「モンタギューだより」と題してこのジャーナルを書き始めて早、3年。しかしこの町について詳しく述べていなかった。ここモンタギューといえば、この辺では反原発の直接行動をおこした運動家や学生らが「大地に還れ」としてコミューン「モンタギューファーム」(現在は日本の禅の流れを汲む禅寺レクチャーセンターになっています)がある町として有名です。さらにヒッピーと農家と1800年代の産業革命の面影を残すミが混在する町として知られています
先日、ある雑誌にこのモンタギューの町と隣の町アマーストの歴史について拙文を掲載した。それを転載する。
この町の中心にあるアマースト大は、全米でもトップクラスの名門大学で200年以上の歴史を誇っています。1870年代初め宣教師フルベッキと大隈重信が提言した岩倉使節団から、近代農業育成に力を貸してほしいと乞われ、当時のアマースト大学長シーリーの友人でアマースト大卒のウィリアム・クラークが推薦されるという日本の近代史と関わりある歴史があります。クラークは当時アマースト大学に近い農学校の学長もしており、1876年には札幌農学校で教えることになります。彼が学長をしていた農学校が現マサチューセッツ州立大に発展し、マサチューセッツ州と北海道の姉妹州のシンボルになりました。さらにアマースト大の歴史教授によれば、アマースト大シーリー学長は日本の婦女子の健全な育成に有用な運動を紹介してほしいと相談され、この地で編み出されたピアノに合わせた体操が、現在のラジオ体操に発展して行きます。
アマースト大ではそれより以前、会津藩江戸詰めの新島襄氏が、当時御法度だった米国留学を試み、開港間もない函館港からマサチューセッツ州出身の船長や船主の援助を得て密航し、やがてアマースト大で学び1870年に卒業します。この新島を大学で援助したのがシーリー学長でした。内村鑑三も1881年に札幌農学校卒業後、数年の北海道開拓のための水産研究を続けた後、シーリー学長の援助を受け、1887年にアマースト大を卒業します。内村や新島は類い稀なシーリー学長の徳育を回顧し、それぞれ教育、信仰の信念を深めて行きます。そして近代日本のキリスト教の3つの流れの内の二つ、ウィリアムクラークに影響をうけた「札幌バンド」、新島の創設した日本初のキリスト教思想の大学同志社にくみいれられた「熊本バンド」に発展して行きます。
さらにアマーストの町の北隣にモンタギューという町があります。産業革命で出来た工場街ターナーズフォ—ル地区も町の一部です。そこに19世紀からの運河があり、1970年には電力補給のためアメリカでも最大級の原子力発電所設置計画が持ち上がります。ここで全米初の反原発直接行動に出た人がいました。サム・ラヴジョイ(当時は有機農家、現弁護士)といって、1974年に原発建設に反対し、この計画を進めていた電力会社の気象観察塔342フィートの鉄塔を倒して、警察に自首します。その後の裁判で著名な歴史家ハワード・ジンらも証人台にたち無罪となり、この判決をうけて1975年−1980年の間に63基の原発計画が破談になりました。
こうした自由と権利、そして自然との共生を模索して来た歴史をもつモンタギューに住み、アマーストで仕事をして来ました。また次回にはここ、マサチューセッツ全体に歴史をひろげ、現代の米国に与えた影響、さらにおとなりロードアイランド州と日本との関係も綴っていきます。1800年代前半に活躍したコンコードでのソロー、エマーソンたちの奴隷廃止論アボリショニストからアメリカ近代思想を築きあげたトランセデンタリストたちの動き、さらにその数10キロ北にある工場町ローウェルの女工の基本的人権を得るストライキ労働争議運動、さらに百年さかのぼって1700年代のインディアンとイギリスからの植民地の人々との土地にまつわる歴史を語って行きたいと考えています。ご感想をお寄せください。
ランキングに参加中です。こちらもお願いします。
にほんブログ村 にほんブログ村 自然保護・生態系 トラックバックはこちらでどうぞ http://ejje.weblio.jp/content/Industrial+Workers+of+the+World

0 コメント:
コメントを投稿