界の大御所の会社のCMタレントとして出演していたようだが)
一部の資産家に有利になるようにどんどん国の法規をかえた。


社会の競争率をあおげば、国の経済がもっと潤うという仮想のもとに、

しかし潤ったのは国の1%に満たない資本家のみで、国内の経済格差はレーガン政権以来どんどん広がった。
最後の場面もとても印象的で、映画のクリップをつけたので、ぜひぜひ予告編をみてほしい。
観る人々に世の中を変えられる、おかしいことをおかしいと声をあげる力を与えてくれる
フィルムだった。


実際、人々はオバマ大統領の当選のみならず、勇気をもって挑めば、希望が持てることを身をもって学んだ出来事が昨年の秋あった。米国の大手保険会社と証券会社、投機会社が次々に
破産宣告(ブッシュ政権下)をしたとき。多くの失業者をだし、それを脅しの手に国会で一度は通過しなかったのに、結局通ってしまったベイル案(オバマ政権)、つまり国が救済資金を出したことに、その救済資金を注入された銀行の従業員が、シカゴで給料ストップされたといって立て篭ったことが、かなり大きなニュースになった。
かれらの不満は結局、救済資金は従業員に回らず、トップの借金返済になったこと。
全米各地でかれらの支援デモが相次ぎ、結局大統領まで出てきて応援演説をするに至った。




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10/24/2009

インフルエンザ猛威

子供たちの学校で、また地元の各中高校でインフルエンザが猛威を振るっている。
とうとう昨日地元公立中学校が学校閉鎖したとの情報も入ってきた。
高校に通う息子も先週末、40度以上の発熱を突然出したかと思えば、夫は104度以上になったら
救急に連れて行こうといっていたが、週末で救急病院は2−3時間待たされるので
自宅待機、どんどんあつくなる熱におろおろ。とにかく子供が小さい頃には、
発熱は菌と闘っている証拠だから、やたらと冷やさないと伺っていたし、どこかの本でも読んだのであったが、
今回ばかりは、頭痛が少しするというので湯気の出そうなおでこに冷やしタオルと
アイスノンをば、
翌日には熱は下がり、多少の節々が痛いらしいので
学校を休ませ、翌々日も体力の回復をまって、自宅待機。
水曜日に出てみると、クラスの半数近くも休んでいると、
学校の常勤保健室の看護婦から連絡が入った。

ここで不思議なのことが2点。
なぜか、高等部に兄弟のいる娘のクラスは一人も欠席者も病気がちなものが
いないこと。そして小学部でも問題にあがってこない。なぜか同様の発熱や関節の痛みを訴えるのは、大人でも幼児でもなく、高校生ばかり、やはり豚インフレ? しかしアメリカのこの地ではみな院内感染を恐れて、
すぐには医者には連れて行かない。豚インフレの予防接種もまだこの地には出回っていないか、大学が早々に
買い占めて生徒にまわすとの噂も。またある家族はインフルエンザの予防接種をうちながら
高熱を出したそうだ。

さらに不思議なもう一点は
あれほど、ニュースをにぎわした5月に比べて、
さほどマスコミが騒がないこと。特に日本でも問題になっているようなのに。
初夏に政府もこぞって、騒ぎすぎたと反省したかな。
地元新聞にはどこどこの寮生が集団感染と小さく載っていたのみ。

一方息子は高熱も1−2日で元に戻り、今はこちらの心配をよそに元気にレガッタ競技にでかけた。
熱がぶり返しませんように。高校生のみを狙った菌なんてあるのかしら。





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10/12/2009

家族という形態, 日本、アメリカ、夫婦別のバスポート、それぞれのケース

先週、日本で起きた異文化カップルのある事件を紹介した。

その顛末はお粗末なもので、
結局、アメリカ人夫と言われていた父親は日本国籍を取得し、なおかつ日本で離婚すると
父親には不利だと分かっていて、アメリカにて離婚訴訟を起こしたことがわかった。
それまでアメリカ大使館は、日米の外交問題の懸案にしようとまでしたとか、
しかし日本国籍どうしということで、手を引いたとか。

日本のマスコミは前回の投稿に述べた通り、夫婦の中の痴話げんか程度にしか、考えてなかったようだ。

この事件には尾ひれがついた。再婚相手の現妻がアメリカの3大ネットワーク局NBCで、
日本の慣習では、離婚した父親は面会権を得にくく、離婚し再婚したら、元妻との子供はたとえ自分の子供でも会えないし、法律でもそれを保証していないとアメリカのマスメディアが声を大にして訴えていた。『なんと、父親に不利な、子供を無視した慣習だと』しかも、アメリカ市民である子どもたちを元妻がアメリカから日本へ強引に略奪したと報道される。だから略奪仕返したら現夫は日本警察に収監されたと、現アメリカ人妻がブラウン管で訴えた。
それには、全米のテレビとブログが過剰に反応し、
如何に日本が子供の権利を守るハーグ国際条約に批准するべきかと
非難の声が高まった。

ちょうどそんなおり、日本人夫をもつアメリカの友人から以下のブログを紹介された。http://inthefield.blogs.cnn.com/2009/09/30/family-mans-plight-not-news-in-japan/
彼女曰く「夫が悪い、アメリカの法律を盾に母親の母性を全く無視した行動だ。アメリカ人だって彼の独断行動を非難している」と。マスコミのドラマ仕立てにのせられず事件の内容を自分で考えて、自分の意見を述べていた。

また別のアメリカ人女性で医師の友人は、「この国の法律はどこかおかしい。スープをレストランでこぼしたら、訴訟がおこる国なんだ。いつのまにこんな法治国家になってしまったのか、なんでも法律でがんじがらめにしている。家族のあり方も、自分の健康のことも、個人がおのれの暮らしに責任をもてず、法律や規則が型にはめてる」

この事件の場合、元夫が一方的に悪いわけではないかもしれない、また元妻を悪者に当初していたアメリカのマスコミにも疑問を感じる。しかしどんな情報でも、それが全てだと思い込んでしまうと、危険だろう。

何度もこのブログに書き続けているが、どんな情報もかならず情報の送り手の意思が背景にあることを忘れないでいたい。こうしたブログもしかり、如何にも中立であるがごとくかかれた投稿でも、明らかに悪意や敵意を持って書かれていることも往々にしてある。

そうこうしていると、ふと日本のドラマ『非婚家族』を目にした。
http://videonavi.blog66.fc2.com/blog-entry-1832.html
アメリカでは決して珍しい形ではない、家族ファミリーの概念が違うのではとも思ってしまう.

また「家族という形態」を法律でどこまで 縛る/守るか国によってもちがうだろう。
一ついえるのは、共棲がイコール家族という考えが、日米どちらでも変わってきているようだ。

よく「国籍が違うもの同士が結婚をすると、大変でしょう?」
と聞かれる。私は「それは、北海道と沖縄のもの同士も、東京同士でも同じですよ。生まれ育った環境がちがうんだから。でも結婚という形をとらないと、それぞれの国の移民法が絡まってくるので、紙によって互いに制約し一緒には住むことは避けて通れないでしょう」と応じる。 一緒に住む(昔は日本では同棲といっていたが:あめりかではcommon lawとよぶ。州によっては籍を入れていなくても、夫婦と(同性でもここマサチューセッツやとなりのバーモント州では)認められ、税金や生命保険や各書類が夫婦同然に扱われることが家族という単位であれば、何も父親母親という役割を互いに、自分に押し付ける必要がなくなってくる。

養育は誰がしようと、子供が育つという考え方が、かなり浸透している。父親でも、母親でも、祖父でも、祖母でも、またはコミュニティー全体でも、といろいろ子供を育てる人間関係の単位を家族の最小単位のようにいわれることにもなるようだ。

60ー70年代に台頭したフェミニズム(男と同等に女も社会で活躍すべきだし、能力にも差がないはず)も衰え、80年代にはウィメンニズム(女性の性が如何に素晴らしく尊重するに値するものかを説く)がでてきた。親が子供に友達のように接することに、『親の権威をどうなった』と嘆いていた人々もグンと減少した。

ここモンタギューはアメリカでも古い60ー70年代に流行った実験的、新しい家族形態『コミューン』なるものが生まれた土地だ。最近でこそ、そのコミューンも解体して「ニューエイジの禅センター」になったり、「Coハウジング共同住宅:同じ敷地内に家を2所帯で1棟が何棟もありコモンセンター、共同台所があって、集会所にもなる自治経営、土地はイギリスで生み出された環境団体NPO:Land Trust として認可されているので無税だが、個人に所有権はない」になったりしているが、そうした新しい家族が模索したり、いや家族で何かを生みン出す家内工業へ戻ろうとする20ー50代がいる。その一方でレズビアンやホモセクシュアルの人口密度が高いので,同性愛カップルが普通に結婚し,養子を迎え、または精子バンクや相手の兄弟から精子をもらい子を産んだ例も少なくない。今その子たちが学齢や思春期を迎えている。いろいろな家族形態が60年代のカウンターカルチャーの世代から模索されてきた。

そしてそこで誕生した子どもたちが今、大人になり新しい世代を築こうとしている。これら様相を変えてきた家族を、子供から大人になって、父親、母親という区別なしに生まれた子供は、大人をどうとらえているのだろう。これからもアメリカでは、まだまだ〈家族〉を模索して行きそうだ。




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10/01/2009

親権ニュース、子育ての違い? それとも男女の役割の違い?ー日米比較文化シリーズ

つい最近、全米で話題になった日本との関連ニュースだが、日本からのニュースなのに日本の新聞には取り上げられていないようだ。あるのはアメリカ発の和訳ばかり

そのニュースとは:テネシー州に住んでたアメリカ人夫と日本人妻が離婚し、日本人妻が共同親権のある夫に知らせず、日本に子供をつれて帰った。そのことで彼女にアメリカで逮捕状がで、元、夫が日本へ連れ戻しにいくとそこで日本警察に逮捕され、現在日本に拘留されている。Newsweekのブログでいわれているように、【ついに逮捕者が出た】といった感がする。まずは文末のCNN日本ニュース とNewsweek の冷泉氏のブログ参照。
http://newsweekjapan.jp/reizei/2009/09/post-59.php

これは私の周囲も見ても、多くの類似例があり、法律の違いだけではすまされない、

親権custodyの取り方が日米で違い
日米それぞれに家族の形態や父親、母親に社会がきたいする役割の違いから来るのではと考える。

親権つまりcustodyとは、扶養問題のみならず、アメリカでは一般に子供に会わせる会わせない問題になっている。学校でも子どもたちの普通の会話として、今日は何曜日だからお父さんの家に行くよ」といった会話が聞こえ、友達の家に遊びに行くときはどちらの親かしっかり聞いておかないといけない。学校からの連絡はよく別々にきちんと送付され、生徒名簿も別記載だ。夫婦別姓が当たり前の社会だから、離婚していなくても姓が二つ以上ある子が殆どだ。結婚式も花嫁、花婿の親がそれぞれ離婚再婚して、それぞれが花嫁花婿を育て上げた合計4組で共に祝うこともありうるだろう。

離婚した際、親権問題は重要事項で、離婚の際には必ず裁判所に出廷し、(日本のテレビにあるように離婚届の紙1枚に捺印では済まない)二人の間に子供がいた場合は、何日間か裁判所による子育ての上の協議と勧告を離婚した二人が、それぞれうけなくてはいけないそうだ。そして結婚を地元に宣言したように、離婚も地元行政区域の新聞にて宣言することもあるようだ。
ここで気をつけなくてはならないのは restraining order なるものが離婚騒動、またその後に発効されることもあることだ。日本語には一言で翻訳片付けられる語がなかなか見つからない。つまり半径何m以内に近づくなという命令書で、これに違反すると逮捕ということになる。この命令書がだされると子供に会うことも、見ることもできなくなる。
たとえば、こういったケースもいく例か見聞した。
日本人妻とアメリカ人夫が離婚のすったもんだを続けていた。二人の間の子と連れ子も絡んで当然、親権問題が浮上してきた。アメリカ人夫は妻には子供を扶養する能力がないと裁判所に申し立て、英語がよく分からない日本人妻は鬱気味だったので、医師にかかるように夫に勧められ、その診察書を裁判所に子育て能力が欠けている証拠として提出され、自己弁護する術を知らずにこのrestraining orderが発効されてしまった。こどもに会わずに日本へ帰った。

別の日本人妻とアメリカ人夫のケースでは、子供が成人するまで共同親権があるから、自分は日本へ引っ越ししたくても帰れない、帰ったら親権を放棄したことになる。またそれによって、育児放棄とも裁判所ではとられる可能性もあるし、親権をその後主張できなくなる。よって彼女は子供に会いたいからその街を離れられない。

さらに日本の親権について意見を求められたケース、
日本人夫とアメリカ人妻が日本から甥っ子をある事情で養子にしようとした。かれらは養親としてソーシャルワーカーにも弁護士にも認められ全ての書類を整え、いざ移民局へ提出するとき、【日本での親権】がひかかった。つまり甥っ子は母親一人に育てられ、事実上の父親は赤ん坊のときに蒸発していない。しかしこの期におよんで彼が親権を主張して来ない証拠はどこにあるかと、米国の司法が疑問を投げかけてきたらしい。そこで友人は「日本では親権は、どうやって放棄されるかとという問い合わせだった。

結局、日本では、基本的に子育ては母親に有利に出来ている。逆にいえば、父親には不利にはたらくようだ。
しかしこれが日米の夫婦には
つまり日本では、男はパンを買うために外で働いていればそれでよし、とする社会規範があるようだ。父親の親権が取りざたされたケースを私は聞いたことが少ない。

たとえば、母親が父親から逃げるように子供を連れて行っても、それほど社会的におとがめがない。しかし子供をおいて母親のみが子どもをおいていなくなった場合、父親がいなくなった場合より数段、社会は許さない。さらに詳しく次回で親権の違いがどうして、文化の違いを、家族形態、男女の役割分担にまで論を広げて考えてみたい。




国際離婚、子供の連れ去りが問題に 福岡で米国人の父逮捕

東京(CNN) 2人の子供を連れて帰国した日本人の元妻を追って来日し、子供を取り戻そうとした米国人男性が、未成年誘拐の容疑で福岡県警に逮捕される事件が起きた。
福岡県警によると、逮捕されたクリストファー・サボア容疑者は28日朝、徒歩で学校に向かっていた元妻と2人の子供に車で近付き、子供たちを無理やり車に乗せて連れ去った。その後子供たちのパスポートを取得しようと福岡の米国領事館に向かったが、元妻の通報で駆けつけた警察官に逮捕された。

CNNや系列局のWTVFによると、サボア容疑者と元妻は米テネシー州フランクリンに住んでいたが離婚し、元妻はフランクリンで子供の近くに住むという合意があった。しかし夏休みの間に元妻が子供を連れて日本に帰国。8月の登校日になっても子供が登校しなかったため、サボア容疑者が日本に電話したところ、元妻の父親から「子供たちはここにいるから心配ない」と言われたと同容疑者は話している。

WTVFによれば、テネシー州の裁判所は子供が連れ去られたと認定してサボア容疑者の親権を認め、フランクリン警察は元妻の逮捕状を取って行方を追っていたという。

日本は国際間の子供連れ去り問題を解決するため1980年に定められたハーグ国際協定に署名しておらず、親権問題は民法に基づき、子供の利益を最優先にして解決されている。
米国務省は、たとえ米国の親が親権を持っていても、米国から日本に連れて来られた子供を米国に戻すよう日本の裁判所が命じた例は聞いたことがないとしている。

こうした問題の解決に向けて国内で今年発足した国際団体によれば、親権を持たない日本人の親が子供を連れ去った事例は、分かっているだけで100件以上あるという。
在日米国大使館は29日、「日本は米国の大切なパートナーであり友人だが、離婚と子供の養育に関する認識には違いがある。親が子供を連れ去ることは、日本では犯罪とみなされない」と説明した。
親による子供連れ去りの問題は日米政府間の公式協議でも取り上げられたが、サボア容疑者が今度どうなるかは不明。領事館は28日と29日に同容疑者に面会し、弁護士を紹介するなどの支援に当たっているという。

NewsweekJapan 発 コラム・ブログより

世界中で国際結婚が増加する中、国際間の結婚が不幸にも破綻した場合に、親権を決め、親権のない方の親の面会権を保障し、養育費の支払いに強制力を働かせなくてはなりません。その場合に、子供の人権を守るために国境を越えて関係国が協力して、離婚調停の結果を履行させるために「ハーグ条約」というものがあり、多くの国がこれを批准しています。

 ところが日本はこの条約を批准していません。理由は明白で、日本の民法では両親が離婚した際に、(1)子供が双方の親を行き来する共同親権制度がない、(2)親権のない方の親の面会権が保障されていない、(3)養育費の支払いについて「差し押さえ」などの法的な強制力がない、という制度となっており、ハーグ条約の前提を全く満たしていないからです。これに加えて(4)子供は余程のことがない限り母親が育てるという慣習が強い、(5)親権のない親が再婚した場合は「それぞれの人生」になったとして子供との面会を「自粛」あるいは「忌避」する慣習がある、といった社会慣行上の障害もあります。

 今回逮捕されたのはテネシー州の男性、クリストファー・サボイエ氏です。サボイエ氏は日本人の女性と結婚して子供を2人もうけていましたが、残念ながら離婚に至っています。離婚の調停はテネシーで行われ、その結果として子供たちの母親は、テネシーに居住して子供は父親との面会を続けること、母親は夏休みだけ子供を日本に連れて帰ることが可能であること、などを取り決めていました。

 ところがサボイエ氏は(恐らく弁護士が入れ知恵したのでしょう)多くの場合「離婚した日本人親が子供を日本に連れ帰って戻ってこない」ケースがあり、今回もその危険があるということで、裁判所に「夏休みの日本への帰国を停止する命令」を出すように申し立てをしています。この申し立ては一旦は認められて命令が発効したものの、母親サイドが異議を申し立てたために撤回されています。そこまでは母親サイドもアメリカの法律のシステムに乗って行動していました。

 ですが「このままでは子供に日本の地を踏ませることができなくなるかもしれない」という危機感に駆られたのか、母親は子供の父親サイドには知らせぬまま、そのまま子供を連れて日本に帰国してしまったのです。テネシーでは大騒動になり、直ちに裁判所は母親の「親権剥奪」を宣告するとともに「誘拐罪」の逮捕状を発行しました。ところが、いくら親権剥奪とか誘拐罪として逮捕といっても所詮はアメリカの法律であり、日本の領土では効力がありません。また似たような「裁判所の命令に反して、または、そもそも裁判も省略して」子供を日本に連れ帰っている母親の例も多く、ほとんどが解決に至っていないことから、サボイエ氏は日本に乗り込んだのでした。
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