12/17/2013

人の子を下宿させて思う 我が親子関係、


我が家には過去に、多くの下宿人、居候、旅の訪問客が身を寄せてきた。
四半世紀前に夫と所帯をもってから、その数のべ100人以上になる。

自分の家族も十分に養えない、我が子を放ったらかしてでも、中学生から、赤子の親子づれ、身寄りのないお年寄りまで、実に多くの人を長期/短期に受け入れてきた。

最近では、日本からの留学生/下宿人のお母はんの役回りを自身でなのりあげることが多くなった。何かと行事の多いアメリカの我が家に誘っておいて、ちょうどいい人員が増えたと手伝ってもらって、挙げ句にこき遣うこともある。
しかし言われないと何も手伝わない留学生/下宿人を見るにつけ、まるで宿屋か学生寮のつもりでご飯の時だけ、客間から出て来て、食後は後片付けを手伝うもしく率先することもなく、さっさと部屋に閉じこもる下宿人たち。

私は頼まれもしないのに地元を案内し、さらにエンターテイメントに勤しみ、みんなで興じるよう努力を家族にまで強いてきた。そこに自分の無駄な期待をまじまじと見せつけらされ、ろくに礼も言わない下宿人・留学生に、躾がなっていないとなじっても来た。またそういう下宿人に限って親も預けっぱなしで、礼の一つも言ってこない。子どもがこうなら、親もかくありきと、嘆いてみる。

日本の昨今の親は、そういうところだけ子どもの自立性を尊重しているつもりか、子どもが勝手に世話になったんだからと、礼どころか、嫌みを言われたこともあった。むなしくなる。

先日、私自身の居住環境に問題が発生し、急遽そこを引き取らなければならなくなった。お言葉に甘えて10日間程、人様の住まいに居候することになった。すると、娘初め家族から「魚も3日いれば、腐臭がしだすから」と、居候の長居を諌められた。我が家の家族は、いろいろな客人をもてなして来たから、身を以て知っている。居候がいかに図々しくなるかを

ここで、この国の若者はとステレオタイプを論じたところで、多くの結論は導かれないだろう。

国籍、家柄に関係なく、
旅でも留学でも、その醍醐味は人との関わりであるだろう。なら、気持ちのよい付き合いをして帰っていってほしい。ホストファミリーを依頼してきて、世話になりっぱなしであることは、この人との関わり、異文化体験をうまく経験したとは思われない。なぜなら、そんな付き合いはただのホストファミリーの客人で、ホテル代わりにホストファミリーを利用しただけだからだ。

ドイツからも韓国からも、南アからも礼儀正しい、客として最低限の気くばせしていった居候がいた。またホスピス代わりにいろいろな要求をしていった身寄りのない90過ぎの友人も預かった。しかしどの人も生活をしていれば、どんなところで手助けがほしいかが分かる良識ある客人になって、国際人であれと下宿人たちに願ってやまない。






我が娘、我が息子は大学生となり、世の中へ出て行くにつれ、他所様のお世話になる機会も多くなってきた。そんなとき、ちゃんと節度正しい振る舞い、御礼は忘れていないだろうか。

先ほどは、国の違いによる若者のステレをタイプを論じるのは無意味だと言った。
しかしあえて、日本の若者を持つ親に声を大にして言いたい。
子どもが大人になっていく過程で、勉強ばかりでなく生活に必要な些細な日常の家事を学んでいってほしい。

間もなく大学に入って一人暮らしを始める娘に、料理の仕方、風呂掃除、日常品の買い物の仕方、食事の保存方法や、洗濯、家計のやりくりを教えてこれただろうか。そして、なにより人との気遣いのある関わりが出来るような子に育ってくれただろうか。
娘がそうあることを願ってやまない。


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