12/28/2011

子どもの社交術と会話 その2

我が家には今、娘の交換留学生がオーストラリアから来ている。
シドニーにあるやはりシュタイナー高校の10年生。

昨日まで彼女をつれて、クリスマスのNY市内に3−4日繰り出した。
留学生と娘や息子の会話を聞くと、同じ英語なのにアクセントや言い回しが違っても言語のギャップはなし。
数千キロ離れていても、文化的な違いもファッションの違いも感じられない。

いや違いを見つけんとするばかりに、いつも彼女を矢面の中に立たせてる自分に気づく。
「エー、こういう時オーストラリアではどうするの」
「オーストラリアにもある?これ?」ってな具合。
娘と同じ16歳の彼女は、それでもいやな顔せずに一つ一つ丁寧にしかも相手を傷つけまいとしながら答えて行く。
たとえば「これ食べてみる?Would you like to try this?]
「Not particularly、、、」
 「I prefer not to」とお父さんが英人だという彼女の家庭は、やんわりいつもこうして断るしつけをしているんだろうと、育ちの良さを垣間みる。
品格の良さなのか、アメリカのティーンエージャー同志の会話とにギャップを感じたりもする。


しかしよく考えてみれば娘や息子の友達が我が家へやって来ると、日本語の「お邪魔します」というのは、無いにしろ、、、
最後にはどこの子も小学校1年生より、プレータイムが終わり親が迎えに来ると最後に
「Thank you for inviting me.  I had a good time.(今日はおよばれにあずかり有り難うございます。おかげで楽しく時間を過ごせました)」などとさらっとお礼をのべ、帰って行く。いつもそんな言葉を言われると、我が子もちゃんと言えているだろうか心配になるが、でもこうした友達の中で育って行くことは決して損じゃないことも確認する。
「000ちゃんいらっしゃい」と言う言葉が、確かにない英語圏にあっても、けじめの挨拶はきちんと存在する。子どもたちも心得たもので、娘・息子と仲の良い子たちは私や夫をファーストネームで呼びそして最後に礼をのべる。そして親しくない他の親には「Mr とかMrsをつけて」いるようだが、そこにも親愛が感じられる。




3人でNYのSOHOを歩き、ファッションをチェックし、スティービー・ワンダーのニューヨークの歌や、ジョン・レノンのクリスマスの歌を聴きながら、ヨーコオノとレノンが住んでいたアパート・ダコタハウスからセントラルパークを歩き、自由の女神を見物し、そしてアラブ料理の屋台でファラフィを買い食いし、すっかり観光化したOWSのニューヨーク金融街近辺をまわり、子供の背を見ながらマンハッタンを闊歩する。夫のちょっとした蘊蓄を含んだNYの歴史に耳を傾け、ロックフェラービルからエンパイヤーステートビルの屋上より、帳のおりた不夜城のブロードウェ−を眼下に眺める姿は、NYという都会で一時の時間を共有している同じティーンエージャーとしか見えない。


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