2/26/2010

トヨタ社長の公聴会から米国メディアは、株式会社「日本」終焉かと騒ぎ立てる

大雪の一昨日に、北米東海岸ではラジオもテレビもどこも朝から米議会の豊田社長の様子や、
トヨタという企業体質を論じ、さらに株式会社日本の終焉かと叫んでいた。

多くの米国の経済評論家の言葉をかりるまでもなく、
トヨタ車は、たしかにアメリカの隅々まであっという間に浸透し急成長を遂げた。 
そのモンスター企業がこの国の主幹産業である自動車産業の大ボス企業を倒産に追い込んだのも、事実だ。

だからといって、それが米国人のやっかみを生み、国会での公聴会に繋がったとみるのはどうだろう。
アメリカでは、一企業へのやっかみなんかで、公聴会を開くなんてあり得ないからだ。

アメリカでは、資本主義とういう競争原理が、レーガン政権以来、国を挙げて強硬にすすめられて来た。
その国で、いまさら自国の大企業が他国からの企業との競争に負けたからと言って、文句の言える筋合いではない。

アメリカのメディアでは、評論家やコメンテーターが、トヨタ一企業の安全管理を怠った体質を論じるだけではなく、日本の企業体質がもう、終焉に来ているからではないからか、と警告を発する。

インターネットニュースも、テレビも、新聞ラジオも一斉に、豊田章男社長のことを紹介するのに、
「創業者の孫である、Mr、Akio Toyota」と妙な紹介している。つまり1オーナー企業の会社だという表現を使う。

アメリカでは創業者が未だオーナーとして君臨しているのは、中小企業ぐらいなものだ。
ここまで巨大になった企業にはあまりみかけない。
にも関わらず、TOYOTAはまだ創業者が経営しているのか、「なんたる企業理念、株式公開しているのに、公共性はあるのか」とまで言いたげである。

TOYOTAがアメリカでの現地生産を決め、工場を操業しはじめた時、
その工場経営管理を「TOYOTA Way」トヨタ方式として、あちこちで報じられ、大学の経済学部や経営学部でも論じ、講義されるまでになっていた。アメリカの車を購入する時には、工場で金曜日につくられた車は故障が多いから避けると本当に、アメリカ一般人は言い合っていた。だから、トヨタ車が安全で信頼を得たのはその工場経営にヒントがあるのではと多くの経済学者が本にも著し、マスコミも盛んに報じていた。

私の周りでも、なにごともメイドインアメリカばかり購入し、自分はフォードの株主だから、日本車など絶対に買わないといっていた軍人あがりの愛国心の義父さえも、ここ10年位前からトヨタ車ばかりを購入し、人にも勧めるまでになていた。

しかし、ここで愛社精神について。すこし触れてみたい。

話しはトヨタ本社の地元、日本の豊田市に移してみる。30年ほど前、愛知県豊田市に行けば、道を走っている車はトヨタ車ばかりだった。
しかし、今はどうだろう。本社も名古屋に移し、地元に任せていた部品の下請け、孫請けのどれだけが、地元で生産されているだろう。海外の安い労働市場に流れて行った割合が多いようだ。
よって、地元の愛社精神も落ちるのが、当然だ。
国際市場が開放され、労働は安価なものへと流れていく。

一方、アメリカの隅々にあるディラー販売店はどうなったか。

私たち消費者と直接かかわる販売店、直営修理工場はどう変化して来たか。

実は、北米トヨタ工場はカルフォルニアでも東部にあるわけでなく、中西部にあるが、ここマサチューセッツの田舎、フォード氏が最初の工場を建造しようとした街がある。(地元の反対にあって建造されなかった_、アメリカ車も根強い人気があったから、人口わずか3万以下の小さな街にもトヨタ車のみを販売する直営店があったし、周辺の各市にも必ず一店ある。

20年位前はHONDA車もトヨタ車同様、人気があっあった。
しかし、雪の多い土地柄、道路には融解剤をよく撒いているので、丈夫な車体の方が重宝がられた。

車体の軽いホンダ車はこの点で敬遠され、さらに事故があったときもろいといわれるようになり、トヨタ車がホンダ車愛好家をも吸収して行ったのは80年代末からか、
今ではトヨタ車販売店が、販売店の規模もどんどん大きくし、フォードなどのアメリカ車販売店を吸収して行った。

ここで私が問題にしたいのは、この販売店のような、末端の現地の授業員の態度の変化だ。

30年位前からトヨタ車は前述の通り安心な車だと人気が出て来た。さらにホンダ車とともに、同じような機能をもつ、同サイズの車ならトヨタ車はアメリカ国産車の2ー3百ドル上乗せしても売れていた。
かくいう、我が家も20年以上前はトヨタ車が中古でも値段的になかなか手に入らないし、
適度な値段のトヨタ中古車は長い間またなくてはいけないので、

エンジンその他中身はトヨタ車で、車体がアメリカ車というNovaというアメリカの現地生産車をアメリカで乗り回していた。

とにかくここ20年トヨタ車はつくれば売れる、何をしても売れるという評判が定着した。
トヨタというプレミアムが販売店、修理工場の技師にも蔓延して行ったのは、私が近くのトヨタ車販売店を数回おとずれ、
さらにインターネットを通じて中古車探しをしていた時のトヨタ車の印象。

声を大にして言いたいのは、愛社精神がこれら販売店の従業員こそ必要だということ。結局、いくらトヨタ車が日本でデザインされ、籍をおく会社であっても、現地の工場で作っているのはアメリカ人、売っているのもアメリカ人、もちろん直しているのもアメリカ人、車の機能上に問題があったとしたら、それを直接担当しているのは、現地の人だということ。

もし工場管理でトヨタ方式を採用したのだったら、ここにももっと車を販売する時の、修理する時の、納車の態度を徹底するべきではないか。多くの従業員が、もうアメリカ車の工場や、販売店をさり、トヨタに変更した。彼らがトヨタの誇りと自信をもって、また誠意をもって修理しているかは少々疑問なところ。

今、ここアメリカで問題になっているのは、トヨタという会社のトップのおごりだが。
私は、それ以上に下部層インフラへの徹底した教育が必要と考える。
良い車を自信を持って顧客に送り,故障があれば誠意をもって修理して行く。
その基本的な愛車、愛社精神が、ここ数10年であまりにバカ売れしたので失ってしまった結果だと考える。
会社がマンモスになればなるほど、その会社の利益、資本金が膨大に膨らんでも、サービスの点が見落とされているのは企業の体質が落ちたと言われても仕方がないのではないか。


ここ10年は我が家もトヨタ車を何台も新車や、中古車を交換したり購入している。
ここに来て、現在所有している2台の車、どちらも年式こそちがえ、ハイブリッド車のプリウスとラウンドクルーザー車RAVだが、リコールアイテムだ。早速,購入した販売店にまだことが大きくなっていない、昨年11月にアメリカ本社からのリコールの手紙をもって出向いた。
地元の販売店は、もともとフォード車を売っていたディーラーだったが、町外れにあった昔からのトヨタ車販売店が手狭になったので、街の真ん中に構えているフォード車販売店を買収吸収した。
店員はトヨタ車とフォード車部門に分かれ、客の対応にあたっていた。
こちらの苦情は、過去プリウスで2年間も電気系の不具が見られるし、この通り自動車製造番号もリコール車アイテムに照合できるので、
過去結局3回、修理にだして、直らなかった代金の請求と、
もう一度見て欲しいと相談と見積もりにでかけた。
しかし返答は「メーカーに問い合わせてくれ、こちら販売店は関係ない」といわれ、
カルフォルニアのメーカーサービス本部に問い合わせたら、販売店で修理してもらってくれとしか回答がない。
メーカーからも販売店からも(謝意なんて期待していないが)企業として責任より、
売ったモン勝ちなのかと思わせるアフターケアーの責任も見られない応対だった。


『株式会社日本』の崩壊と言われる所以はこの辺の、大企業の下部で支えている従業員から崩れて行っているのではないだろうか。

最近急成長を果たした韓国の企業も、
オーナー企業が多い。
資本主義の競争原理、企業理念、企業責任が徹底できないのではと、
揶揄もされている。

ここで実際、公聴会の様子を見てみよう.
企業のトップからの誠実さが感じられるだろうか。台本を読み上げているばかりが?




かれの謝罪よりも、もっと企業としての責任ある言葉があるだろう。

もう一つ、公聴会を行われる前にアメリカに在住の方が豊田社長の出席にさいして、コメントしているので、転載したい。

日本では、問題が生じたら謝罪が誠意の表明であり、謝罪した人間を民事上追い詰
めるような文化はないことをハッキリ述べるのです。その上で、アメリカでは民事訴
訟の場合に、双方が論理を尽くして利害を調整する文化があり、その文化を自分は尊
重する立場でここへ来ている、そう言明すべきです。従って、自分はこの場で謝罪は
しないし、日本での謝罪がアメリカでの法的な立場を不利にするとも思っていない、
仮に日本での自分のお辞儀を揚げ足を取るように、あたかも自分が不誠実であったこ
とを認めたかのような解釈をするのは許さない、この場でもそうだ、そう言い切るべ
きです。

その上で、自分は何よりもトヨタ車を愛してくれる米国ユーザーのために、米国ト
ヨタの工場やディーラーで働いている人々のために、その期待を裏切らないように、
その信用を裏切らないように、これからの公聴会では(法的に許される限りにおい
て)誠実に全ての質問に答える、そう宣言すべきです。更に、このような公的な場で、
自分の立場を説明する機会を得たことへの感謝を口にすべきです。

アメリカ人は人を待たせた時に「待っていて下さってありがとうございました。
"Thank you for waiting."」と言います。とにかく、日本では謝罪しなくてはならな
い場面で、逆に謝意を述べることが誠意になるのがアメリカです。もっと言えば、や
たらに謝るだけでは「謝罪を喜ぶような安っぽい人間だと相手を見下している」ある
いは「ひたすら頭を下げていれば許されると思っている」そう思われることもあるの
です。お辞儀などもっての外です。

(2、米国の自動車文化の歴史への敬意)
戦前の米国で実用化された自家用車の基本技術が、トヨタに取ってお手本であり、
長年の憧れであったこと、自動車先進国である米国への敬意をしっかり述べるべきで
す。日本語では歯の浮くような台詞で構いません。言って損をすることはありません
し、章男社長の祖父にあたる喜一郎氏がどうして自動車製造に情熱を持ったのか、そ
のパーソナルなストーリーを語るべきです。場合によっては、自分の米国留学の経験
に照らして、明らかに米国に学んだこと、米国文化の尊敬できる点などがあれば、そ
れも述べるべきでしょう。

(3、米国雇用への貢献、米国側協力者への謝意)
ここが一番肝心の部分です。自分たちは、苦労して米国での現地生産に踏み切った
が、米国側の協力者の素晴らしい支援を得て、それを成功させることができた、そう
したストーリーで一貫すべきです。日米自動車摩擦があり、両国の外交交渉の結果と
して日本の通産省の指導を受けて輸出自主規制をして、更に現地生産に乗り出した、
そんなことは言うべきではありません。為替の問題が背景にあったことも言うべきで
はありません。

そうした「謝意」のストーリーの中で、いかに自分たちが現地生産比率を高めてき
たか、現地部品調達率を高めてきたかを、しっかりとアピールすべきです。しっかり
と具体的に数字を示すべきで、場合によってはグラフを使うのも良いでしょう。です
が、それを誇ってはいけません。堂々と数字を見せながら、言葉の上では、米国雇用
を創出した自分たちを誇るのではなく、自分たちのクルマづくりの思想に共鳴してト
ヨタの一員になってくれたアメリカの人々への感謝を繰り返すべきです。

『from 911/USAレポート』第446回 Japan Mail Media: JMM
「豊田章男社長の公聴会パフォーマンスへの期待」
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_1945.html

■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)より




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1 件のコメント:

  1. モンタギュー2010/02/27 11:31:00

    山林、杜の人さん有難う御座います。アメリカはテキサスの親父さんの公聴会に対する言い分です
    転載しました。
    http://www.youtube.com/watch?v=oSCcC42G9DA

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